10月に日経コンピュータ栗原氏の記事で「経産省がICタグのプライバシ侵害防ぐガイドラインを年内にも策定」と報道されていたガイドラインの案が、1月21日に経済産業省から公表され、意見募集(パブリックコメントの募集)が開始されている。
本研究会では、プライバシーの保護の問題は、消費者の皆様に直接関係する問題であるため、この検討結果を公表し、広く国民の皆様から御意見を募集することが有意義であると考え、パブリックコメントを実施することといたしました。
とのこと。ガイドライン案はこのPDFファイルだ。
内容について日記に書くことはあえてやめておく。バシバシ意見を提出しよう。締め切りは2月20日とのこと。
「あえてやめておく」と書いたが、やっぱり少しだけ書く。
まず前文が長い。「1.電子タグに関する消費者のプライバシー保護の必要性」という前文と、「2.電子タグに関するプライバシー保護ガイドライン」本体という構成になっている。前文の文章の論理構成は複雑だ。
次にガイドライン本体。
「第1(ガイドラインの目的)」では、「業種横断的に共通な基本的考え方を明らかにすることを目的とする」とある。基本的考え方を明らかにすることが目的なのだそうだ。
しかし、「第2(ガイドラインの対象範囲)」では、「事業者が対応することが望ましいルールについて定めるものである」とある。「基本的考え方」と「ルール」の違いは何だろうか。
「第3(電子タグが装着してあることの表示等)」は、おそらくここがメインディッシュとなっているだろう。このガイドライン案の公表の報道は、どういうわけか、INTERNET Watchでしか扱っていないのだが、その記事にはこう書かれていた。
販売後もRFIDが商品に装着されつづけているケースについては、その商品にRFIDが装着されていること、RFIDに記録されている内容の詳細、その情報を事業者がどのように利用しているか、RFIDを読み取れなくしたい場合の対処法などについて、商品または包装に表示する必要があるとしている。
その他の部分(「個人情報保護法の規制を受ける」話)は当たり前なので除くと、INTERNET Watchでは上の引用部分が肝だと読んだようだ。
ところで、その第3条の全文は以下のとおりだ。
第3(電子タグが装着してあることの表示等)
事業者は、消費者に物品が手交された後も当該物品に電子タグを装着しておく場合には、消費者に対して、当該物品に電子タグが装着されている事実、その性質及び当該電子タグに記録されている情報の内容をあらかじめ説明若しくは掲示し、又は、当該物品に電子タグが装着されている事実、その性質及び当該電子タグに記録されている情報の内容を消費者が認識できるよう、当該物品若しくはその包装上に表示を行う必要がある。
ここで注意したいのは、上に強調した2つの文章は同一であるということだ。前者と後者の違いはこうだ。
そしてこの2つは「又は」で接続されている。つまりどちらかを満たせばよいということだろう。これ以上は述べるのをやめておく。
「第4(電子タグの読み取りに関する消費者の最終的な選択権の留保)」は、消費者が自らタグを無効化するための方法を消費者に紹介することについて述べている。
第4(電子タグの読み取りに関する消費者の最終的な選択権の留保)
(略)
その手法についてあらかじめ説明若しくは掲示し、又は、当該物品若しくはその包装上に表示を行う必要がある。
「若しくは」「又は」で接続されているので、以下のいずれかを行えばよいらしい。
「掲示」というのはWebサイトでもかまわないのだろうか。
【電子タグの読み取りをできないようにする手法の例】 アルミ箔で覆って遮蔽できる場合はアルミ箔で覆うなど、電子タグと読み取り機との通信を遮断する手法、又は、電子タグ内の固有番号を含む全ての情報を電磁的に消去する手法 等
「消費者の最終的な選択権の留保」というわりに、選択手段が「アルミ箔で覆う」でもかまわないらしい。
「第5(電子タグの社会的利益等に関する情報提供)」は次のことを言っている。
第5(電子タグの社会的利益等に関する情報提供)
事業者は、消費者が電子タグの読み取りをできないようにした場合に、商品のリサイクルに必要な情報が失われることによる環境保全上の問題や、自動車の修理履歴の情報が失われることによる安全への影響等、消費者利益や社会的利益が損なわれることがある場合には、当該情報について表示その他の方法で消費者に対して情報提供に努める必要がある。
