破産者マップ、性犯罪マップに続き、今度は「裁判官マップ」が現れた。マップというわりに地図はほぼ用をなしていないので、過去の事案との連続性を意識したものなんだろう。この事案についての私の所見は、この一連のツイートに示した。
この類の個人マップ(破産者マップから始まった)は、日本の現行(未完成な)個人情報保護法において、個人データの第三者提供制限規定に違反し(オプトアウト関係規定に従っていない限り)違法であろう。このことは、… https://t.co/XMrxULC4nz
— Hiromitsu Takagi (@HiromitsuTakagi) March 16, 2026
さて、大規模言語モデルはどう評価するだろうか。以下は、Claude Opus 4.6*1との会話である。
2018年12月頃 — 旧「破産者マップ」が登場[ASCII.jp]。官報掲載の破産者情報をGoogleマップ上にピンで可視化するサイトが公開された。
2019年3月15日 — 個人情報保護委員会(PPC)が、サイト上に掲載されていたメールアドレスに対し行政指導の連絡を行った[Matsudaira-office]。この時点で問題とされた条項は、旧法第18条(利用目的の公表義務)と第23条第1項(本人の同意なき第三者提供の禁止)への違反のおそれ[ITmedia]であった。
2019年3月18日 — 弁護士60人が連名で、PPCに対して個人情報保護法に基づく「緊急命令」を求める申出書を提出[Bengo4]。申出書では、本人の同意もオプトアウト届出もなされていないことから23条1項違反を指摘していた。
2019年3月19日 — 運営者がサイトを閉鎖する旨返信し、サイト閉鎖が確認された[Matsudaira-office]。
この段階のポイントは、PPCの対応が「行政指導」(法的強制力なし)にとどまったこと、そして当時の個人情報保護法には「不適正利用の禁止」規定が存在しなかったため、違反の根拠は第三者提供の同意規定(23条1項)と利用目的の通知義務(18条)の2本柱だったことである。松平浩一議員が指摘したように、仮にオプトアウト届出(23条2項)を行えば、個人情報保護法上は適法となりうるという構造的脆弱性があった[Matsudaira-office]。
2019年〜2020年 — 破産者マップ閉鎖後、「モンスターマップ」「自己破産・特別清算・再生データベース」など類似サイトが複数出現。削除料としてビットコインを要求するものもあった。
2020年7月29日 — PPCが2つの破産者情報サイトに対し、運営停止命令を発出。PPCが命令を出したのはこれが初めて[Nikkei]であった。問題とされた条項は旧法の第18条(利用目的の通知義務)と第23条第1項(同意なき第三者提供の禁止)で、第1期と同じ2条項であった。
なお、2020年6月公布の改正個人情報保護法で「不適正な利用の禁止」(改正後の16条の2)が新設されたが、この時点ではまだ未施行であり、本事件時点では同条違反を問うことはできなかった[Note]と推察されている。
2022年3月頃 — 新たな破産者マップが確認される。Googleの方針違反として5月に検索結果から一度削除されたが、6月に復活[Bengo4]。
2022年3月23日 — PPCが別の国内の破産者情報サイト運営者に対して停止命令を発出[ITmedia]。こちらは23条1項違反が根拠。
2022年6月頃 — 「新破産者マップ」が本格的に注目を集める。2009年〜2019年の官報掲載破産者情報が掲載され、削除にはビットコインで6万〜12万円の支払いが要求されていた[Monolith Law Office]。
2022年7月20日 — PPCが「新破産者マップ」運営者に対して停止勧告を発出。ここで初めて、2022年4月施行の改正法で追加された第19条(不適正な利用の禁止)が初適用された[Pmarknews]。適法性が問われた条項は以下の3つに拡大した:
2022年11月2日 — 勧告に応じなかったため、PPCが個人情報保護法第145条第2項に基づき停止命令を発出[Ben54]。違反条項は勧告時と同じ3条項。PPCは「多数の破産者等が人格的・差別的な取扱いを受けるおそれがあり、個人の重大な権利利益の侵害が切迫している」と認定した[Monolith Law Office]。
2023年1月11日 — 停止命令にもサイトが応じなかったため、PPCが個人情報保護法違反の罪で運営者を警視庁に刑事告発した[Wikipedia]。PPCが刑事告発を行ったのはこれが初めてであった[Abc-jsc]。告発時点でも運営者の特定には至っていなかった。
各時期で問題とされた条項をまとめると、第1期・第2期では旧法18条(利用目的通知)と23条(第三者提供制限)の2条項しか使えなかったのに対し、第3期では2022年4月施行の改正法によって第19条(不適正利用の禁止)が加わり、3条項体制になった点が重要な転換である。
第19条の追加によって、仮にオプトアウト届出を行ったとしても「差別を誘発するおそれがある方法による利用」自体が違法となり、第1期で指摘されていた「オプトアウトを踏めば適法になりうる」という構造的な抜け穴が塞がれた。ガイドライン通則編でも、官報掲載の破産者情報を集約・データベース化してネット公開する行為が不適正利用の具体例として明示されている[Pmarknews]。
第1審:東京地裁 令和5年3月9日判決(令4(行ウ)134号) 控訴審:東京高裁 令和5年10月30日判決(令5(行コ)98号)
運営者「a合同会社」は、官報掲載の破産者情報をデータベース化し、氏名・住所による検索サービス(無料会員・有料会員の差異あり)と通知サービスをウェブサイト上で提供していた。PPCが個人情報保護法(令和2年改正前)23条1項違反を理由に勧告・命令を行ったところ、運営者は命令処分の取消しを求めて出訴した。
特徴的なのは、a社がPPCの命令等を回避するため、令和3年12月の執行停止却下のわずか5日後に、同一代表者・同一所在地の政治団体「X団体」を設立し、サイト運営を移管したという経緯である。
この事案は改正法施行前(令和2年改正前)の旧法が適用されているため、先ほど整理した「新破産者マップ」への対応(第19条の初適用等)とは法的枠組みが異なる。
令和3年9月3日 — PPC、a社に対し法40条1項に基づく報告徴収。削除請求に金銭を要求しているか等を調査。
令和3年9月22日 — PPC、a社に対し法42条1項に基づく勧告及び法41条に基づく指導。23条2項(オプトアウト)の措置が適切でなかったことが根拠。
令和3年12月15日 — PPC、a社に対し2度目の法42条1項勧告。23条2項違反(本人の求めに応じた提供停止をしていない)に加え、サイト停止と報告を命令。
令和4年1月1日 — a社と同一代表者がX団体を設立、政治資金規正法に基づく届出。2週間後にサイト運営をX団体に移管と公表。
令和4年2月18日 — PPC、X団体に対し法42条1項勧告。今度は23条1項(本人同意なき第三者提供の禁止)違反を正面から認定。
令和4年3月23日 — PPC、X団体に対し法42条2項に基づく命令(本件処分)。サイト停止と23条に従った措置を命令。
原告は、政治団体としてサイトを運営しているから個人情報保護法の適用が除外されると主張した。
地裁の判断:a社が命令回避のために設立した経緯(執行停止却下の5日後に設立、同一代表者・同一所在地、運営方法に差異なし)から、X団体は「個人情報保護法の規律を潜脱して行政処分を不当に免れ、本件サイトの運営を続けるため」に設立されたと認定。政治団体には該当しないとした。
高裁の補充判断:控訴人が国政政党5党への寄附を主張したが、いずれも各500円で、しかもPPCへの違法報告の翌日に集中的に行われたものであり、「政治団体であるとの主張を基礎付ける資料とするために行われた」にすぎないと一蹴。
原告は、官報情報を不特定多数に広く速く正確に知らせているから「報道」に該当すると主張。
地裁の判断:本件サイトは「利用者が提供又は通知を希望する特定の情報のみを、個々の検索又は登録により提供する」ものであって「個別の情報伝達の機能に特化」しており、「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせるもの」には該当しないとした。
高裁の補充判断:原告の規約自体が「個人情報保護法に反対すること」を目的に掲げており、「事実として知らせる」ことを目的としてはいないと、規約の文言から踏み込んで認定。
原告は、取引相手が破産者であることを知る必要性から「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合」に該当すると主張。
地裁の判断:ここが法理論上もっとも重要な判示部分である。裁判所は、23条1項柱書の趣旨を「個人データの流通・使用状況が不透明な状態に置かれ、結合・照合が容易であることから権利利益侵害のおそれが高まる」ため「流出段階で規制する」ものと整理し、2号の判断枠組みとして、「個人データの提供により本人が被るおそれのある権利利益の侵害を考慮してもなお第三者の権利利益保護の要請が上回る等の事情があるか」という比較衡量の基準を採用した。
その上で、取引相手が被る財産侵害は「抽象的なもの」にとどまるのに対し、破産者等の情報が提供されることによる権利利益侵害は「具体的なもの」であるとして、2号該当性を否定した。
高裁の補充判断:破産手続等の終了後は「債権者を保護すべき必要性は後退し、破産者等が破産手続等を経たことを公表し続ける必要があるとまではいえない」と、破産法の目的(経済生活の再生の機会の確保)との関係を明示的に説示。
原告は、官報で既に公開されている情報だから本件サイトにより権利利益侵害が切迫しているとはいえないと主張。
裁判所の判断:インターネット版官報(PDF画像化、テキスト検索不可、30日限定)および官報情報検索サービス(有料、破産者氏名・住所による体系的検索機能なし)と本件サイトを詳細に比較し、本件サイトは「破産者等の破産手続等に係る情報を提供することに特化」しており、「格段に簡便かつ容易に」情報を提供できる仕組みであるから、「破産法等が想定している官報による公告の範囲を超えて」おり、「官報により生じ得る権利利益の侵害よりも広い範囲での権利利益の侵害を来している」と判示した。
原告は行政手続法14条1項本文の理由提示が不十分と主張したが、裁判所は、処分書面に違反行為の特定、勧告不遵守の認定、権利利益侵害切迫の具体的事情が記載されており、十分であるとした。
