先日の衆議院法務委員会の件を改めて振り返ると、冤罪がないと仮定した場合でも、法解釈上の論点として次の疑問がわいた。
大量の大人ポルノを保管する電磁的記録媒体で、一部に児童ポルノが混入してるかもと認識しつつ気付かず放置したという、所持についての未必の故意が認められる事案(改正6条の2に觝触、罰則なし)において、全体の保管目的が自己の性的好奇心を満たす目的の場合、改正7条1項の罰則は適用されるの?
法律家の方々から解説を頂きたかったけれど反応が得られなかったので、自力で考えてみる。
まず、与党案が成立した場合、改正児童ポルノ処罰法は次のようになる。
(児童ポルノ所持等の禁止)
第六条の二 何人も、みだりに、児童ポルノを所持し、又は第二条第三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管してはならない。
(児童ポルノ所持、提供等)
第七条 自己の性的好奇心を満たす目的で、児童ポルノを所持した者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。自己の性的好奇心を満たす目的で、第二条第三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管した者も、同様とする。
2 児童ポルノを提供した者は、(以下略)
つまり、「自己の性的好奇心を満たす目的」によるものでなければ、単純所持は違法であるけれども罰則がないので処罰されないという構成になっている。
処罰の対象がこの目的で限定されているのは、単に正当な目的によるものを除外するためというわけではないようで、与党案提出者は先日の法務委員会で次のように答弁していた。
○葉梨議員(与党案提出者) 枝野委員、もしかしたら事務所に持っていらっしゃるかもわかりませんね。でも、あなたの性的好奇心を満たす目的じゃありません。私も、児童ポルノをたしか中央教育審議会か何かで回覧したことがあります。これは正当目的です。みだりにもならないんじゃないかなというふうに思うぐらいですけれども、少なくとも、自己の性的好奇心を満たす目的、これにはならないです。
それで、大家捜しをしなきゃいけないとかいう話もありましたが、例えば「サンタフェ」であれば、あれだけ有名なものであれば、未必の故意という話もありますが、大体、具体的に、それが一体十七歳なのか十八歳なのか、そこら辺のところはいろいろなところでまた問い合わせをしていただければいいし、それぐらいのサービスは政府の方もやってくれるんじゃないかというふうに思います。そして、児童ポルノであるかどうかということについて、児童ポルノかもわからないなというような意識のあるものについてはやはり廃棄をしていただくということが当たり前だと私は思う。
ただし、それは、昔、うちの蔵の中に、蔵なんて私のうちはありませんけれども、旧家であれば蔵もあるんでしょう、蔵の中に、何百年か前の児童ポルノがあるかもわかりませんよ。そこまで家捜ししようという話じゃないので、これはあくまで、罰則がありますのは、自己の性的好奇心を満たす目的で所持、保管するという故意犯、これを罰しているわけです。そして、みだりに児童ポルノを所持し保管しちゃいかぬ、みだりにですから。それで、たまたま地震で蔵が壊れた、そういうものがあったといったときは、それはちゃんと廃棄してくれればいい、そういうことじゃないかと思います。
第171回国会衆議院法務委員会第12号 議事録, 2009年6月26日
このように、この法案は、どこにあるかわからなくなっている昔の雑誌などを、蔵などで(わからないまま)所持した状態にある人について、それを処罰しようとするものではなく、気付いた時点で廃棄すればよいという想定で作られたようだ。
つまり、昔はそういう雑誌がまかり通っていたけれど、そういうのはもうやめにしようというのが、この法の趣旨で、この点についてはおそらく国民の多くが賛同するのだろうと私は思う。
単純所持の違法化といえば、ちょうど今日で経過措置の期限が切れた改正銃砲刀剣類所持等取締法と比較できる。ダガーナイフなど、従来は所持が合法だった(刃渡り5.5センチ以上15センチ未満の)剣が(同法の除外規定に該当する場合を除いて)所持禁止となり、7月5日になった時点で処罰対象となる。