「第6(電子計算機に保存された個人情報データベース等と電子タグの情報を連係して用いる場合)」は興味深い。
第6(電子計算機に保存された個人情報データベース等と電子タグの情報を連係して用いる場合)
電子タグを取り扱う事業者が、電子タグ自身には個人情報を記録していない場合でも、別途電子計算機に保存された個人情報データベース等と電子タグに記録された情報を連係して用いる場合には、当該情報は個人情報保護法上の個人情報としての取扱いを受ける。
「当該情報」とは次のどちらのことを指すのだろうか。
後者であるなら、それが個人情報保護法上の個人情報として取り扱われるのは自明だ。文章的には前者を指しているように読める。別途保存されたデータベースと「連携して用いる」のであるから、「電子タグに記録された情報」とはタグの固有IDのことを指すのだろう。
タグの固有IDが「個人情報保護法上の個人情報としての取扱いを受ける」というのはすごいことだ。なにしろ、タグは消費者の手にも渡るのだ。消費者の手に渡った後でも、「個人情報保護法上の個人情報としての取扱いを受ける」のだろうか。その場合、個人情報保護法の規制対象となるのは誰か? 保有者である消費者? 「電子タグを取り扱う事業者」? 「取り扱う」とは? 電子タグを取り付けた事業者? 電子タグの付いた物品を消費者に渡す事業者? 消費者の持っている物に付いた電子タグを読み取ったすべての事業者?
まあ、これは「個人情報データベースと連携して用いる事業者」と解釈するのが妥当だろう。ならば、データベースと連携しない者は、同法の規制を受けないことになる。個人情報データベースが存在する時点で、既に個人情報保護法の規制を受けるので、そこに、タグの固有IDが個人情報に該当するということが追加されても、何も新しいことは追加されていないのではなかろうか。
「第7(説明・情報提供)」は、「事業者、事業者団体及び政府機関等の関係機関」が、「メリット・デメリット」について消費者の理解を助けることに努めるとしている。読点と中丸で接続されているので、以下のどれなのかが不明だ。
「第8(事業者の行動)」は、よくわからない。
「第9(ガイドラインの見直し)」は、状況の変化に応じてガイドラインを見直すことを約束していて、「電子タグに関するプライバシー保護のあり方について、関係者の間で新たなコンセンサスが得られた場合は、さらなる追加を行う」とされている。
パブリックコメントの締め切りまであと19日だ。
オーム社の「COMPUTER & NETWORK LAN」という雑誌に記事を書いた。同じ号の特集の中に、「バーコードを置き換えようとするRFIDの市場動向」という記事があり、その中の「企業や団体の活動状況」という章で次の記述がある。
【6】消費者団体
(略)
CASPIAN(略)この団体の創立者のキャサリン・アルブレクト(Katherine Albrecht)氏は、RFIDの商品への適用について次のように危惧している。
RFIDによって、小売業者は消費者の行動を極限まで監視できるようになる。店頭で買ってきたすべての商品にRFIDが付いているようになるのもそう遠くないだろう。(食料品にタグが付けば)冷蔵庫の中身をスーパーマーケットに知らせることもできるし、双方向テレビのコマーシャルを冷蔵庫の中身によって変えることもできる。小売業者は(RFIDによって)消費者が家庭内で商品をどう使っているかを把握しようとしている(略)
そしてCASPIANは2003年6月に、商品へのRFIDの適用について法律で規制することを提案した。その規制内容の一つは、消費者が知らないうちに無線タグが付いた商品を買わされることがないように、無線タグが商品に付いていることの表示を義務付けるというものである。もう一つの規制は、商品を買った人の氏名やクレジット・カード番号などの個人情報を、商品の情報と結びつけることの禁止である。
酒井寿紀, バーコードを置き換えようとするRFIDの市場動向, COMPUTER & NETWORK LAN 2004年1月号
酒井氏は、続く「今後の問題」という章で、このことについて次のように述べている。