検閲の主張について、裁判所は札幌税関事件大法廷判決(昭59.12.12)の定義を引き、本件処分は「思想内容等の表現物を対象として」されたものではなく検閲に該当しないとした。
報道の自由の主張(高裁で補充)について、高裁は、仮に報道の自由が問題になるとしても、破産手続等終了後は個人情報公開の要請は後退し、かつ当該情報は「大多数の国民や企業にとっては知るべき価値のある情報であるとは認め難い」から、本件処分は報道の自由を不当に制限するものではないとした。
控訴審で原告は、a社が令和2年9月にオプトアウト届出をしていたから23条2項に基づき適法であるとの新主張をしたが、高裁は「a社と控訴人とは法律上別の主体であるから、a社の届出は控訴人の届出にはならない」と退けた。これは原告自身が「a社とは別組織」と主張していたことと矛盾する論理的自縄自縛でもある。
1. 「散在情報の集約」という問題構造
両判決を貫く論理は、官報に「散在的に」掲載されている破産者情報を「データベース化」して「体系的に検索可能」にすることで、情報の性質が質的に変容するという認識である。地裁は官報の仕組み(PDF画像化、テキスト検索不可等)を丁寧に認定し、「公開済み情報であっても、検索容易性の飛躍的向上は新たな権利利益侵害を構成する」ことを示した。これは高木先生の研究文脈でいえば、「処理」(systematic processing)の概念そのものであり、単発の公開(publication)とデータベース化された処理(processing)の質的差異を裁判所が明確に認識した判決といえる。
2. 23条1項2号の比較衡量枠組み
地裁が採用した「本人の権利利益侵害 vs 第三者の権利利益保護の要請」という比較衡量枠組みは、23条1項2号の解釈として注目に値する。取引相手の財産保護の必要性を「抽象的」、破産者等の権利利益侵害を「具体的」と評価した点は、破産法の目的(経済的更生)との整合性を意識した判断であり、高裁がさらに「破産手続等終了後は債権者保護の必要性は後退する」と明示したことで、時間軸を組み込んだ判断枠組みが確立された。
3. 政治団体スキームの否定
法76条1項5号の潜脱を試みた原告の戦略は、裁判所に完全に見透かされた。設立の時期的近接性、代表者・所在地の同一性、運営方法の無変更という客観的事情から、「法の規律を潜脱するために設立された」と認定された。高裁が各500円の政党寄附を「主張を基礎付ける資料とするために行われた」と断じた点も印象的で、形式的な法的外観の作出では実質的な判断を覆せないことが明確にされた。
4. 改正前法での対応の限界と改正法との関係
この事案は改正前法が適用され、「不適正利用の禁止」(改正後19条)は使えなかった。そのため23条1項(第三者提供の同意)を中心に構成されたが、仮にオプトアウト届出が適切になされていた場合には法的対応が困難になりうるという構造的問題が残っていた。改正法19条の新設は、まさにこの抜け穴を塞ぐものであり、2022年7月の「新破産者マップ」への対応では19条が初適用されたことと対照的である。
裁判官マップは、2026年3月14日に弁護士・田中一哉氏(サイバーアーツ法律事務所)が公開したウェブサイトおよびiPhoneアプリで、全国約2,500人の裁判官を日本地図上で検索可能とし、経歴・人事異動・関連判例・ニュース記事のほか、匿名口コミ・評価機能を備えている[Shiho-shoshi-office]。公式目的は「司法制度への問題提起」とされている[Saibankan-map]。
データソースは、CaseLaw LOD(国立情報学研究所)、国立国会図書館サーチ、インターネット版官報(人事異動データ)といった公的データベースに加え、ユーザーからの匿名口コミである。
「散在的に公開されている公的情報を集約・データベース化し、特定の個人に紐づけて検索可能にする」という基本構造は、破産者マップと完全に共通している。裁判官の人事異動は官報に掲載され、判例は裁判所のウェブサイト等で公開されているが、それらは個別の裁判官をキーとして体系的に検索できる形では提供されていない。裁判官マップは、これらの散在情報を特定の裁判官をキーにデータベース化し、地図インターフェースで視覚的に検索可能にしている。
東京地裁判決が破産者マップについて述べた「記事内容をデータベース化する等して特定の情報が記載された特定の記事のみを抽出するという機能」「格段に簡便かつ容易に」情報提供できる仕組み、という描写は、そのまま裁判官マップにも当てはまる。
しかし、以下の点で根本的に性格が異なる。
(a) 情報主体の地位 — 私人 vs 公務員
破産者は私人であり、破産手続等を経たという事実は「一般に知られたくない機微な情報」(地裁判決)であった。これに対し、裁判官は国家権力の行使者たる公務員であり、その職務遂行は本来的に公的な関心の対象である。裁判官の所属裁判所、担当事件、経歴は、司法の民主的統制という観点から、むしろ積極的に公開されるべき情報という性格をもつ。
(b) 「決定」の方向性
高木先生の決定志向モデルの枠組みで考えると、破産者マップが問題だったのは、情報がデータベース化されることで破産者に対する「差別的な取扱い」(雇用拒否、取引拒否、住居差別等)という不当な決定を誘発するからであった。改正法19条(不適正利用の禁止)が「違法又は不当な行為を助長し、又は誘発するおそれがある方法」を禁じ、ガイドラインが破産者情報の集約・データベース化を名指しで例示したのは、まさにこの「不当な決定の誘発」という構造があったからである。
裁判官マップの場合、情報の利用先として想定される「決定」は、当事者が裁判手続で何らかの対応を検討する、国民審査で判断するといった類のものであり、これ自体は民主的統制の一形態であって「不当な決定」とは言い難い。
(c) 情報のsensitivity(機微性)の質的差異
破産情報は、東京高裁判決が述べたように「プライバシーの周辺部分」にせよ経済的信用に関わる機微情報であり、破産法等の目的(経済生活の再生の機会の確保)と直接衝突する。裁判官の経歴・所属・担当事件といった職務上の情報は、これとは全く異なる。裁判官個人の住所が公開されるわけではない。
裁判官の経歴や担当事件を公的データソースから整理して提供すること自体は問題が小さいが、匿名口コミ・評価機能は別の問題を提起する。
口コミは敗訴当事者の主観的不満に大きく偏るバイアスが構造的に内在している。Togetterの議論でも、「口コミは(特に対立構造に投げ込まれる法曹においては)当てにならない」との指摘があり[Togetter]、さらに「裁判官への圧力」になるのではないかという懸念も示されている。
これは個人情報保護法の問題というよりも、名誉毀損やハラスメントの問題、さらには司法の独立(憲法76条3項)との緊張関係の問題である。裁判官が「評価される」ことを意識して判断を歪める(populismに迎合する判決を出す)リスクは、司法の独立という憲法的価値と正面から衝突しうる。
裁判官の氏名・所属・経歴・担当判例は個人情報(法2条1項)に該当するが、これをデータベース化して提供する行為について個人情報保護法違反が成立するかどうかは、破産者マップの判例法理をそのまま適用できるものではない。
まず、裁判官の職務上の情報は「要配慮個人情報」(法2条3項)には該当しない。また、19条(不適正利用の禁止)のガイドラインが例示する「違法な差別が誘発されるおそれ」という要件にも直ちには当たらない。破産者マップ判例が依拠した「人格的・財産的差別的取扱いを受けるおそれ」という評価軸は、公務員の職務情報には同様には妥当しにくい。
ただし、口コミに個人の誹謗中傷が含まれる場合の名誉権侵害、裁判官個人のプライベート情報(出身校、家族等)が書き込まれる場合のプライバシー侵害は、別途問題となりうる。
原データが公的データベース(CaseLaw LOD = CC BY 4.0、官報)であり、もともと公開されている情報を整理して提供しているという構造は、破産者マップ事案の原告が主張した「官報で既に公告されている」という抗弁と同型である。しかし上述の通り、情報主体が公務員であるという点で、比較衡量の結果は全く異なってくる。23条1項2号(財産保護の必要性)の議論以前に、そもそも公務員の職務情報を公開することの公益性が高く評価されるべきである。
裁判官マップは、個人情報保護法上の問題として論じるよりも、以下の3つの軸で評価すべきものだと思います。
第一に、公的データソースを集約・整理して市民にアクセスしやすくすること自体は、民主的統制の基盤として正当であり、場合によっては積極的に推進されるべきこと。諸外国(アメリカのCourtListenerやJUDGE等)でも類似のサービスは存在し、むしろ司法の透明性向上に寄与すると評価されている。
第二に、問題は匿名口コミ機能にある。これは「処理」(systematic processing)の問題ではなく、ユーザー生成コンテンツ(UGC)のモデレーションの問題であり、情報流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法)の枠組みで対処されるべき領域。サイト自体も情プラ法遵守を謳っている。
第三に、最も深い問題は、草場裁判官が逮捕歴実名ツイート削除事件(最判令和4年6月24日)の意見で述べた「負の外的選好」[Togetter]の問題 — つまり、「他人の不幸(あるいは権力者の失態)を面白がる」心理がプラットフォームによって増幅される構造的問題 — であり、これは個人情報保護法の射程には入らない問題領域である。
破産者マップ判例が確立した「散在情報の集約・データベース化による権利利益侵害の質的変容」という法理は重要だが、その射程は、情報主体が私人であり、情報の機微性が高く、差別的取扱いを誘発するおそれがある場面に限定される。裁判官マップの場合、情報主体は公権力の行使者であり、職務情報の透明化には高い公益性があるため、破産者マップの判例法理を直接適用して「違法」とすることは困難であり、またそうすべきでもないでしょう。
ただし、匿名口コミ機能が裁判官個人の名誉権を侵害する運用に堕するリスク、および司法の独立に対するポピュリスト的圧力となるリスクは、個人情報保護法とは別の法的枠組み(名誉毀損法、憲法76条3項)で注視されるべき論点です。