それに比べると、児童ポルノ処罰法改正案(与党案)では、「自己の性的好奇心を満たす目的」でなければ処罰されないのであるし、「みだりに」所持しているわけでなければ違法ですらない。つまり、銃砲刀剣類と同じように児童ポルノを取り締まるというのは現実的でないという配慮のうえ、このように改正案が作られたのだと思う。だからこそ、国民の支持が得られ得るのだと思う。
では、何を処罰しようとしているのかというと、与党案提出者は次のように答弁していた。
○葉梨議員(与党案提出者) (略)ですから、そういった意味では、みだりに児童ポルノを所持すること自体を罰則をもって禁止するべきだという意見もあるんですけれども、基本的にこの法律というのは、ペドファイル、小児性愛者との戦いということでございますから、自己の性的好奇心を満たす目的で所持をしているというような場合を罰則をもって禁止しているというわけなんです。
(略)ですから、一般的な禁止規定を置きながら、ペドファイルの方々が自己の性的好奇心を満たす目的でこれを所持するというものについてはやはり罰則をもって対処するという、それぐらいのところまでは、我々としても、日本の子供あるいは世界の子供、これを守るために踏み込んでいかなきゃいけないんじゃないかというふうに考えています。
第171回国会衆議院法務委員会第12号 議事録, 2009年6月26日
この点、つまり、小児性愛者が所持することを処罰対象とすることについても、やはり、国民の多くが賛同するところだろうと私は思う。
では、小児性愛者でない人がこの法改正によって処罰の対象となることはないのかどうか。もちろん、提供したり、その目的で所持したり製造したりすることは、これまでも、小児性愛者でない人でも処罰対象であったわけだが、単純所持ではどうか。
ここで、具体的な想定で検討してみる。
「25歳の会社員Aさんは、小児性愛性向がなく、ごく健康的な性愛性向の男性である。Aさんは自宅に成人のポルノを所持しており、特に、パソコンのハードディスクに相当数の成人ポルノのファイル(電磁的記録)を保管している。その中に、明らかに児童ポルノに該当する(たとえば13歳以下の児童が被写体の)ファイルがいくつか含まれているのだが、Aさんは、そのファイルを一度も開いたことなく、その存在を把握していない。しかし、Aさんは、従来から(改正法施行前から)、成人ポルノの収集にあたってとくに注意を払っていなかったため、もしかしたら保管ファイルの中に児童ポルノが含まれているかもしれないと思いつつ、その状況を認容し、含まれていないか検査するといったことはしていなかった。」
この場合、まず、少なくとも、保管の状況に未必の故意が認められれば、「みだりに保管している」ことに該当し、改正第6条の2に抵触して違法だろう。それだけなら罰則はない。このことは、与党案提出者が言うところの「蔵でほこりをかぶって眠っている昔の雑誌」のケースに相当する。見つけしだい廃棄すればよいことだろう。このことについても、国民の多くがやむを得ないことと認識しているのではないだろうか。
ところが、ここで、Aさんが保管していた目的が何かということが問題となる。Aさんが保管していた目的が「自己の性的好奇心を満たす目的」とみなされ、改正第7条第1項で処罰の対象とされるのではないか。先日の衆議院法務委員会では、与党案提出者が次のように発言していた。
○葉梨議員(与党案提出者)(略)また、自己の性的好奇心を満たす目的でというのを、それは自白に頼らざるを得ないというふうに言われますけれども、例えば、殺人の故意というのは、私は殺すつもりはなかったんです、殺すつもりはなかったんですと言ったって、けん銃を持って相手をぼんと撃てば、どんな自白が、否認をしていたって、殺人の故意というのは客観的にやはり認められるわけです。
ですから、自分の性的好奇心を満たす目的というのは、たとえその自白がなかったにしたって、うちに大量の児童ポルノを持っている、その横に大人のポルノもたくさん持っているというようなうちで、児童ポルノを持っている方が、私は自分の性的好奇心を満たす目的じゃございませんと言ったところで、それは裁判所では多分通らない話になってくるだろう。ですから、自白だけに頼るということじゃなくて、やはり客観的な証拠に基づいて捜査というのはできるんだろうというふうに私は確信をしています。
第171回国会衆議院法務委員会第12号 議事録, 2009年6月26日
