仕事の関係で、国民生活センター発行の月刊「たしかな目」の11月号を頂いた。今号の特集が「商品のリコール 大研究」ということもあって、読んでみるとなかなか興味深い。
わが国で法的に「リコール」が規定されているのは『道路運送車両法』による自動車と、その後付装置のみです。生活にかかわりが深い「消費生活用製品安全法」「食品衛生法」「有害物質を含有する家庭用品の規制に関する法律」「電気用品安全法」などの安全規制関係法の範ちゅうでも、欠陥や不具合が認められても事業者に回収義務はありません。
なのだそうだ。そんな気はするという程度の漠然とした認識はあったが、改めてはっきりと知らされた。続く部分によると、
まずは何より、(略)事業者が行政庁に報告することを義務づける仕組みをつくることが必要です。
とあるので、報告の義務もないらしい。
次のページには、海外のリコール制度がどうなっているかが紹介されている。
アメリカ
子供用品や家電品のリコールについては消費者製品安全委員会(CPSC)が、食品については連邦食品医薬品局(FDA)、農務省の食品安全検査局(FSIS)が所管。前者では、事業者が欠陥品の存在を知ったときは、その事実をCPSCに報告することが義務付けられています。(略)
EU
(略)イギリスでは、製品回収は通産省の所管。同省は、リコールを行うための企業向けガイドを発行し、社告記事などについては、わかりやすい通知のための詳細にわたるチェックリストを作成。(略)
韓国
韓国では、2001年7月より改正消費者保護法に基づき、製品不具合情報の通知が義務付けられました。同法には緊急製品回収命令制度もあり、危険な製品の迅速な回収を目指して、重要な欠陥を発見した場合、5日以内に地域当局に通報することが義務付けられています。
だそうだ。
p.17の「よい社告・悪い社告」によると、日本でも経済産業省が「消費生活用製品のリコールハンドブック」というものを出しているらしい。
また、社告に「極めてまれではございますが……」「万が一に備えて……」「他の製品については安全にご使用できますので……」「何とぞ、お客さまにおかれましては今後とも当社の製品をご愛顧のほど……」などといった文言は不要。簡潔にして具体的に、消費者がどんな行動を取るべきなのかが示されていなくてはなりません。特に安全性に関係するケースでは、消費者が危険を回避できる情報を明記する必要があります。
とある。どっかで似たような話を見たなあ。
検索してみたところ、そのガイドブックはここにあった。
「たしかな目」のこの特集のメインコンテンツは、国民生活センターが消費者の意識の実態をアンケート調査した結果になっている。「告知して回収を行う企業はイメージアップ」、7割近くが新聞社告の内容までよく読んでいる」、「最近、社告が増えていると感じている人は7割弱」、「社告の内容がわかりやすくなったと感じる人は5割未満」、「「効果的」と「効果に疑問」がほぼ互角」、「8割強が危険がなくても公表して回収すべき」、「製品の回収率は低いと予想している消費者が約6割」などの見出しとともに分析結果が書かれていて、興味深い。
その次には、新聞社告を掲載した事業者の「新聞社告を出したきっかけ」に関するアンケート結果も掲載されている。
また、p.22からは、「企業が商品のリコールを決意するとき」として、3つの実例が紹介されており、回収に要した費用(広告費、部品代、人件費など)の推定額が掲載されていて興味深い。
全体を見渡して気づいたのは、コンピュータソフトウェア製品のことが全く想定されていないという点だ。
ソフトウェア製品がこの種の議論から外されている理由として、「ソフトウェアはPL法の適用外だから」という話が出てくることがしばしばあるのだが、冒頭で述べたように、そもそも消費生活用品であっても、製品回収や報告が義務付けられているわけではないのに、それでもこのように扱われているのだから、ソフトウェアも同列に扱ってよいはずではなかろうか。
PL法が適用されるか否かは、単に、欠陥の不存在の立証を製造者側に持たせる「証明責任の転換」が適用されるかされないかの違いでしかない(らしい)という話は、8月19日の日記で書いた。
p.18の「これでいいのか? 日本のリコール事情」では、「いまだにある回収措置をためらう傾向」、「回収するべきかどうか判断力不足の企業も」、「わかりにくい社告」、「社告以外の方法による告知の努力不足」、「電話がかかりにくい企業の窓口」、「高いとはいえない回収率」、「経過や結果の報告がない」、「販売店の積極的な協力が得られない」、「費用負担のあり方」といった見出しで、課題について議論されている。