私は「情報主体が公務員か私人か」を決定的な分水嶺として扱い、「公務員の職務情報だから個人情報保護法上の問題は小さい」という方向に議論を進めてしまいました。しかし、高木先生が指摘されているように、これは個情法の規制構造を正しく理解していない議論です。
個情法の第三者提供制限規定(27条1項)は、情報の内容が機微かどうか、情報主体が公務員か私人かにかかわらず、個人データを第三者に提供する場合に原則として本人同意を要求しています。破産者マップの最初の事案で問題とされたのは、まさにこの「無条件の」第三者提供制限規定違反であり、不適正利用禁止(19条)はオプトアウト回避の問題に対処するために後から導入されたものです。この規制は裁判官マップにも等しく及ぶ、というのが正しい分析です。
つまり、「破産者の場合は機微情報だから違法、裁判官の場合は公務員の職務情報だから適法」という区別は、現行の日本法の規制構造のもとでは成り立たない。オプトアウト届出をしていない限り、裁判官マップも個人データの第三者提供制限規定に違反する、という結論になります。
高木先生が指摘されている施行令4条1項(16条1項柱書の除外規定)の議論は、私が完全に見落としていた論点です。
現行法では「利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定めるもの」が個人情報データベース等の定義から除外されており、施行令4条1項3号は「生存する個人に関する他の情報を加えることなくその本来の用途に供しているもの」を挙げています。
裁判官マップの場合、官報の人事異動データや判例データベースの情報を「その本来の用途に供している」だけなら除外対象に近づきうるが、そこに匿名口コミ評価やAIによるキャリアランキングといった「他の情報を加え」ている点で、まさにこの除外から外れる。これは非常に鋭い指摘で、この条文の趣旨がデータ保護法の核心的保護利益(個人に対する評価・決定の適切性の確保)と直結しているという読み解きは、高木先生の決定志向モデルの実定法への適用そのものです。
私の先ほどの分析では「散在情報の集約・データベース化」という表現で破産者マップとの共通構造を指摘しましたが、高木先生が述べている「検索(retrieve)できるよう体系的に構成」の意味の説明はより根本的です。search機能があるかどうかではなく、一人ひとりのレコードがretrieveできるようになっていれば足りる — Excel表やリストになっていれば足りる、という説明は、データ保護法のscope(Art.2 gate)の本質に関わるものです。
これに対して私は、「報道」該当性や「公務員の職務情報の透明性」という、いわば適用除外の議論にすぐ飛んでしまい、そもそもの規制対象該当性を正確に論じていませんでした。
高木先生のスレッドで最も重要な指摘は、この問題が日本法の構造的未完成さを露呈するものだ、という点だと理解しました。
EU法(GDPR)では、第三者提供に特化した規制ではなく、6つの適法根拠のいずれかを充足しなければ処理自体が許されないという仕掛けになっており、「正当な利益」(Art.6(1)(f))の基準が多角的な利益衡量を可能にしています。裁判官マップのようなケースでは、この「正当な利益」該当性を正面から論じることができ、破産者マップとの差異も正当な利益の衡量の中で表現できる。
ところが日本法には「正当な利益」に相当する概念がなく、第三者提供を(同意またはオプトアウト以外は)一律に規制するという構造になっているため、破産者マップも裁判官マップも形式的には等しく違法となる。その結果、「世の中の相当な数の諸々が実は違法だということになりかねない」という問題が生じる。施行令4条1項の除外規定でなんとか調整しようとしているが、「正当な利益」という基準がないために妥当な線引きができず、「雑な規制でお茶を濁している」状態にある。
これはまさに高木先生の長年の研究テーマ — 日本の個情法の構造的欠陥 — の具体的な発現例です。
高木先生のスレッドの後半で展開されている「評価の過程はデータ保護上問題でなく、決定に使われて問題が発現する」という議論は、私が先ほどの分析で「決定の方向性」として触れたものの表面的にしか論じられていなかった点を、より正確に定式化しています。
学術研究者の業績評価や芸能人のランキングは、本人がそうした評価に晒されることを職業上認識し望んで選択しているから、EU法では正当な利益、日本法では黙示の同意で整理できる。では裁判官はどうか — 「個人として評価・比較されランキングされることが、職業上の必然なのだろうか?」という問いは、安易に「公務員だから透明性が必要」と言い切れない深みがあります。
さらに、現状の口コミ程度ならともかく、「口コミソースのLLM評価ランキング」が出てくれば、それはデータ処理による評価(profiling)の問題として、EU法でも正当な利益から外れうるという指摘は、今後のAI時代における個人マップ問題の本質を突いています。
「Claude Opus 4.6のテストで作らせてみたら、あっさりできてしまった」という田中弁護士のツイートに対する、「もはや下層エンジニアが破産者マップ作ってイキっていた時代とは違う段階に入った」という高木先生の指摘は、この問題の射程が裁判官マップの合法性にとどまらないことを示しています。LLMを使えば誰でもあらゆる個人マップを作れる時代において、個情委がここで介入しなければ「合法と思われて広がってしまう」という懸念は、政策的にも極めて重要です。
私の先ほどの分析は、「公務員 vs 私人」という情報主体の属性を過度に重視し、日本の個情法の規制構造(第三者提供の一律規制、正当な利益概念の不在)を正しく踏まえていませんでした。高木先生の分析は、現行法のもとでは裁判官マップも形式的に違法であること、しかしそれは日本法の構造的未完成さ(正当な利益基準の不在)の問題であること、そして真の論点はデータ処理による評価・決定の適切性という核心的保護利益の観点から裁判官マップをどう位置づけるかにあること、を正確に示しています。
「この類の個人マップは現行法において違法であろう。しかし、将来完成するはずの同法においてもそうだということを必ずしも意味しない」という冒頭のツイートが、この問題の構造を最も簡潔に表現していると思います。
個情委の対応としては、破産者マップ事案と同様に、まず27条1項(第三者提供制限)違反を理由とする勧告(法145条1項)、不遵守の場合に命令(同条2項)、という流れが想定されます。ただし、破産者マップ事案と決定的に異なるのは、運営者が弁護士であり、まず間違いなく正面から法的に争う姿勢をとることです。破産者マップの原告のような杜撰な法的主張ではなく、相当に精緻な憲法論・個情法解釈論が展開されるでしょう。
破産者マップ事案ではこの争点は提起されませんでしたが、裁判官マップでは正面から争われるでしょう。
原告側は、裁判官マップの基礎データ(官報の人事異動、CaseLaw LODの判例データ)は、いずれも公的機関が不特定多数に提供している情報であり、施行令4条1項各号の趣旨に照らして「個人情報データベース等」から除外されるべきだと主張するでしょう。特に1号(不特定多数に販売目的で発行)・2号(随時購入可能)の趣旨が、公開情報の再利用を許容することにあるなら、CC BY 4.0で公開されているCaseLaw LODや無料のインターネット版官報のデータも同様に扱われるべきだという議論です。
これに対し被告側は、施行令4条1項3号が「他の情報を加えることなくその本来の用途に供しているもの」を要件としていることを指摘し、裁判官マップは公的データに口コミ評価やAIキャリアランキングという「他の情報を加え」ている以上、除外の要件を満たさないと反論するでしょう。
ここが最初の重要な論点になります。高木先生が指摘されたように、3号の趣旨は「本来用途では許されていても何らかが追加されるとそうではなくなる」ことに着目したものであり、裁判官マップは裁判官を評価することを目的として情報を加工・集約している。仮に口コミ機能やランキング機能を外した「素の」裁判官データベースであれば3号の射程に入りうるかもしれませんが、現状の裁判官マップはそうではない。
裁判所としては、おそらく施行令4条1項の除外には該当しないと判断するでしょうが、その判示の中で「本来の用途」「他の情報を加える」の意味について初めて実質的な解釈が示されることになり、これ自体が重要な先例となります。
破産者マップ事案では、原告が政治団体(5号)と報道(1号)を主張しましたが、いずれも退けられました。裁判官マップでは、これらの主張がはるかに強力な形で展開されます。
破産者マップ事案で地裁は、本件サイトが「個別の情報伝達の機能に特化」しており「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせるもの」に該当しないとしました。高裁は原告の規約が「個人情報保護法に反対すること」を目的としていることまで踏み込んで否定しました。
裁判官マップの場合、運営者は弁護士であり、サイトの目的も「司法制度への問題提起」と掲げています。しかし問題は、57条2項の「報道」の定義が「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること」であるところ、裁判官マップが提供しているのは①客観的な経歴・判例データの体系的提供に加えて、②匿名口コミという主観的評価、③AIランキングという加工情報を含む点です。
ここで争われるのは、サービス全体を一体として「報道」に該当するか否かを判断するのか、それとも機能ごとに分解して判断するのかという問題です。仮に経歴・判例データの提供部分だけを取り出せば「報道」に近づきますが、口コミ・ランキング機能を含む全体としてみれば、「事実として知らせる」を超えた「評価」の機能を備えている。破産者マップ高裁判決の論理(「事実として知らせることを目的としてはいない」)がここでも援用されるかどうかが注目されます。
原告側は、弁護士会のアンケートや法律雑誌での裁判官評価は従来から存在していたことを指摘し、裁判官マップはそれをデジタル化・民主化したものにすぎず、報道・ジャーナリズムの一形態であると主張するでしょう。被告側は、破産者マップ判決の論理を援用し、検索・通知機能に特化した個別情報提供は「報道」ではないと反論するでしょう。
破産者マップでは主張されなかった争点ですが、裁判官マップでは、原告がデータソースにCaseLaw LOD(国立情報学研究所のデータ)を用いていること、判決傾向の分析が学術的価値を持つことを根拠に、学術研究目的の適用除外を主張する可能性があります。