Aさんは健康的な性愛性向の男性で、小児性愛性向がなく、明らかな児童ポルノを目にした場合には「何だこんなおぞましい映像はといって、ごみ箱に捨てる」*1ような人で、そのファイルで「自己の性的好奇心を満たす」ことがあり得ないような性向の人だとしても、Aさんは何の目的でそのファイルを保管していたのかということになる。
客観的事実としてAさんはそのファイルを一度も開いたことがないのだから、そのファイルで「自己の性的好奇心を満たす」ことがあったわけではない。しかし、ファイルを保管していたのは客観的に事実であり、それが児童ポルノに該当するものであるかは確認していなかったけれども、未必の故意が認められる程度にそれが存在し得る状況を認容していた。そのような意味での保管について、Aさんの目的は何かと言えば、一緒に保管している他の相当数の成人ポルノの保管目的と同じということになりはしないか。つまり、成人ポルノを保管する目的は通常、「自己の性的好奇心を満たす目的」であるのだから、「自己の性的好奇心を満たす目的」で児童ポルノを(未必の故意で)保管していたことになるのではないか。
このような事態は、国民の多くは納得していないのではないだろうか。Aさんのケースに該当する国民は、おそらく数百万人くらいいるのではないか。
有体物を想定している限りこのような事態の可能性に思い至らないというのは頷ける。有体物の写真等であれば、成人ポルノの一部に児童ポルノが混入している場合に、そのうちの成人ポルノを「自己の性的好奇心を満たす目的」で閲覧している人は、それなりにそれら有体物の全体に目を通すはずであるから、児童ポルノが含まれていることに気付かないということは起こりにくい。しかし、電磁的記録の場合では、その量によっては、全体に目を通すことが困難となりやすい一方、成人ポルノの部分を「自己の性的好奇心を満たす目的」で閲覧することは(電磁的記録のランダムアクセス性から)容易であるため、気付かないままにしてしまうことが起こりやすい。
それなのに、先日の衆議院法務委員会では、どの議員もこの点に触れていない。このケースを処罰するつもりで立法しているのか、そのつもりはなく法解釈上「自己の性的好奇心を満たす目的」に当たらないのが明らかだからなのか、それとも想定が及んでいないのか、不明だ。
もしかして上記の私の法解釈は間違っているのだろうか。故意に保管しているわけではない場合(たとえば、Webサイトから知らぬ間に自動ダウンロードしてバックアップしてしまった場合など)には、客観的事実として保管しているのであっても、その目的はそもそも問われない。それはわかる。(ここでは冤罪がないことを仮定しているので。)
それに対して、存在を把握してはいないが未必の故意が認められる程度に存在可能性を認容している保管についてどうなのか。Aさんのケースについて、どういう法解釈をすれば、「自己の性的好奇心を満たす目的」でないと解釈し得るのか。
よく考えてみると、この解釈のブレは、現行法にも同様に存在する。つまり、提供目的所持について、成人ポルノを提供するつもりが、その目的で所持していたものの中に児童ポルノが混入していたという場合である。
合法に成人ポルノを提供する際に、中身を(児童ポルノが含まれていないか)厳重に確認する義務があるのは当然であるから、未必の故意であっても児童ポルノが混入したポルノを提供する行為が処罰されるのは理解できる。
しかし、提供目的所持の場合はどうか。提供は(合法な)成人ポルノについてしか行われていなかったが、提供する目的で(まだ提供しないで)所持していたポルノの中に児童ポルノが含まれている(把握はしていないが未必の故意が認められる程度に存在可能性を認容している)ときに、現行法の提供目的所持罪に問われるのだろうか。
報道で知る限りでは、提供目的所持で摘発されている案件はどれも、児童ポルノの提供が行われていたケースばかりのようだが、どうなんだろうか。
ここまでの考察で、私には理解できなくなった。そもそも、提供罪とは別に提供目的所持罪が用意されている意味からして理解できていない。その構成に合わせるなら、今回の改正も「性的好奇心充足罪」と「性的好奇心充足目的所持罪」という構成でよさそうなものだが、そうはなっていない。なぜなっていないのか。そうなっているのとなっていないのとで違いはあるだろうか。
だめだ、わからない。Aさんのケースを処罰するつもりなのか、そうでないのか、そうでないとすればどういう法解釈をすればよいのか。