毎日新聞のスクープ記事によると、6年前から店晒しになっていた不正指令電磁的記録罪を新設する刑法改正案を、共謀罪から切り離して提出することを法務省が検討しているそうだ。
コンピューターウイルスを使って個人情報を流出させるなどのサイバー犯罪を阻止するため、法務省はいわゆる「ウイルス作成罪」を新たに創設する刑法改正の検討に入った。(略)法務省は早期の法案提出を目指す。(略)
同種の刑法改正案は共謀罪を創設する組織犯罪処罰法改正案とともに03年以降3度、政府が国会に提出し、いずれも廃案となった。今回はサイバー犯罪防止の重要性がより高まっているとして、共謀罪を除き提出する方向で検討している。
そのまま切り離して再提出するのか、少しは直す余地があるのか。また、不正指令電磁的記録罪の他のバンドルして出されていた部分も出てくるのかといった点はまだ明らかにされていない。前回の提出法案では以下のものが含まれていた。
- 第一 刑法の一部改正
- 一 国外犯処罰
- 二 封印等破棄
- 三 強制執行妨害目的財産損壊等
- 四 強制執行行為妨害等
- 五 強制執行関係売却妨害
- 六 加重封印等破棄等
- 七 公契約関係競売等妨害
- 八 不正指令電磁的記録作成等
- 九 不正指令電磁的記録取得等
- 十 わいせつな電磁的記録に係る記録媒体等の頒布等
- 十一 電子計算機損壊等業務妨害の罪の未遂
- 第二 刑事訴訟法の一部改正
- 一 差し押さえるべき電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体からの複写
- 二 記録命令付き差押え
- 三 電磁的記録に係る記録媒体の差押えの執行方法
- 四 電磁的記録に係る記録媒体の差押状の執行を受ける者等への協力要請
- 五 保全要請等
- 六 電磁的記録の没収のための所要の規定整備
- 第三 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部改正
- 第四 刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法の一部改正
- 第五 国際捜査共助法の一部改正
- 第六 条約による国外犯処罰
- 第七 地方税法及び国税徴収法の一部改正
Twitterでの世間の反応を見ると、案の定、「ウイルス」「作成」という言葉のイメージに引きずられた感想が流れている。毎日新聞は8月8日の「MAINICHI RT」紙にこのニュースを掲載、Twitterでの反応を載せている。
私がこの法案の条文を初めて耳にしたのは、2004年だったか、経産省から電話があって、こういう法案があるけどどう思うかと訊かれたときだった。元々「ウイルスの定義をどうするんだ?」と思っていた私としては、「そういう作り方があるのか。なるほど。」と思った記憶がある。
そのときを思い返すと、要するに、他人を騙してプログラムを実行させる行為を処罰できるようにする話なんだと理解して、「なかなかいいんじゃないの」との感想を持ったのだと思う。
しかし、その後、情報ネットワーク法学会のセミナーで改正案の解説を聴講しに行ったところ、強い違和感を覚え、2004年5月15日の日記に疑問点を書いた。この時点では、不勉強なため法律についての考え方がまるでできておらず、独り言をつぶやいたにすぎなかった。
2年後、未だ成立していないこの改正案について、とうとう「「不正指令電磁的記録に関する罪」に「作成罪」はいらないのではないか」という日記を書いた。これに対し、石井徹哉先生からトラックバックを頂き、何往復かに渡って議論……というか、刑法の考え方を諭してくださった。要するに、文書偽造の罪を考えるときに、偽造私文書行使罪(刑法161条)があれば私文書偽造罪(同159条)(行使の目的での私文書の偽造)は要らないのか、いや、現にあるじゃないのという指摘であった。
このやり取りを通して、疑問を呈すなら相手の土俵の上で、つまり法律の領域の言葉と概念で説明しなければ、けっして聞き入れられるものではないことを痛感した。
そして、ググっても見つからなかった、法制審議会刑事法(ハイテク犯罪関係)部会の議事録を見つけ、それを読んだところ、何を言えば問題点を指摘できるのかがわかり、やっと言いたいことを書けるようになった。
その後も、繰り返し同じことを説明方法を変えて主張してきた。
要するにどういうことか、今日tweetしたことを貼っておく。
法務省刑事局長の答弁というのは、2008年1月26日の日記で書いたように、以下の発言であり、2回、同趣旨のことが言われていることからして、これが言い間違いということはないのではないかと思う。
(大林政府参考人 = 法務省刑事局長 大林宏)
○大林政府参考人 今回新設いたします不正指令電磁的記録作成等の罪は、人の電子計算機における実行の用に供する目的で行われることが必要とされております。
そこで、この「人」という解釈でございますが、刑法の他の規定と同じく、犯人以外の者ということでございます。また、「電子計算機における実行の用に供する目的」とは、人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、またはその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える状態にする目的を意味しております。