ただし、57条1項3号は「大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者」を主体要件としているため、弁護士個人が運営するサービスがこれに該当するかは相当に疑問であり、この主張は認められにくいと思います。
破産者マップ事案で原告は「取引相手の財産保護のため必要」と主張し、地裁は比較衡量の枠組みで退けました。
裁判官マップの原告は、同号ではなく、むしろ同項の他の除外事由や法の趣旨全体に訴える形になるでしょうが、仮に2号を援用するなら、「裁判を利用する国民が、担当裁判官の傾向を知ることは、裁判を受ける権利(憲法32条)の実質的保障に資する」という構成が考えられます。
しかし、破産者マップ判決の比較衡量枠組み(「本人が被るおそれのある権利利益の侵害を考慮してもなお第三者の権利利益保護の要請が上回る等の事情」)を適用すると、裁判官の場合に「本人が被るおそれのある権利利益の侵害」をどう評価するかが問題になります。破産者の場合は「経済生活上の更生を具体的・現実的に阻害する」という明確な不利益がありましたが、裁判官の場合、職務情報の公開がどのような権利利益侵害をもたらすのかは相当に議論の余地がある。ここで裁判所がどのような利益衡量を行うかは予測が難しいところです。
個情委が19条も根拠に含める場合、破産者マップとの決定的な差異が正面から争われます。
19条のガイドラインが例示する「裁判所による公告等により散在的に公開されている個人情報を、違法な差別が不特定多数の者によって誘発されるおそれがあることが予見できるにもかかわらず、集約してデータベース化しインターネット上で公開する場合」という事例は、破産者マップを念頭に置いたものであり、裁判官マップにそのまま当てはまるかが問題になります。
原告側は、裁判官の職務情報の公開が「違法な差別」を誘発するとは言えず、むしろ司法の民主的統制に資するものであるから、19条の射程外であると主張するでしょう。被告側は、口コミ評価の蓄積やAIランキングが裁判官に対する不当な社会的圧力となり、司法の独立を害するおそれがあることを指摘するかもしれませんが、これを「違法又は不当な行為の助長・誘発」と構成できるかは相当に苦しい。
19条の適用は、破産者マップに比べて格段に困難だと予想します。
破産者マップ事案では、原告は検閲該当性(21条2項)を主張して退けられ、高裁で初めて報道の自由(21条1項)を補充的に主張しましたが、「大多数の国民や企業にとっては知るべき価値のある情報であるとは認め難い」として退けられました。
裁判官マップの場合、この争点の構造が根本的に変わります。裁判官の職務に関する情報は、破産者の破産手続等に係る情報とは異なり、司法の民主的統制という高い公益性を有する情報です。「知るべき価値のある情報であるとは認め難い」とは到底言えない。
原告側は、国民審査の形骸化という現実の問題を指摘し、裁判官に関する情報を市民に提供するサービスが表現の自由の保障を受ける活動であること、そして個情法による規制が表現の自由に対する過度の制約となることを主張するでしょう。特に、破産者マップ高裁判決が「報道の自由といえども無制限に尊重されるべきであるということはできない」と述べた際の比較衡量の枠組み — 破産者等の経済生活の再生を図るという破産法等の目的 — は、裁判官の場合にはそのまま使えません。
被告側は、個情法の規制は情報の内容を審査するものではなく、個人データの取扱方法に対する規制であるから、表現の自由に対する制約としては間接的・付随的なものであり、合理的な規制として許容されると主張するでしょう。
この争点は、裁判所にとって最も判断が難しいものになると思います。破産者マップ事案では比較的容易に退けられた憲法論が、裁判官マップでは相当の重みをもって裁判所に突きつけられることになります。
命令の要件としての侵害切迫性は、破産者マップ事案では「人格的・財産的差別を受ける」おそれが認定されましたが、裁判官マップの場合、裁判官のどのような権利利益が侵害されるのかの特定が困難です。
考えられるものとしては、裁判官個人の名誉権(口コミによる評判低下)、プライバシー権(職歴等の体系的把握)、さらには司法の独立という制度的利益が挙げられますが、「個人の」権利利益侵害として構成できるのは前二者であり、司法の独立は145条2項の文言(「個人の重大な権利利益」)に直接は収まりにくい。
原告側は、裁判官の職務情報は公開情報であって名誉権侵害にはあたらず、口コミの問題は情プラ法で対処すべき問題であると主張するでしょう。被告側がこの要件の充足を立証できるかは、破産者マップの場合に比べてかなり難しいと予想します。
以上の争点を俯瞰すると、実は裁判所が最も困る問題は、高木先生がツイートで指摘されている日本法の構造的問題です。
現行法の条文を素直に適用すれば、裁判官マップは27条1項違反(オプトアウト未届出での第三者提供)であり、施行令4条1項の除外にも該当しない。しかし、その結論は「世の中の相当な数の諸々が実は違法だということになりかねない」ものであり、裁判官の職務情報を市民に提供するサービスを違法とすることの社会的帰結は重大です。
EU法であれば「正当な利益」(Art.6(1)(f))の枠内で多角的な利益衡量を行い、破産者マップはアウト、裁判官マップの基礎的データ提供部分は正当な利益あり(ただし口コミのLLM評価ランキングが加わればアウト)、という段階的な判断が可能ですが、日本法にはその受け皿がない。
裁判所としては、27条1項違反を形式的に認定しつつも、57条(適用除外)の解釈を拡張するか、あるいは145条2項の要件(権利利益侵害の切迫性)の段階で実質的な利益衡量を行い、破産者マップとの差異を表現するか、という二つの逃げ道が考えられます。しかしいずれも、条文の文言を相当に柔軟に解釈する必要があり、判決の射程をコントロールするのが難しくなります。
むしろこの訴訟の最大の意義は、日本の個情法に「正当な利益」概念が欠如していることの弊害を裁判の場で可視化し、次の改正に向けた立法事実を提供することになる点にあるのではないでしょうか。破産者マップがオプトアウト回避問題を通じて不適正利用禁止規定の導入という立法事実を提供したように、裁判官マップは正当な利益基準の導入という、より根本的な法構造の改革に向けた立法事実を提供する可能性があります。
フィンランドでは納税情報が公的に閲覧可能でした。Satakunnan Markkinapörssi社は税務当局から公開データを収集し、約120万人の自然人の課税情報を地域別・所得区分別のアルファベット順リストとしてVeropörssi紙に掲載していました。さらに関連会社Satamedia社にCD-ROMでデータを移転し、SMS送信サービスを通じて個人の所得・資産情報を有料で提供していました[GDPRhub]。
CJEUは、公的文書から収集された税務データの処理・公開・SMS配信のいずれもデータ保護指令上の「個人データの処理」に該当すると認定しました[GDPRhub]。ジャーナリズム目的の適用除外については、その活動が「もっぱら情報、意見またはアイデアの公衆への開示を目的とする」場合に限られるとし、その判断を国内裁判所に委ねました。
ECtHR大法廷は、フィンランドのデータ保護委員会が両社に対して発した処理禁止命令が、表現の自由(ECHR10条)の合法的・正当・必要な制限であり、同条に違反しないと判示しました[Inforrm's Blog]。
判決の中で特に重要なのは以下の2点です。
第一に、ECtHRは「大量の納税データへのアクセスを提供し収集することに公益が存在することは、そうした生のデータを分析的なインプットなしにそのまま大量に拡散することにも公益があることを必ずしも自動的に意味しない」と判示しました[Medium]。
第二に、データの大量拡散が「もっぱらジャーナリズム目的」で行われたとは言えず、むしろ「好奇心旺盛な公衆が名前の特定された個人を経済的地位に従って分類することを可能にした」にすぎず、これは「他人の私生活に関する情報への公衆の渇望、すなわちセンセーショナリズム、さらにはのぞき見趣味の表れ」と見なしうるとしました[Inforrm's Blog]。
構造的な類似性は明白です。フィンランドの納税情報は公開データであり、破産者マップの官報情報と同様に「既に公開されている」情報でした。にもかかわらず、それを大量に集約・体系化してSMS検索サービスで提供する行為は、データ保護法上の処理に該当し、ジャーナリズムの適用除外も認められなかった。
裁判官マップについて考えると、ECtHRが示した「生データの大量拡散にも公益があるとは自動的には言えない」という法理は直接的に響きます。ただし、Satakunnan事件では情報主体が一般の納税者(私人)であったのに対し、裁判官マップの情報主体は裁判官(公権力行使者)であるという相違があり、「公的関心」のレベルが異なることは重要な区別点です。
2019年3月施行のフランス司法改革法(Loi de programmation 2018–2022 et de réforme pour la justice)のArticle 33は、裁判官および司法書記官の個人識別データを「その現実のまたは推定される職業上の実務を評価、分析、比較または予測する目的または効果をもって再利用」することを禁止しました[Artificial Lawyer]。違反には最大5年の禁固刑が科されます[ABA Journal]。
この法律の直接の契機は、SupraLegemプロジェクト(2016年)でした。弁護士のMichael Benesty氏が機械学習を用いてフランスの裁判官の判決を分析し、特に庇護申請に関して著しいバイアスのある裁判官(100%の却下率の裁判官など)を検出しました[Abogacia]。
この法律は、判例のオープンデータ化(全判決の無料電子的公開)を推進する改革と同時に制定されたものであり、公開データの「再利用」に条件を付す形になっています。判決自体の公開は維持され、裁判官名も匿名化されませんが、そのデータを裁判官個人の分析に使うことが禁じられました[Lexology]。
フランス憲法評議会は草案段階でこの禁止を合憲と判断し、裁判官ごとの判決分析が「裁判所や裁判官の選択戦略を容易にし、司法の機能を変質させるおそれがある」との懸念を認めました。「公正かつ衡平な手続の権利を侵害するものではなく、当事者の権利の均衡に影響を与えるものではない」としています[McCann FitzGerald LLP]。