「プライバシー上の問題があることは確かである」と、理解を示す格好になっているが、酒井氏はCASPIANの主張を正しく理解せずに理解を示している。そのことは次の部分で明白になっている。【3】プライバシー
前述のように消費者団体が騒いでいるとおり、RFIDの商品への適用にプライバシー上の問題があることは確かである。しかし、技術的には消費者団体が指摘しているような問題を回避する方法はいろいろある。
たとえば、エイリアン・テクノロジのような書き換え可能型のタグを使えば、商品が顧客の手に渡るときに、顧客が要求すればEPCの情報を消すこともできる。また、通常は消すことにしておいて、顧客が要求すればそれを消さないで残しておくこともできる。残しておけば、たとえば、洗濯機が衣料品のタグを読み取って自動的に洗い方を判断したり、電子レンジが食料品のタグを読み取って自動的に加熱時間を決めたりできるようになる可能性もある。
たとえタグを残したとしても、CASPIANが言うように他人の家の冷蔵庫の中身を読み取ることは、現在の技術では難しい。犯罪を犯して、他人の家に忍び込んで、発信機付きのリーダを設置しない限り不可能である。
また、商店内での顧客の行動をビデオカメラで監視・記録したり、CDの販売店などで商品に万引き防止用のタグを付けたりするのは、すでに一般に行われていることである。
いろいろ問題があるからRFIDの使用を全面的に止めるというのは、交通事故が起きる可能性があるから自動車の使用を禁止するというのと同じようなものだ。現時点での技術的な可能性をきちんと踏まえたうえで、どこで利便性とプライバシーとの折り合いをつけるべきかをよく検討する必要がある。
酒井寿紀, バーコードを置き換えようとするRFIDの市場動向, COMPUTER & NETWORK LAN 2004年1月号
CASPIANが言うように他人の家の冷蔵庫の中身を読み取ることは、現在の技術では難しい。犯罪を犯して、他人の家に忍び込んで、発信機付きのリーダを設置しない限り不可能である。
これは、冷蔵庫の中の食品に付けられたRFIDタグの電波が、冷蔵庫の外、さらには家の外、さらに遠く離れたスーパーマーケットからでも受信できてしまうようなことが、「現在の技術では難しい」と言っているのだろう。つまり、消費者団体の主張が、そういう、技術や物理法則を超越した非現実的危惧に基づくものだというのが酒井氏の理解と思われる。
しかし、CASPIANが言う「冷蔵庫の中身をスーパーマーケットに」という主張はそういう話ではない。続く文が、「知らせることもできるし」となっていることからもわかるように、これは、正規の目的でスーパーに通知する機能を備えた冷蔵庫での話だ。
RFIDリーダを内蔵した「RFID対応冷蔵庫」が家庭に普及すれば、冷蔵庫をインターネットに接続することで、牛乳のストックが少なくなるとスーパーから自動的に牛乳が配達されるといったサービスが提供されるようになると言われている。そのとき、冷蔵庫の中身の情報が、同時に他の目的にも流用されかねないというのが、CASPIANの主張だ。
この例では、サービスを受けるために消費者が自らの意思で冷蔵庫をスーパーマーケットに見せていると考えられるので、これがどうしてプライバシー侵害の話題になるのか理解できないという人もいるだろう。宣伝のために嗜好情報が流用されることが懸念として挙げられているが、自分の好みがテレビの宣伝内容に反映されていても気にならない、あるいはむしろ有難いと感じる人もいるかもしれない。だが、問題なのは、事実が知らされれば拒否したいと感じる人が、事実を知らないままにサービスを受けてしまうことだ。CASPIANが元々はスーパーのポイントカードの個人情報収集に反発することから始まった団体である(らしい)ように、そうした部類のプライバシー問題もある。
一般に、プライバシー問題を議論する上では、「プライバシー侵害」というものが発生し得るとされる原因には、複数の異なる部類のものがあるのであり、まずはそれぞれを分離し、独立させて議論する必要がある。
第一は、システムの欠陥が原因で、守られるべきプライバシー情報が事故で漏えいしたり、故意に盗み出されたりする可能性である。これは、システムのセキュリティ対策によって解決すべき問題であり、現実的なコストで解決可能かが問われる。
