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高木浩光@自宅の日記

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2006年09月18日

刑法18章の2「支払用カード電磁的記録に関する罪」は何のためにある?

というニュースを見て、けったいな刑法学者さまの7月のエントリを思い出した。

平成13年の刑法改正により、支払用カード電磁的記録に関する罪(163条の2ないし163条の5)が新設されました。これにより「支払用カード」の不正作出、供用、譲渡,貸し渡し、輸入、所持、不正作出の準備等が処罰されることになりました。

(略)SuicaやEdyも、電磁的記録を構成部分とする支払用カードです。

では、モバイルSuicaやおサイフケータイは、本罪の対象となるのでしょうか。

携帯電話は「カード」か?, 続・けったいな刑法学者のメモ, 2006年7月21日

けったいな法学者さまはこの続きで、刑法18章の2では「カード」という言葉が用いられていることから、カードの形状をしていない携帯電話まで対象とする類推解釈は許されないのではないかと考察なさっている。

そうすると、携帯電話に組み込まれたICチップに記録された電磁的記録の情報を取得したとしても、これを163条の5により処罰することはできなくなります。つまり、SuicaやEdyに関していえば、携帯電話に内蔵されたものから情報を取得して、携帯電話に不正作出するときは、犯罪を構成しないことになります。これを回避するには、「カード」に携帯電話を含むという解釈をとるか、立法的な解決が必要です。

携帯電話は「カード」か?, 続・けったいな刑法学者のメモ, 2006年7月21日

しかし、携帯電話だけ追加してもだめだ。同じ周波数の電磁界振動を発生させられる電気コイル*1*2であればどんな形状のものでも、同じことができてしまう*3

ユビキタス前社会における支払い用カードは、店員に渡すか機械に挿入して使用するものであったため、支払いを請求する者が、提出されたその有体物が一定の形状を成していることを確認するようになっていた。そのため、刑法では「支払い用カード」の偽造等を処罰することとしたのだろう。

それが、高度ユビキタス化社会の進行によって、有体物としての形状の確認の作業を支払い請求者たちが放棄してしまった。事実、Suicaの使い方は、改札機にかざすときだけでなく、コンビニエンスストアで店員の目前で支払いに使うときでも、財布に入れたまま装置の上に置くのが通例になっている。財布の中に実は電気コイルが入っているだけということも起こりかねない。

立法的な解決を図るとしたら、「電磁的記録」の概念のほかに、電波信号そのものを法で扱うことになるのだろうか。

しかし、昨日のETCのニュースによると、電子計算機使用詐欺の容疑で立件する様子だ。ETCのシステムはまさに、支払い用カードの形状を全く確認しておらず、自動車の方向から応答してくる電波信号の内容によって支払いの処理をしている。電子計算機使用詐欺罪で処罰できるならそれでいいのではないかとも思えるのだが、これも本来は支払用カード電磁的記録不正作出罪(ないしそれを改正したもの)を適用できるようにしないといけないのだろうか。だとすると、それはどんな理由からだろうか。

刑法18章の2は、偽造カードを使った場合だけでなく、作る行為を処罰するものとしているし、さらには所持したり譲り渡す行為等までをも対象としている。電子計算機使用詐欺だけでは、作る行為やさらにその準備行為などを処罰できない。

なぜこれらの行為は処罰されなければならないのか。有価証券偽造罪における有価証券や、文書偽造罪における文書は、元々技術的に容易に偽造可能なものであった。同様に、磁気ストライプ方式の支払い用カードも偽造が技術的に容易だ。そして実際問題として、これら支払い用カードを偽造する行為やその準備行為が横行してどうしようもないという現実がある(あった)。法律の素人の目からすると、そうした理由から処罰は必要であるように思える。

他方、有体物としての形状を問わない支払い方式(非接触型)である SuicaやEdy、ETCなどは、それなりの技術によって、支払い処理を誤らせるような不正な電波信号の作出が困難であるようにされている(はずである*4)。では、技術的困難性をもって、不正作出まで処罰する必要はないということは言えるだろうか。日本の刑法体系に基づく法理論上ではどうなのか*5