Verfassungsblogに掲載されたLangford & Madsen両教授の論文は、この法律を「表現の自由に対する明白な違反であり、学問の自由に対する侮辱であり、法の支配の基本原則を無視するもの」と厳しく批判しています。公開された判決データに基づく分析の禁止は「最も奇妙な検閲」であり、「司法の独自の出力の検閲」であるとされました[Verfassungsblog]。
一方で、大企業や大手事務所がこの種のデータ分析を使って有利な裁判官を選択することが可能になれば、「司法をさらに不平等にし、特に富者と貧者の間の格差を広げる」という懸念もあります[Gregorybufithis]。
フランスのArticle 33は、裁判官マップの問題を考える上でまさにドンピシャの比較対象です。いくつかの重要な論点が浮かびます。
第一に、フランスは個人情報保護法(GDPR)の枠組み内ではなく、司法改革法の特別規定としてこの禁止を導入しました。つまりGDPRの「正当な利益」衡量で裁判官分析が適法になりうるからこそ、特別法で禁止したとも読めます。これは高木先生のツイートで「EU法でも正当な利益から外れ違法となるのではないか」と述べられている点に関わり、少なくともフランス立法者は、GDPR単独では裁判官分析を止められないと判断した可能性を示唆しています。
第二に、フランス法が禁止しているのは「評価、分析、比較または予測」という目的・効果であり、データの公開そのものではありません。判決は裁判官名付きで公開され続けます。禁止されるのは、裁判官個人をキーとした体系的な分析・評価・比較です。これは高木先生が指摘された「裁判官マップは、裁判官を評価することを目的としている様子がありありと窺える」という点、特に「裁判官キャリアランキング」や口コミ評価機能が、まさにフランス法が禁止しようとした行為類型に正面から該当します。
第三に、AI研究者Daniel L. Chunの研究は、裁判官の身元と庇護申請者の国籍だけで、開廷前に80%以上の精度で結果を予測できることを示しました[Above the Law]。これは「snap judgment」(即断)に依存する裁判官の存在を統計的に検出するものであり、司法の質を向上させるために有益とも言えます。しかしフランスはこの種の分析を全面禁止する方向に動いた。
Satakunnan事件とフランスArticle 33は、裁判官マップの問題を挟む二つの対立軸を示しています。
透明性・説明責任の軸:裁判官の判決傾向を分析し公開することは、司法の透明性を高め、バイアスの検出や質の向上に資する。裁判官は公権力の行使者であり、その職務は公的監視に服するべきである。
司法の独立・平等の軸:裁判官の個人分析は、法廷選択(forum shopping)戦略を可能にし、資力のある当事者に有利な情報非対称を生む。裁判官が「評価される」ことを意識すれば、独立した判断が歪められる。フランス憲法評議会はこの懸念を正当と認めた。
高木先生のツイートの「評価の過程はデータ保護上問題でなく、決定に使われて問題が発現する。裁判官がいくらデータ評価に晒されようとも、誰もそれを決定に使いやしないなら、問題ないとも言い得る」という議論は、フランス憲法評議会が懸念した「裁判官選択戦略」への利用可能性と正確に対応しています。
フランスの事例は、この問題がGDPRの枠組みだけでは処理しきれず、司法制度固有の特別法を必要とした事例です。日本においても、個情法の一般規定(第三者提供制限、不適正利用禁止)で対処しようとすれば、先ほど議論した通り、「世の中の相当な数の諸々が実は違法」になるという過剰規制の問題が生じます。かといってフランスのように裁判官分析を刑罰付きで全面禁止すれば、表現の自由・学問の自由との重大な緊張が生じます。
結局、この問題の適切な解決は、高木先生が長年主張されている「正当な利益」基準の導入を含む日本法の構造改革なしには達成できないのではないか、というのが、欧州の事例から得られる示唆だと思います。EU法の正当な利益衡量であれば、裁判官の経歴・判例データの提供は正当な利益あり、口コミのLLM評価ランキングは正当な利益から外れうる、という段階的判断が可能になる。フランスがそれでも足りないとして特別法を置いたことは、「正当な利益」基準を持ってしても裁判官分析の問題は一筋縄ではいかないことを示していますが、少なくとも議論の土俵は整うことになります。
ここが最も重要なポイントです。Article 33の裁判官分析禁止は、単独で突然出てきた規制ではありません。2016年10月の「デジタル共和国法」(Loi pour une République numérique)が、フランスの年間約390万件の司法判決をオープンデータとして無料で電子的に公開することを定めた[Ut-capitole]ことに対する、いわば対抗措置として設計されたものです。
つまり、フランスは判決のオープンデータ化を積極的に推進するのと同時に、そのデータを裁判官個人の分析に使うことを禁止するという、一見矛盾する二つの措置を一つの法律の同一条文の中で行ったのです。
Article 33の条文を正確に見ると、同じ条文の中に、まず「判決は無料で電子的形式で公衆に提供される」という公開の原則が置かれ、次に当事者・第三者の氏名の匿名化(occultation)が義務付けられ、さらに裁判官の識別データの分析目的での再利用禁止が規定されています[Legifrance]。
この制度設計のポイントは、裁判官の氏名は判決文中で匿名化されないという点です。判決は裁判官名付きで公開され続けます。禁止されるのは、公開されたデータを裁判官個人をキーとして分析・評価・比較・予測に再利用することです[Law.com]。これは「公開」と「処理」を明確に区別する発想であり、高木先生の研究枠組みにおける「単発の公開(publication)と体系的処理(processing)の質的差異」そのものです。
ソルボンヌ大学法学部のLoïc Cadiet教授が2016年5月に司法大臣から委託され、2018年1月に提出した報告書[Ladreit-de-lacharriere-avocats]が、Article 33の制度設計の知的基盤を形成しています。
Cadiet報告書の主要な勧告は以下の通りでした。①判決の「仮名化」(pseudonymisation)技術を強化して私生活の保護を確保すること、②判決データを利用するアルゴリズムの規制を設けること[Ellisphere]。
興味深いことに、当時の破毀院院長Bertrand Louvelは、裁判官の匿名化にも分析禁止にも反対の立場でした。Louvelは、オープンデータは予測的機能を持ち、判例の傾向から司法判断を予測することが可能になるが、それは裁判官自身が「補助者の協力を得て、自らの裁判活動における乖離を分析し、独立した判断のもとにその分析結果にどのような対応をすべきか判断できる」ために有益であると述べていました[Lexbase]。つまり、裁判官自身のセルフモニタリングのために分析を活用すべきだという立場です。
また、同報告書では、「フランス国民の名において裁判を行う裁判官の氏名を市民に対して秘匿することはできない」という原則論も提示されていました[Lexbase]。
しかし最終的に立法者は、Louvelの立場を退け、分析禁止の方向に舵を切りました。
フランス憲法評議会は、この禁止が合憲であると判断しました。裁判官ごとの判決分析が「裁判所や裁判官の選択戦略を容易にし、司法の機能を変質させるおそれがある」との懸念を認め、「公正かつ衡平な手続の権利を侵害するものではなく、当事者の権利の均衡に影響を与えるものではない」としました[McCann FitzGerald LLP]。
ここで注目すべきは、憲法評議会が保護しようとした利益は「裁判官のプライバシー」ではなく、「司法の機能そのもの」だという点です。裁判官個人の分析が可能になれば、資力のある当事者が有利な裁判官を選ぶ戦略(forum shopping)を展開し、それが「司法の機能を変質させる」(altérer le fonctionnement de la justice)。保護法益は個人の権利利益ではなく、制度としての司法の公正性です。
Article 33の直接のきっかけは、2016年のSupraLegemプロジェクトでした。弁護士でありML専門家でもあるMichael Benesty氏と同僚が、フランスの裁判官の判決を機械学習で分析するウェブサイトを開発し、特に庇護(asylum)申請に関して一部の裁判官に極端なバイアス(100%の却下率)があることを検出しました[Abogacia]。
この発見は二つの全く異なる反応を引き起こしました。一方では「司法の質を向上させるために有益な発見だ」という評価、他方では「裁判官へのプロファイリングは司法の独立を脅かす」という警戒。フランス立法者は後者の方向に動きました。
Verfassungsblogに掲載されたLangford & Madsen論文は、この法律が「表現の自由に対する明白な違反であり、学問の自由に対する侮辱であり、法の支配の基本原則を無視するもの」であると批判しました[Verfassungsblog]。彼らは、ECHR10条の分析枠組みに基づき、フランスはこの禁止の「正当な目的」「必要性」「均衡性」を立証できていないと主張しています。
さらに同論文は、この禁止が「司法制度の機能に関する議論を刺激する」(Prager v. Austria判決で認められた表現の自由の役割)ことを妨げ、「人間の進歩に資する公的議論」(Giniewski v. France判決)を阻害するものであると指摘しました。「矛盾のある判例法やバイアスのある裁判官のいる法制度を持つことに客観的な利益はない」という批判です[Verfassungsblog]。
Prédictice社のLouis Larret-Chahine CEOは「この新法はフランスの民主主義にとって完全な恥辱だ」と述べました[ABA Journal]。ただし同社は、裁判官個人ではなく裁判所単位の分析に切り替えることで法律を迂回する意向を示しました。
法律事務所が、クライアントのためにNLPシステムを用いて裁判官の過去の判決データを収集し統計モデルを構築すること自体は、「第三者に公開」しない限り禁止の射程外である可能性があるが、5年の禁固刑のリスクを考えると誰がそのリスクを取るか、という萎縮効果の問題[Artificial Lawyer]が指摘されています。