第二は、内通者が情報を外部に持ち出したり、従業員のミスで漏えいさせる可能性である。これは、人的セキュリティマネジメントの強化によって解決すべき問題で、どの程度それが可能なのかが問われる。
第三は、事業者が情報を外部に提供する予定がある場合に、それを消費者が承知しているかの問題である。これは、情報を収集する目的を事業者がプライバシーポリシー等の文書で消費者に説明する責任を果たすことで解決すべき問題であるが、消費者への通知が、実効性のある方法で行われるのかが問われる。
第四は、情報家電が普及したとき、生活のあらゆるシーンで情報技術を駆使したサービスを受けることになると、ありとあらゆるプライバシー情報を多数の事業者のそれぞれに預けることを消費者は選択しなくてはならなくなる。このとき、「この事業者は信頼するが、あの事業者は信頼しない」といった判断が、普通の消費者にはたして可能なのかという懸念である。
第五は、第四のような状況において、プライバシー情報の事業者を越えた共有が顧客分析を目的として広く行われるようになった場合など、どの事業者も同じようにプライバシー情報を多目的に使用する社会が訪れる可能性があり、消費者が事業者を選択できなくなる懸念である。
そして第六は、RFIDタグやsubscriber IDのように、何かにIDが付くことによって、第三者(IDを取り付けた者とは別の)がそれを媒介して消費者のプライバシー情報を収集することが可能になってしまう問題である。
第三までは、昔から通販事業者などにおいて存在してきた問題であり、第四と第五は、今後あるいは今まさに顕在化しかねない状況となっている問題である。
私はRFIDタグの問題を技術的観点から語るときは、努めて第六の問題だけを取り上げるようにしているが、第一から第五までの問題も別に存在するのだ。第五の問題は、法律家の立場ないし社会的見地から問われる話題だろう。第四の問題は、技術とも多少関係がある。信頼する事業者の選択を自動化するために情報技術を活用するという話は出てくる。既に実用化された事例としては、P3Pがそれに該当するだろう。第三の問題は、プライバシーマーク制度など、既に解決策の運用が始まっているものだが、訴訟社会でない日本で実効性があるのか疑問視されている。第一と第二はセキュリティ対策として進歩しつつある状況だ。
それに対し、先の冷蔵庫の話題でCASPIANが懸念を示したのは、第三、第四、第五の問題であろう。私が第六の問題だけに絞って主張しようと心がけるのは、これらを区別できない論理性の欠落した思考の人達に足を救われかねないからだ。
いわゆる「職業的反対派」(何でもかんでも反対してやめさせることだけを目的とする反対派)は、これらの複数の原因をごちゃ混ぜにしたまま否定することを好む(たとえば、第六の問題を議論している文脈で第一や第二の問題も持ち出すなど)ため、それを受けてたつ推進派もまた、それらを取り違えて反論してしまう(たとえば、第一と第二の問題を否定するだけで第六の問題も否定したかのような気になる)ということが起きる。RFIDタグ以外の議論でもそういう事態をしばしば目にしてきた。
酒井氏は、
また、商店内での顧客の行動をビデオカメラで監視・記録したり、CDの販売店などで商品に万引き防止用のタグを付けたりするのは、すでに一般に行われていることである。
酒井寿紀, バーコードを置き換えようとするRFIDの市場動向, COMPUTER & NETWORK LAN 2004年1月号
と述べているが、これは全く反論になっていない。言うまでもないだろうが、現在のCDの万引き防止用タグは1ビットの情報しか持たないのでこの議論の比較対象にならないし、店舗内での監視カメラは、これまでの技術的限界(録画したものを後で見ることしかできない)から防犯目的(犯罪発生時の犯人分析用)に使ってきただけだったのが、RFIDタグによって人の識別が容易に可能になれば異なる目的に流用されるようになるだろうと懸念されているわけだ。
いろいろ問題があるからRFIDの使用を全面的に止めるというのは、交通事故が起きる可能性があるから自動車の使用を禁止するというのと同じようなものだ。現時点での技術的な可能性をきちんと踏まえたうえで、どこで利便性とプライバシーとの折り合いをつけるべきかをよく検討する必要がある。