これらの課題のうち、ソフトウェア製品の場合ではさほど解決困難ではないものがある。回収するべきかの判断が難しいというのは、欠陥の存在/不存在がアナログな世界ならではだろう。1か月以内に発煙する製品が1パーセントの確率で存在する場合に回収するのは妥当だろうが、それが 0.0001パーセントだったらどうなのか。それに対して、ソフトウェアのセキュリティ欠陥の場合は、たいていの場合は100パーセントの再現性があって、事故が起きるか起きないかは、攻撃する者が現れるか否かの二者択一でしかない。迷う余地はないと思われる。
p.19の「これからの取り組みに向けて」の「行政へ」では、
ことし5月、国民生活審議会消費者政策部会は、「21世紀型の消費者政策の在り方について」をまとめ、製品回収制度の強化に関して、「回収期間の短縮などリコール制度の運用を強化するとともに、新たな製品の分野でも必要に応じて制度化することが重要である」と提言しました。この提言を早期に実現すべく関係省庁の検討が望まれます。
としている。
これのことらしい。ソフトウェア製品の議論は含まれているだろうか。読まねば。
ソフトウェアのセキュリティ欠陥について、何かを義務付けることは、技術発展の阻害という面などとのバランスをとらねばならないのだから、直ちに何でも義務付けよと言う気にはならないが、「消費生活用製品のリコールハンドブック」に相当するような、「脆弱性告知ハンドブック」みたいなものを作ることは、有効かつ無害ではないかと思われる。
事業者が脆弱性告知をするにあたって、危険性をはっきり説明しないような告知を出すことがあるのは、なにも隠ぺいの意図があるからとは限らないのではなかろうか。単に書き方に慣れていない(かつ、自分で物事を考える力を備えていない)ド素人が書いたために、ふにゃふにゃな告知文になってしまったという実態があるのかもしれない。そうだとすると、脆弱性告知のテンプレートのようなものが公的に用意されていると、スムーズに活用されるのではないかと期待できる。甘いだろうか。
p.25には、「商品のリコール情報を掲載している公的機関のサイト」として以下が挙げられている。
これらのリストはどうやって作られているのだろうか。事業者から届出があったりするのだろうか。ソフトウェア製品の脆弱性について、事業者がどこかに届け出たという話は聞いたことがないような気がする。
製品評価技術基盤機構のサイトに、事故情報収集制度の概要というページがあった。昭和49年に発足した制度だそうで、
経済産業省所掌の消費生活用製品を対象に、消費者団体、地方自治体(都道府県、市町村等)、消費生活センター、製造事業者及び流通業界、製品安全協会、一般消費者等の協力を得て、製品事故に関する情報収集を行っています。
だそうだ。
経済産業省は、テスト結果に基づき、製造事業者等に対し再発防止策を講ずるよう指導する等所要の行政上の措置を行っています。
行政上の措置もあるらしい。
こうしてみると、制度は既にあるのに、なぜソフトウェア製品が対象になってこなかったのか、やっぱり不可思議だ。(PL法が関係ないことは既に述べた。)
ソフトウェアのセキュリティ脆弱性の場合は、事故が起きる前に欠陥の存在を証明し得るため、事故が起きる前に告知の必要が生ずるという点で特殊だからだろうか。事故が起きた後でないと対応できない体制であるからとか。
あ、いや、
消費生活用製品(家庭用電気製品、燃焼器具、乗物、レジャー用品、乳幼児用品等)の欠陥等により人的被害が生じた事故、 人的被害が発生する可能性の高い物的事故、及び製品の欠陥により生じた可能性のある事故に関する情報を提供しているページです。
とあるので、死者やけが人が出るものでないと対象でないということだろうか。
あ、違う。単純に、「消費生活用製品」というのが、消費生活用製品安全法で定められた規制対象品だけを指しているということなのかな。
第一条
この法律は、消費生活用製品による一般消費者の生命又は身体に対する危害の発生の防止を図るため、特定製品の製造及び販売を規制するとともに、消費生活用製品の安全性の確保につき民間事業者の自主的な活動を促進し、もつて一般消費者の利益を保護することを目的とする。
第二条
この法律において「消費生活用製品」とは、主として一般消費者の生活の用に供される製品(別表に掲げるものを除く。)をいう。
2 この法律において「特定製品」とは、消費生活用製品のうち、構造、材質、使用状況等からみて一般消費者の生命又は身体に対して特に危害を及ぼすおそれが多いと認められる製品で政令で定めるものをいう。
3 この法律において「特別特定製品」とは、その製造又は輸入の事業を行う者のうちに、一般消費者の生命又は身体に対する危害の発生を防止するため必要な品質の確保が十分でない者がいると認められる特定製品で政令で定めるものをいう。
だからやっぱり、「制度は既にあるのに」というのは間違いか。