Article 33は精緻な二層構造を採用しています。
第一層(socle、基盤的匿名化):当事者・第三者の氏名の匿名化は義務的であり、判断の余地なく一律に行われます[Conseil national des barreaux]。
第二層(complémentaire、補完的匿名化):当事者・第三者・裁判官・書記官を識別しうるその他の要素は、公開により安全またはプライバシーへの侵害のおそれがある場合にのみ、任意で匿名化されます[Conseil national des barreaux]。
この第二層の匿名化の判断権限は裁判官自身に委ねられており、裁判官組合からは「すでに過重労働の裁判官にさらなる負担を課すものだ」との批判がありました[Predictice]。
重要なのは、裁判官名は原則として匿名化されないという点です。公開される判決文には裁判官名が残ります。禁止されるのは「再利用」(réutilisation)であって「公開」(publication)ではない。ここに、「公開」と「処理」の区別が制度設計に組み込まれています。
フランスの議論では、オープンデータが「予測的司法」を可能にすることへの懸念が明示的に論じられています。判決データのアルゴリズム的処理は、まず地域間の判断の乖離を可視化し、次にその収斂を促進するとされますが[Ut-capitole]、それが裁判官の独立を害するか、むしろ司法の質を向上させるかが争われました。
コンセイユ・デタ副長、全国弁護士会議長、コンセイユ・デタ・破毀院弁護士会長が共同声明を出し、オープンデータの措置だけでは「全ての否定的効果を防ぐのに十分ではない」と表明しています[Ladreit-de-lacharriere-avocats]。
フランスの経験から、裁判官マップの問題について以下のことが言えます。
第一に、問題の核心は「公開」ではなく「処理」にある。 フランスは判決の公開を推進しつつ、裁判官個人をキーとした「再利用」を禁止するという切り分けを行いました。裁判官マップについても、裁判官の経歴や判例が個別に公開されていること自体は問題ではなく、それを裁判官個人ごとにretrieveできるよう体系的に構成し、さらに口コミ評価やAIランキングを加えて「評価・分析・比較・予測」に供していることが問題なのであり、これはまさにフランスが禁止した行為類型そのものです。
第二に、保護法益は裁判官個人の権利利益ではなく、司法制度の機能である。 先ほど私が取消訴訟の争点予測で「145条2項の『個人の重大な権利利益の侵害が切迫』の要件充足が困難」と述べましたが、フランスの経験はまさにそのことを裏書きしています。フランス憲法評議会が認めた保護法益は、裁判官個人のプライバシーではなく「司法の機能の変質防止」でした。日本の個情法は「個人の」権利利益侵害を要件としているため、この制度的法益を条文に収めることが構造的に困難です。これは個情法の枠内では対処しきれず、フランスのように司法制度固有の特別法が必要となりうることを示唆しています。
第三に、フランスの選択は「正当な利益」衡量の限界を示している。 GDPRの正当な利益(Art.6(1)(f))の枠組みでは、裁判官分析の禁止を基礎づけるのが困難だったからこそ、フランスは特別法で対処したと考えられます。高木先生が指摘された「EU法でも正当な利益から外れ違法となるのではないか」という問いに対し、フランスの立法者は「GDPRだけでは足りない」と判断したことになります。正当な利益の衡量では、司法の透明性という強い公益と、裁判官プロファイリングの弊害との間で、一義的な結論が出にくいからでしょう。
第四に、Louvelの反対意見は「裁判官の自己モニタリング」という別の可能性を示していた。 裁判官分析を全面禁止するのではなく、裁判官自身が自らの判断傾向を分析するツールとして活用するという方向性がありえた。SupraLegemが発見した庇護申請100%却下の裁判官の問題は、まさにそうした自己モニタリングが必要な場面だった。しかしフランスは全面禁止の方向に動いた。この選択の当否は今も論争の対象です。
第五に、「裁判所単位の分析」への迂回可能性。 Prédictice社が示唆したように、裁判官個人ではなく裁判所単位での傾向分析は禁止の射程外となりうる。この「裁判官個人 vs 裁判所・部」の区別は、日本の裁判官マップにも関連します。裁判官マップが仮に個別の裁判官名を外し、裁判所・部単位のデータベースに再構成されれば、フランス法のもとでは適法となりうるが、高木先生の枠組みでいう「個人をキーとしたretrieve」の問題は消えることになります。
フランスの事例が日本に突きつけている問題は、結局のところ、個人情報保護法の一般規定だけでは、裁判官分析の問題に対して適切な規制の粒度(granularity)を実現できないということです。
日本の個情法は、第三者提供を一律に規制するため、破産者マップも裁判官マップも形式的には等しく違法になる。しかし両者の問題の質は全く異なる。破産者マップは「差別の誘発」(19条)で正面から対処できたが、裁判官マップの問題は「司法の機能の変質」という制度的法益に関わり、19条の射程に入りにくい。
フランスは、この問題をGDPRの一般規定ではなく、司法改革法の特別規定として、判決オープンデータ化とセットで制度設計しました。しかもその中で「公開」と「処理(再利用)」を明確に区別し、後者のみを禁止するという精緻な切り分けを行った。
日本で同様の制度設計を行うとすれば、個情法の改正(正当な利益基準の導入)と並行して、司法制度の文脈での特別規定(判決オープンデータ化の推進と裁判官プロファイリングの規制のセット)を検討する必要があるかもしれません。高木先生がツイートで述べた「個情委がここで介入しなかったら、合法と思われて、広がってしまう」という懸念は正当ですが、介入するにしても、個情法の既存の道具立てだけでは粒度の粗い対応にならざるをえない。フランスの経験は、この問題に対する制度設計の一つのモデルを提供しています。
フランスは2019年3月に、裁判官の識別データを「評価、分析、比較、予測」する目的で再利用することを禁止した、世界で最初かつ(知られている限り)唯一の国です[Iacajournal]。
これは重要な出発点です。他の欧州諸国はフランスに追随していない。むしろ各国は、判決の公開範囲と匿名化の範囲という二つの変数で異なる均衡点を模索しており、裁判官分析を直接規制するという発想自体が欧州で広く共有されているわけではないのです。
欧州各国のアプローチは、大きく三つの類型に分けられます。
スペインでは、CENDOJが司法判決データベースを無料で公開しており、当事者の氏名は架空の仮名に置換されるが、裁判官、検察官、法定代理人の氏名は匿名化されません[COE]。スペインでは裁判官分析に関するフランス型の禁止はなく、裁判官名付きの判例データは比較的自由に利用可能です。
同様に、フランス自身も、判決文中の裁判官名は匿名化していません[COE]。裁判官名付きの判決は公開され続けるが、それを「再利用」して分析することが禁じられるという独特の構造です。
イギリスも伝統的にopen justiceの原則が強く、裁判官名は当然に公開されます。アメリカのLex MachinaやCourtListenerのような裁判官分析サービスは完全に合法です。
イタリアでは、判決の匿名化がより広範に行われており、自然人・法人のみならず、場所やその他の情報も置換されます。ただし、イタリアの匿名化の範囲は判決の類型によって異なります[Springer]。
ベルギー、クロアチア、フランス、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロベニア、チェコが、当事者名の匿名化を比較的広く行うグループに属します。一方、オーストリア、フィンランド、ハンガリー、ポルトガルは異なるアプローチをとっています[Springer]。
ここで重要なのは、これらの国々でも「裁判官名」の匿名化は一般的ではないということです。匿名化の対象は主に当事者・第三者であり、裁判官は公権力の行使者として原則として氏名が公開されます。
EU加盟国間の判決公開実務には大きなばらつきがあります。ブルガリアのように法的枠組みが整備された国は公開率が高いが、枠組みが欠如する国は公開する判決の数自体が限られています[Academia.edu]。
ベルギーでは、1994年以降の民事・刑事判決がJuridatデータベースで検索可能ですが、公開される判決の数は相当限定的です[Academia.edu]。
つまり、判決のオープンデータ化が進んでいない国では、裁判官分析の問題が技術的にほとんど発生しないという事情があります。
欧州評議会は2022年11月に判決の匿名化に関するワークショップを開催し、各国の実務を比較検討しています[COE]。この場で各国の実務が報告されており、共通の問題意識として「判決の公開と個人データ保護の両立」が認識されていますが、フランス型の裁判官分析禁止を一般化すべきだという方向性は打ち出されていません。
EU法の枠組みでは、裁判所が「司法的機能」(judicial capacity)において行うデータ処理は、データ保護監督機関(DPA)の監督から除外されるのが原則です[Oxford Academic]。これはGDPR前文20項と法執行指令(LED)前文80項に基づくもので、司法の独立を確保するための措置です。
したがって、「判決を匿名化するかどうかの決定は、通常、裁判所の規則や手続によって行われる」[Springer]のであり、DPAが外部から裁判所に対して匿名化を命じるという構造にはなっていません。
しかし、問題は裁判所自身のデータ処理ではなく、公開された判決データを第三者が再利用する場合です。この場面では、第三者はGDPRの一般規定に服します。フランスのArticle 33は、まさにこの「再利用」の場面を特別法で規制したものです。
先ほど挙げたフィンランドのSatakunnan事件は、「公開データの大量集約」の問題として裁判官マップと構造的に類似していましたが、フィンランドの判決公開実務にも関連する展開があります。
フィンランドは、オーストリア、ルクセンブルクとともに、判決の自動匿名化システムを導入した国の一つです[ResearchGate]。フィンランドは納税情報については公開の伝統が強い(Satakunnan事件の背景)一方で、判決の匿名化には積極的であるという、やや複雑な姿勢をとっています。