酒井寿紀, バーコードを置き換えようとするRFIDの市場動向, COMPUTER & NETWORK LAN 2004年1月号
最近、RFIDの話題でもこの種の主張「自動車の使用を禁止するようなもの」をよく目にするようになった。一般論としては正しいが、そういうのは個別論を正しく理解した人だけが口にしてよいことだろう。
もう一度、酒井氏の発言を噛みしめておく。
消費者団体が騒いでいるとおり、RFIDの商品への適用にプライバシー上の問題があることは確かである。しかし、
(略)
たとえタグを残したとしても、CASPIANが言うように他人の家の冷蔵庫の中身を読み取ることは、現在の技術では難しい。犯罪を犯して、他人の家に忍び込んで、発信機付きのリーダを設置しない限り不可能である。
酒井寿紀, バーコードを置き換えようとするRFIDの市場動向, COMPUTER & NETWORK LAN 2004年1月号
8月16日の日記「まだこんなことを言っている人がいるよ その2」で、月刊「マテリアルフロー」誌編集長が、
タグに入っているのは製品のシリアルナンバーだけです。数字の羅列。それだけでは意味がなく、製品情報・生産情報・流通情報はそれぞれの責任を担う企業のサーバに置き、ネットワーク経由で権利のあるものだけがアクセスできる方式を目指しています。
(略)
てなわけで、私には今のところ、消費者プライバシー問題を技術的に解決することがさほど難しいものとは思われません。技術者が安心できる技術を確立し、導入関連社側が根気よく、一般消費者に向けて説明していくことでしょう。
と主張するコラムを発表していることを書いたが、そのコラムの続きが出ていた。
「良く話の分かっていないマスコミがRFIDを持ち上げすぎたり、実用化はまだ無理といった記事を流しているが、勉強不足」と新原課長は初めに一刀両断。(講演後に私が挨拶に行き、「でも『マテリアルフロー』では10数年来RFIDの開発・利用に関する情報をレポートしています」とこだわったら、「いや専門誌さんは別ですよ」とのコメントでした)
(略)
以前のコラムでも触れたように、その他にセキュリティ確保、特に個人情報の保護に関するテーマも残っていますが、ベネトンやウォルマートのRFタグ実用実験に待ったをかけた欧米の消費者団体が言うほどの危惧は、不要ではなかろうかというのが筆者の見解です。インターネットの持つメリット・デメリットに近いもので、確かに様々な情報漏洩の危険性は考えられ得るものの、技術的な、あるいは運用上の対応で多くの問題は回避できるのではないかと見込まれるからです。
日本経済復活への貢献という意味でも、今後とも注目を集めそうなRFID技術。「マテリアルフロー」ではこれからも毎号のように物流・SCM分野を軸に各界のRFID実用化試験プロジェクトの取り組みをレポートし、あるいはリーダー達の声を紹介していきたいと考えています。
専門誌の編集長が「危惧は不要というのが私の見解」と述べながら、そこに添えられている根拠は著しく薄弱なものだ。「インターネットのメリット・デメリットに近い」という曖昧で説明のないたとえ話を挙げたうえ、「技術的、運用上の対応で回避できる」という、具体的方策を挙げない希望的観測しか書いていない。
「インターネットのデメリット」と呼ばれるものは、第三者cookieの問題についてはP3P技術によって解決されてきたのであるし、スーパークッキー問題はMicrosoft社に欠陥として認識されて解決されてきた。この編集長はそれを理解しているだろうか。RFIDタグでどうやって「1枚5円の」タグで同様の解決をするのかだ。
それはともかく、1月9日の日経IT Pro記者の眼に「ICタグのプライバシ問題を解決する方法」というコラムが出ていた。
普段持ち歩くカバンにICタグが付いているとしよう。そのIDは商品に固有のものなので,さまざまな場所で読み取られると,人の動きまでトレースされることになる。カバンの中身を他人に盗み見られる危険性もある。書籍に付いているICタグからISBN(International Standard Book Number)番号を読み取られると,自分がどんな本を読んでいるかを誰かに知られてしまうかもしれない。