非接触型の支払い方式を導入した人たちは、偽造防止までが法によって保護されないことを承知しているからこそ、技術で解決できるまで導入をしなかった……のかもしれない。

もし、非接触型の支払い処理を誤らせる装置全体を刑法18章の2の対象にするとすると、それはまた厄介なことになる。まず、形状は任意であるので、ISO/IEC 14443準拠の通信が可能な回路は皆該当し得る。不正な行為に使えるかどうかは、それを制御するプログラムしだい、あるいは、行為者がどのプログラムの実行を選択するかしだいということになる。実行するプログラムを行為者が選択するまでその装置が何をするか確定しない装置は、作っただけで偽造と見なすわけにはいかないのではないだろうか。*6

というよりも、磁気ストライプカードを製造する行為の全部が刑法18章の2に抵触するわけではない(たとえば、会社の電気錠を開錠する磁気ストライプカードの作成など)わけであるから、非接触型の支払い処理を誤らせ得る装置自体を違法な物として扱うようにするのは変だ。刑法163条の2に書かれていることは、カードの製造ではなくて、(カードを構成する)電磁的記録の作出である。つまり、クレジットカード番号や、キャッシュカードに記録された情報(口座番号とチェックディジット)をカードに記録したものがその電磁的記録だ。

そうすると、非接触型の支払い処理システムでは何がそれに該当するのだろうか。磁気ストライプカードでは、カードリーダがカードから読むデータは固定の値であった。それに対し、(技術的対策のされている)非接触ICカードがリーダに送信するデータは、暗号プロトコルによって常に異なる値となるようになっている。したがって、非接触ICカードがリーダに送信するデータを指して、偽造罪の類推で不正作出という言い方は変ではないだろうか。

では次に、暗号処理されているとはいえ復号処理によって元の固定の値が得られるのであり、支払い処理を誤らせようとすれば、誤らせるのに使用するIDないし属性情報を装置内に電磁的記録として作出することになるのだから、その部分を指して不正作出であるという言い方は妥当だろうか?

ところが、技術的対策のとられた非接触型支払いシステムでは、それらの情報は秘密情報として扱わないのが慣例となっている。むしろ、そのID番号を他の目的でも便乗利用しようというのが「ユビキタス社会」の方向性となっている。

けったいな刑法学者さまは、

たとえば、163条の2は、人の財産上の事務処理の用に供する電磁的記録であって、支払用カードを構成するものを不正に作る行為を処罰の対象にしています。この場合、カードを構成する「電磁的記録」は磁気ストライプやICチップに記録された電磁的記録をいうことにも争いはないでしょう

とおっしゃるけども、ICチップに記録されたEdy番号やScuia番号は、公開情報であり、163条の4の「第163条の2第1項の犯罪行為の用に供する目的で、同項の電磁的記録の情報を取得した者は」が想定している、クレジットカード番号の取得や、スキミングにより得られるデータの取得と同様に、取得を処罰するというのもおかしな話になってくるのではないか。

そうすると、非接触型の支払い処理システムが採用している技術的対策が万全であれば、そもそも不正は起きないところ、不正が起き得るとすると、技術的対策が万全でないということであり、何らかの原因で何かの暗号鍵が取り出されるなどして、支払い処理を誤らせることが可能になるのだから、そのような鍵ないしそれに類する情報を電磁的記録として作出する部分を「偽造」とするのが妥当なんだろうか……。

支払い請求者たちが有体物の確認を放棄してしまった以上、偽造罪に倣って延長するというのは無理があるのではないかという気もするが、どうなんだろうか。

*1 およびそれに接続された電子回路で必要な変調信号を発生させるもの。

*2 Sucia以外に目を向けると、使用する周波数によっては、アンテナ(一本の導線)の形状で使えてしまう。

*3 可能性がある。

*4 一部、疑問のあるものもあるが。

*5 たぶん、法律の専門家は「技術的困難性は関係ない」と言うように思える。

*6 米国の話として一昨年こんな話題があった。

  • どんなカードにも変身できる『カメレオン・カード』, WIRED NEWS, 2004年3月5日

    カメレオン・カードの黒い帯状の部分にはプログラム可能な「変換器」が隠されており、置き換えるカードの磁気ストライプに記録された情報をこの変換器が模倣する。カードのプログラムの書き換えには、カメレオン・ネットワーク社の新しいハンドヘルド機『ポケット・ボールト(画像)』を使う。利用者が決済に使うクレジットカードをポケット・ボールトで選択すると、そのカードの役割を果たすようにカメレオン・カードにプログラムが書き込まれる。

日本ではこれは法的にどうなのだろうか。

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