Slate誌の論評が指摘するように、アメリカは欧州とは対極のアプローチをとっています。中国は数百万件の法的文書を公開データとしてAI訓練に提供し、フランスは分析を禁止し、アメリカは法的文書を公開しつつ高額のペイウォール(PACER)の背後に置くという、「両方の悪い面を併せ持つ」アプローチ[Slate]と評されています。
ただしアメリカでは、Lex Machina(LexisNexisに買収)、Ravel Law(同)、RECAP/CourtListenerなどの裁判官分析サービスが自由に運営されており、テキサス州のEmily Miskel判事は「自分自身の判決の統計分析を見てみたい。自分のパフォーマンスをモニタリングするために」とツイートしています。アメリカの裁判官の中には、分析を脅威ではなく自己改善のツールと捉える者もいるわけです。
欧州全体を見渡したとき、裁判官分析に関して浮かび上がる構造は以下の通りです。
第一に、フランスの明示的禁止は欧州で孤立した選択であり、他の国は追随していません。Verfassungsblogの論文が「フランスは世界で初めて裁判官の行動に関する研究を犯罪化した」と述べた通り[Verfassungsblog]、これは極端な措置と見られています。
第二に、大半の欧州諸国は、「判決を公開する際に当事者を匿名化するが、裁判官名は匿名化しない」というアプローチを基本としています。裁判官は公権力の行使者であり、その氏名を秘匿することは司法の公開原則に反するという認識が広く共有されています。
第三に、しかし、公開された裁判官名付き判決データを体系的に「再利用」して裁判官をプロファイリングする行為をどう規制するかについては、フランス以外の国にはまだ明確な答えがありません。GDPRの一般規定(正当な利益の衡量)で対処できるかどうかは未決の問題です。
第四に、AI時代の到来により、この問題は急速に切迫度を増しています[Iacajournal]。判決のオープンデータ化が進むほど、LLMによる裁判官分析のコストは下がり、高木先生が指摘された「誰でもナントカマップが作れる時代」が欧州でも現実化しつつあります。フランスは先手を打って禁止したが、それが最適解かどうかはわからない。Louvelが提唱した「裁判官の自己モニタリング」のための活用という道も閉ざされてしまった。
欧州各国の比較から得られる示唆は、裁判官マップの問題は「フランス型の全面禁止」か「アメリカ型の完全自由」かの二択ではない、ということです。
多くの欧州諸国は、判決オープンデータの推進と匿名化の範囲設定という「入口」(公開段階)の制度設計で対処しようとしており、「出口」(再利用段階)の規制に踏み込んだのはフランスだけです。日本では、民事判決情報データベース化の動きが進む中で、当事者名は仮名化されるが裁判官名は仮名化されないという制度設計がすでに決まっている以上、フランスが直面したのと同じ問題 — 公開された裁判官名付きデータの再利用をどう規制するか — が遠からず浮上することになります。
その際、個情法の一般規定だけで対処しようとすれば「雑な規制」になり、フランス型の特別法を置けば表現の自由・学問の自由との緊張が生じ、何もしなければ「ありとあらゆる個人マップが作られかねない」。欧州の経験が示すのは、この三つの選択肢のいずれも完全な解ではないということであり、だからこそ高木先生が主張される「正当な利益」基準の導入による、段階的で精緻な利益衡量の枠組みが必要とされるのだと思います。
最も純粋な形の「ナントカマップ」です。当初「Yelp for People」と称され、2015年9月の構想発表時に、誰でも他人をProfessional・Personal・Datingの3カテゴリで1〜5の星評価とレビューが可能で、しかもオプトアウトできないという設計が大炎上しました[Wikipedia]。Washington Postが「terrifying」と評し、Change.orgで8,000署名の反対運動が起き、Black Mirrorの「Nosedive」エピソードとの類似が多くの批評家に指摘されました[Wikipedia]。
2016年3月に実際にローンチされたバージョンでは、被評価者が否定的レビューを非公開にできる機能が追加されたものの、「Truth License」という有料サブスクリプションで非公開の否定的レビューを閲覧可能にするビジネスモデルが計画されていました[TechCrunch]。つまり、否定的評価を金で売るというモデルです。
Peepleは結局ほとんど普及せずに消えましたが、高木先生のツイートの「誰でもナントカマップが作れる時代になった」という警告を6年早く予示した事例として重要です。Peepleが失敗したのは技術的障壁が高かったからであって、LLM時代にはそのコストが劇的に低下しています。
裁判官マップに最も構造が近いのがこれです。Avvoは米国の全ライセンス弁護士の97%をカバーするディレクトリで、公的記録(州弁護士会、規律処分等)から自動的にプロフィールを生成し、独自のアルゴリズムで1〜10のレーティングを付与し、さらにクライアントレビューと同業者推薦を掲載しています[Wikipedia]。
裁判官マップとの類似点として特に重要なのは、弁護士は自分のプロフィールを削除できないという点です。Avvoは公的記録から情報を取得しているため、弁護士の許可は不要と主張しています。弁護士からの訴訟も複数起きましたが、Avvoはレーティングが「憲法上保護された意見」であるとして訴訟を退けることに成功しています[Wikipedia]。
ただしAvvoは米国限定のサービスであり、GDPRの適用を受けていません。EU域内で同様のサービスを運営すれば、正当な利益(Art.6(1)(f))の衡量や、プロファイリングに対する異議権(Art.21)が正面から問題になるでしょう。
医師の評価サイトは世界中に存在し、患者によるレビュー、専門分野、所属病院、学歴等をデータベース化しています。医師の中には患者に対しオンライン評価サイトへの参加を辞退する免責同意書への署名を求めるケースさえ報告されています[Stanford]。医師評価サイトは、専門職への説明責任(accountability)の要請と、患者のプライバシー(レビュー内容から治療内容が推測される)との緊張を孕んでいます。
おそらく最も長い歴史を持つ自然人評価プラットフォームです。学生が教授を評価し、「質」「難易度」の数値評価とテキストレビューを投稿できます。Yelpの研究で示されたように、「中庸な」評価は投稿されず、極端なポジティブとネガティブに偏るバイアスがあること、またジェンダーバイアスが内在していることが研究で示されています[Harry T Dyer]。
高木先生のツイートで「学術研究に携わる者らはその業績が数値で評価されリスト化され公表される…そういう職業だと本人らは認識し、望んで選択してさえいる」と述べられた点は、まさにRateMyProfessorsのような既存のプラットフォームが(論争的ではあれ)定着している現実を指しています。
米国のMegan’s Lawに基づく性犯罪者登録データベースは、政府自身が運営する「個人マップ」そのものです。氏名・写真・住所・犯罪内容が地図上にプロットされ、一般市民が検索できる。データ保護の観点からは極めて問題的ですが、公共安全の利益から正当化されています。EU諸国にはこのような公開レジストリは一般に存在しません。
逮捕時の顔写真(mugshot)を公的記録から収集・データベース化し、削除のために金銭を要求するビジネスモデルのサイトが米国で問題になりました。これは破産者マップの「削除に6万〜12万円のビットコインを要求」というモデルと酷似しており、複数の州で規制法が制定されています。
北欧諸国では不動産の所有者情報が公開されており、これを地図上にマッピングするサービスが存在します。フィンランドのSatakunnan事件で問題になった納税情報の公開もこの文脈に属します。
賃貸住宅の入居希望者を信用情報・犯罪歴・退去歴等でスクリーニングするサービスは、個人の「データベース化と評価」の典型例であり、Fair Credit Reporting Act(FCRA)の規制対象です。
Glassdoorは企業の評価サイトですが、CEOレーティングや経営陣の評価機能を持ち、特定の自然人(CEO)がデータベース化されて評価される構造を含んでいます。
概念的に最も極端な「自然人評価プラットフォーム」は中国の社会信用システム(Social Credit System)です。政府が市民の行動を包括的にスコアリングし、そのスコアに基づいてサービスへのアクセスを制限するというもので、Black Mirrorの「Nosedive」が現実化したと頻繁に比較されます。ただし、実態は報道されているほど一元的・包括的ではなく、地方政府や民間企業による断片的なシステムの集合体であるとする研究もあります。
これらのプラットフォームを高木先生の枠組みで整理すると、以下のような軸が浮かびます。
学者や芸能人は「そういう職業だと認識し、望んで選択してさえいる」ため黙示の同意が認められうるが、破産者はそうではない。弁護士はAvvoに対して訴訟を起こしている以上、少なくとも一部は同意していない。裁判官については、高木先生が問うた通り「個人として評価・比較されランキングされることが、職業上の必然なのだろうか?」が問われます。
施行令4条1項3号の「本来の用途に供しているもの」の問題として、公的データの単純な再提供と、口コミ・AIランキング等の「他の情報を加える」ことには質的な差異がある。Avvoの独自アルゴリズムによる1〜10スコア、RateMyProfessorsの学生評価、裁判官マップのキャリアランキングは、いずれも元データに「評価」を加えている。
高木先生の決定志向モデルの核心です。RateMyDoctorsの評価は患者の医師選択という「決定」に直結し、Avvoの評価は依頼者の弁護士選択に直結する。裁判官マップの評価は当事者の訴訟戦略(forum shopping)に使われうる。テナントスクリーニングは入居拒否という「決定」に直結する。Peepleの評価は交友関係の「決定」に使われうる。この「決定への接続」の有無と強度が、データ保護法上の問題の深刻さを左右します。
Avvoは弁護士のプロフィール削除を認めない。破産者マップも削除に金銭を要求した。Peepleは当初オプトアウト不可で大炎上し、後にオプトイン制に転換した。裁判官マップは裁判官にオプトアウトの手段を提供していない。日本法のオプトアウト規定(27条2項)との関係で、この点は重要です。