とあり、固定IDによるトラッキング問題のことが正しく認識されている様子がうかがえる。著者の安東氏は、6月に「カバンの中身が外から分かるICタグ 個人のプライバシは守れるか」の記事を書かれた方で、日経バイトの方だ。日経コンピュータではない。
このコラムの結論は、
多くの人が納得できる簡単な解決策はないか。筆者は単純に,タグを物理的に取り外してから消費者に渡すのが一番と考えるようになった。タグを取り外すと,タグの導入メリットは小さくなる。しかし何よりも,消費者に受け入れられることを考えなければならない。
(略)
筆者は,まずは安心して使える限定的な場面/用途でスタートさせ,徐々にその適用場面を広げていく手法を選ぶべきと考える。タグを付けたままの運用は,プライバシ問題に対する効果的な解決策が出てきてから始めればいい。そこで得られるメリットは,あくまでボーナスと考えるのである。
というものだ。
これは、EPCglobalのプライバシーガイドラインに影響された発言なのだろう。12月13日の日記に書いたように、EPCglobalのガイドラインには、
ほとんど全ての製品の場合、EPCタグは使い捨てのパッケージの一部分となるか、または、破棄可能なものとなるだろうと予想される。
という文章が含まれており、EPCglobalとしては、当面の間はサプライチェイン管理目的にしか使用しないことを前提としているのがうかがえる。安東氏の主張はそれに沿ったものになっている。
で、問題なのはその記事に対する読者コメントのひとつだ。
[2004/01/09]
取り外すには手間も掛かればミスも出ます。それよりプライバシーを守るもっと簡単な方法があります。それは、RFIDの情報は一切の属性を持たないシリアル番号だけにして、企業側が管理テーブルを持てば良いのです。このことは、ある研究会でも述べましたが、多くの人が聞き入れようとしないで、既成仕様に捕らわれてしまっています。バカの壁がここにもあります。
(50代,ハード・ソフトベンダー,経営者 )
「バカの壁」という本がヒットしていることは、ある人が「まさに『バカの壁』というやつですな(ゲラゲラ」と会議で発言するまで知らなかった。個人的には読む価値を感じなかったが、こうもあちこちで馬鹿の一つ覚えのように「バカの壁」「バカの壁」という発言が出てくると、どういう内容なのかと知りたくなる。念のため買ってきて読んだ。まあ、この書評と同じようなことを感じた(全ての論点に賛同するものではないが)。著者の養老氏はこの本についてまえがきで、「結局われわれは、自分の脳に入ることしか理解できない。つまり学問が最終的に突き当たる壁は、自分の脳だ。そういうつもりで述べたことです。(中略)あるていど歳をとれば、人にはわからないことがあると思うのは、当然のことです。しかし若いうちは可能性がありますから、自分にわからないかどうか、それがわからない。だからいろいろ悩むわけです。そのときに「バカの壁」はだれにでもあるのだということを思い出してもらえば、ひょっとすると気が楽になって、逆にわかるようになるかもしれません。」と述べている。
「バカの壁だ」と口に出そうになったら、馬鹿だからそう口にしようとしているのではないかと、自分を疑ったほうがよい。そうしないのはまさにバカの壁だ。
……という主張も馬鹿が原因だ。……なんて書くのも馬鹿馬鹿しい。なんつったりして。
日経コンピュータ12月号の特集「2010年 情報システム大予言」の「ICタグ:広がる適用範囲,安全性向上に貢献」という記事がWebで読めるようになっていた。YRPユビキタスネットワーキング研究所副所長の越塚登氏の「プライバシの建設的な議論を望む」というインタビュー記事が載っている。
あらゆるモノや場所にコンピュータが入るユビキタス社会を考えるうえで、プライバシの議論は欠かせない。知られたくない個人情報がネットワークを介して流通する、といった不安を取り除くために、法律を含めた社会制度や、それをITで支援する仕組みを整備していくべきだ。
日経コンピュータ, 2010年 情報システム大予言 ICタグ:広がる適用範囲 安全性向上に貢献, 越塚登, プライバシの建設的な議論を望む
ここまではよい。だが、続きはこうだ。
建設的な議論を進めるためには、「技術の限界」をきちんと理解してもらう必要もある。いくら技術が発達しても無理なことはある。そういう技術の限界を知らないと、えてして「その技術の存在自体を許さない」という極端な考え方に走りがちだ。
例えば「ICタグが普及すると、自分の持ち物がすべて“丸見え”になってしまう」というのは、かなり極端な見方の一つだ。センサーの距離や読み取り精度には限界がある。遠方から多数のICタグをすべて一発で正確に読み取るというのは、特殊な読み取り環境を用意しない限り、2010年の時点でも難しいだろう。
日経コンピュータ, 2010年 情報システム大予言 ICタグ:広がる適用範囲 安全性向上に貢献, 越塚登, プライバシの建設的な議論を望む
出た。またそれか。9月6日の日記に書いたことをコピーペーストしておく。
「他のクレジットカードとかと重ねていたらそれだけで読めなくなるんです。」と発言した人物にとっての「読める/読めない」は、確実に読めるかどうかを話している点に注意したい。しばしば、事業を推進する側から、「そんな夢のような使い方ができたらこっちが嬉しい。そんなうまくはいかないものだ。」という発言が出てくることがあるが、一般に、セキュリティを語る上でそういう思考をしてはいけない。実用の話と悪用の話は別だ。10パーセントの確率でエラーになるのが実用にならないのだとしても、悪用されるのを避けたい消費者にとって、90パーセントの確率で読み出し可能な事態を許容できるのかという議論だ。
最後はこうしめくくられている。
豊かで安全な技術社会を作るためには、私を含めた専門家が、一般の人々に正確な情報を分かりやすく伝えていくべきだと考える。プライバシに関して前向きな議論が行われている2010年であってほしいと願っている。
日経コンピュータ, 2010年 情報システム大予言 ICタグ:広がる適用範囲 安全性向上に貢献, 越塚登, プライバシの建設的な議論を望む
「センサーの距離に限界がある」と主張するのはよいだろう。最長応答可能距離を仕様として消費者に示せばよい。「精度に限界がある」というのはよくわからない。「すべて一発で正確に読み取るのは難しい」というのは「すべて丸見え」を否定しているにすぎない。「ときどきいくつかが見えちゃう」ということが消費者に許されるかどうかだ。
とはいえ、この記事を書いたのは日経コンピュータであるので、越塚氏がこの通りに発言したかどうかはわからない。「建設的な議論を望む」というタイトルは日経コンピュータによってつけられたものだろうし、発言にはこの続きがあった可能性もある。「すべて丸見え」を否定したいなら、見えてしまうのがどのような場合であるかを明らかにして、そしてその現実性を議論すればよい。
によると、一円玉の幅ほどのタグで、
サイズが25mm×5mmと小型ながら,最大で約70cmまで通信間隔を空けられる(写真)。1台のリーダーで,複数の無線ICタグを同時に読み取れる。同時に読み取れる枚数は最大100個/秒。だそうだ。
上の安東氏のコラムには、
2004年1月下旬に実証実験を開始するアパレル業界が実際にこの方法を採っている。無線ICタグは,紙の値札と同じような形状に加工して,値札と一緒にぶら下げる。商品を販売する際には,店員が無線ICタグを取り外す。取り外すのを忘れても通常は問題にならない。消費者自身が値札と一緒にあとから外すためだ。
とも書かれていた。関連するニュースが1月21日の朝日新聞に「店頭で外せるICタグ 値札ヒモと一体、伊藤忠など開発」と出ていた。同じ内容の記事がRBB TODAYに「伊藤忠商事と日本バノック、アパレル製品向けのRFIDタグを開発」として出ている。
これまでRFIDタグは、追加コストの発生、取り付けることによってデザインが損なわれる、消費者に渡ったあとにプライバシーが侵害される恐れがある、などの点が問題視されていた。
今回、2社が開発したV-LOX IDは、アパレル製品にブランドタグや値札を取り付けるためのひもの部分にRFIDタグを組み込んでいる。そのため、取付のための追加コストが最小限に抑えられる、デザインを損なわない、簡単に取り外せるためプライバシーの侵害は発生しないなどのメリットがある。
このように製品のメリットを主張できるのは、一般にRFIDタグにはプライバシーの問題が存在し得るのだということが、広く一般の消費者に認識されてこそである。認識されなければ競争も生まれない。