以上を概観して見えてくるのは、これらのプラットフォームの大半が米国で発生し、米国法の下で運営されているという事実です。米国にはGDPRのような包括的データ保護法がなく、First Amendment(修正第1条)が表現の自由を強く保護するため、Avvoもmugshotサイトも性犯罪者レジストリも、合法的に運営されています。
欧州では、GDPRの正当な利益衡量がフィルターとして機能し、Satakunnan事件のような形でデータ保護当局が介入する余地がある。フランスは裁判官分析に特化した特別法を置いた。
日本は、正当な利益の基準を持たないまま第三者提供を一律に規制するという構造であるため、理論的にはAvvo型のサービスもRateMyProfessors型のサービスも等しく違法になりうる。しかし現実には誰も問題視していない。高木先生のツイートが指摘する通り、「世の中の相当な数の諸々が実は違法だということになりかねない」状態が既に存在しているのです。
LLM時代の到来は、この問題を一気に顕在化させます。従来は専門的なデータ収集・分析能力がなければ作れなかったプラットフォームが、AIに命じるだけで「あっさりできてしまう」。裁判官マップはその最初の目に見える事例ですが、同じ構造で教師マップ、医師マップ、警察官マップ、政治家マップ、そしてPeepleが夢見た「あらゆる人マップ」が作られうる。このカンブリア爆発的な状況に対して、日本法は制度的に無防備であり、正当な利益基準なしに妥当な線引きを示すことができない。これが高木先生の議論の核心的な問題提起であり、裁判官マップはそれを可視化する触媒なのだと理解しています。
ご指摘の通り、GDPRのタイトルは “General Data Protection Regulation” であり、1995年のデータ保護指令(DPD)も “on the protection of individuals with regard to the processing of personal data” です。privacyという語は意図的に使われていません。
EU基本権憲章でも、Art.7(私生活及び家庭生活の尊重への権利、right to respect for private and family life)とArt.8(個人データの保護への権利、right to the protection of personal data)は明確に別の権利として規定されています。Art.8はArt.7から独立した固有の基本権であり、その内容は「公正な処理」「特定目的」「同意又は法律の定める正当な基盤」「アクセス権・訂正権」「独立した機関による遵守の監視」という、手続的・制度的な権利です。プライバシーの侵害を防ぐことではなく、データ処理が公正に行われることを確保するための権利です。
Art.6(1)(f)のテキストは、管理者又は第三者の正当な利益のために処理が必要な場合、ただし「データ主体の利益又は基本的権利及び自由(interests or fundamental rights and freedoms)であって個人データの保護を要求するものが当該利益に優越する場合」には処理は許されない、としています。
ここで「基本的権利及び自由」という広い文言が使われていること自体は、プライバシーに限定されていない読み方を許容するはずです。しかし実務上、この衡量がどう行われているかを見ると、事実上、データ主体の「プライバシーへの合理的期待」(reasonable expectation of privacy)を中心に組み立てられている場合がほとんどです。
WP29のOpinion 06/2014(Art.7のlegitimate interestsに関する意見書)は、衡量の考慮要素として「データ主体の地位」「データの性質」「処理の方法」「データ主体の合理的期待」等を列挙しましたが、その中心的な問いは「データ主体がその処理を合理的に予期していたか」「データ主体のプライバシーへの影響はどの程度か」という、事実上プライバシー中心の枠組みになっています。
この枠組みで裁判官分析を評価するとどうなるか。
裁判官の職務上のデータ(判決文中の氏名、担当事件、経歴)は、公権力の行使に関する公開情報です。プライバシーへの合理的期待は極めて低い。裁判官が公開法廷で下した判決は、まさに「公衆に知らされるべき」情報であり、職務遂行の透明性は民主主義の基本的要請です。
したがって、正当な利益の衡量を「プライバシーへの影響」を中心軸に行えば、裁判官分析は正当な利益ありという結論になりやすい。データ主体のプライバシーの利益が低い以上、管理者の利益(司法の透明性、当事者の情報アクセス)が優越する、と。
フランスがGDPRの一般規定では無理だと考えてArticle 33という特別法を置いたのは、おそらくこの構造を認識していたからでしょう。GDPRの正当な利益衡量の枠内で「裁判官分析は違法」という結論を出すのは、プライバシー中心の衡量では困難だった。
ここが高木先生のご指摘の核心だと理解しました。
データ保護法の保護法益が「プライバシー」ではなく、高木先生が長年主張されてきたように「データ処理による個人に対する評価・決定の適切性の確保」(決定志向利益モデル)であるならば、Art.6(1)(f)の衡量構造は全く異なってくるはずです。
裁判官分析の問題を決定志向モデルで捉え直すと、問題はこうなります。裁判官の判決データを体系的に処理して評価・ランキングすることは、当事者によるforum shopping(有利な裁判官の選択戦略)という「決定」を可能にし、それが司法の機能を歪める。ここで保護されるべき利益は、裁判官個人のプライバシーではなく、裁判官に対する「評価・決定の適切性」 — もっと正確に言えば、データ処理による裁判官プロファイリングの結果が、当事者の訴訟戦略という「決定」に使われることで、司法の公正な機能が損なわれるという問題です。
Art.6(1)(f)の「データ主体の利益又は基本的権利及び自由であって個人データの保護を要求するもの」を、プライバシーではなく「データ処理による評価の適切性」として読み替えれば、裁判官分析が裁判官に対する不当なプロファイリングを構成し、それが裁判官の「基本的権利及び自由」(公正な職務遂行環境で働く権利、あるいは不当なプロファイリングを受けない権利)を侵害する、という構成が論理的には可能になります。
GDPR Art.22(自動化された個人的意思決定)の存在もこの読み方を支持します。Art.22は「本人に対して法的効果を生じさせ、又は同様に本人に重大な影響を与える」自動処理に基づく決定を規制していますが、その趣旨は「データ処理に基づく個人への評価・決定の適切性」の確保そのものです。裁判官のAIキャリアランキングは、Art.22の直接の適用対象にはなりにくい(裁判官に対する「決定」ではないため)が、Art.22が体現する保護法益 — データ処理による個人評価の適切性 — を正当な利益の衡量に読み込むことは可能でしょう。
つまり、フランスがGDPRの外に出て特別法を置かざるを得なかったのは、GDPRそのものの構造的限界というよりも、GDPRの保護法益をプライバシーとして理解する実務的慣行が、裁判官分析の問題にうまく対処できなかったからではないか、ということになります。
データ保護法がプライバシー保護法であるという理解が支配的である限り、裁判官の職務情報には「プライバシーが低い→正当な利益あり→適法」という結論が出てしまう。そこでフランスは、データ保護法の外に、司法制度固有の特別法を置くという回り道をした。
しかし、データ保護法の保護法益を「評価・決定の適切性の確保」として正しく理解すれば、裁判官分析の問題はGDPRの枠内で — Art.6(1)(f)の衡量を通じて — 対処可能だったかもしれない。フランス憲法評議会が保護しようとした「司法の機能の変質防止」という法益は、決定志向モデルの言葉で言い換えれば「データ処理による裁判官評価が、当事者の訴訟戦略上の決定に使われることで、司法の決定(判決)の適切性が損なわれる」ことの防止であり、これはデータ保護法の核心的保護利益そのものです。
この視座から日本法を見直すと、問題の構図がさらに明確になります。
日本の個情法の「正当な利益」基準不在の問題は、単に「利益衡量のツールがない」というだけではなく、何と何を衡量すべきかの軸がそもそも定まっていないことにあります。「プライバシーへの影響」を衡量軸とするなら、裁判官マップは問題が薄く、破産者マップとの差別化は容易です。しかし「データ処理による評価・決定の適切性」を衡量軸とするなら、裁判官マップにも固有の深刻な問題が見えてくる。
先ほどの取消訴訟の争点予測で、私が「裁判官の職務情報は公開情報であり、19条の射程に入りにくい」と述べたのは、暗黙にプライバシー中心の理解に立っていたということです。しかし高木先生が指摘された施行令4条1項3号の「他の情報を加えることなくその本来の用途に供しているもの」の趣旨を、「評価の材料となる他の情報を加えることに保護利益侵害のリスクを見出している」と読むなら、まさにデータ保護法の核心的保護利益(評価・決定の適切性)がここに埋め込まれているのであり、裁判官マップの口コミ・AIランキングは、その保護利益を侵害する構造を持っている。
結局、フランスのArticle 33の経験は、データ保護法をプライバシー保護法として運用する限り、裁判官分析のような問題には対処できず、特別法に逃げるしかないということを示している。しかし、データ保護法の保護法益を本来の「評価・決定の適切性」として正しく回復させれば、一般法の枠内でより精緻な対処が可能になるはずです。これは、フランス一国の問題ではなく、GDPR全体の運用をめぐる根本的な問題であり、高木先生が「将来完成するはずの同法」と述べられた日本の次期改正においても、「正当な利益」基準を導入するだけでは不十分で、その衡量軸をどこに置くかが問われることを意味しています。
フランスでそんなことになっていたとは知らなかった。GDPRとは別に規制したとのことだが、自動決定規制(後のGDPR 22条)発祥の国(1978年)として、理解が根っこで通じているからこその展開ではなかろうか。
*1 Claudeは、ほんの数ヶ月前まで、Web検索を重ねるとすぐに長さ制限に達していたが、ここ最近は、どんどん続けられるようになっており、もはやChatGPTに頼らなくて済むようになってきた。