したがって、不正指令電磁的記録作成等の罪が成立するためには、不正指令電磁的記録、すなわち、コンピューターウイルスが、犯人以外の者が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせないか、またはその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える状態にする目的を犯人が有していることが必要でございます。(略)
衆議院議事録, 第162回国会 法務委員会 第26号, 2005年7月12日
しかし、実際に提出されている法案の条文は、「人の電子計算機における実行の用に供する目的で」としか書かれていないわけで、「実行」には何も限定がかかっていない。文章通りに解釈すれば、どういう実行であれ他人に使わせる目的であればこの目的要件を満たしてしまうわけで、他人に使わせているソフトウェアの全ての作者はこの目的要件を満たしてしまう。*3
そうすると、あとは、そのプログラムが客観的どのように評価されるかしだいということになってしまい、結局ふりだしに戻って、「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令」とは何なのか、どう線引きするのかという話になってしまう。
このような私の主張に対し、法律に詳しいと思しきブロガーの方などから、「その懸念は故意で落ちるから心配ない」という趣旨の指摘を何度も頂いた。つまり、プログラム作成者がそのプログラムが「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」ものであると認識していないならば故意がないことになると。
しかし、その場合、一旦そう認識させられたならば、プログラム提供を中止しなければならないのかという問題が残る。
たしかに、客観的な評価として危険なプログラムとされるものを作ってしまった場合には、その危険をなくすよう直した方がよいことには違いないが、直さないで提供し続けていると犯罪になるというのは、間違っていると思う。
このことについては2008年6月21日の日記で書いた。それに対してさらに「やはり「故意」で解決できるのではないか。」というトラックバックを頂いており、反論を書きたかったのだが、今見てみるとリンク先が消えていて読めない。この記事のはてブエントリに冒頭部分が残っているので引用すると、
結論を先に述べると,以下のようになります。やはり「故意」の問題として処理すれば足りるのではないか。高木氏の『構成要件(の一部)に該当するだけで不安』という考えは杞憂ではないが,積極的に放置したような場合でないと処罰されないと考えられるため,許容でき...
という書き出しだったようだ。やはり、「積極的に放置したような場合でないと処罰されない」とあるように、放置してはいけないという前提での主張のように見える。
私が言いたいのは、たとえ、プログラムの動作内容が誤解されやすいもの(その結果、利用者の意図に反する実行がなされる)であっても、プログラムの作成者に、誤解させて実行させる目的がない限り、それは犯罪ではないということだ。
というわけで、このような問題認識に基づいて、私も2006年10月22日の日記で修正案を書いている。
(不正指令電磁的記録作成等)
第百六十八条の二 人の電子計算機における実行の用に供し、人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
2 前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供し、人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせた者も、同項と同様とする。
3 前項の罪の未遂は、罰する。
(不正指令電磁的記録取得等)
第百六十八条の三 前条第一項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
直すべき点がわかるようにあえて冗長に直接的に書き直したものなので、刑法の法文としては不格好な構成になっているに違いないが、そこはプロが直してほしいと思う。
ところで、日弁連は、2003年7月に「ハイテク犯罪に対処するための刑事法の整備に関する意見」を発表しており、その中で、「不正指令電磁的記録等作成等の罪の新設等」として、次のように主張していた。
とりわけ,不正指令電磁的記録等の作成については,それらの予備的行為の中でも最も早い段階を犯罪行為として捉えようとするものであるし,不正指令電磁的記録取得罪及び同保管罪は,コンピュータ・ウイルスが送りつけられるという,いわば被害者的な立場の者について犯罪が成立する可能性があることを考えると,我が国においては,これらの犯罪の新設については時期尚早と言うべきであり,立法事実が存しないと言わなければならない。
たしかに、2003年7月当時は、まだ、いわゆる「仁義なきキンタマ」ウイルスが登場しておらず、日本発の悪質なウイルスはあまり出てきていない時期だった。それが、その年の暮れには「仁義なきキンタマ」が登場して、翌年から大規模な被害が連続して大量に発生する事態となった。
Winnyネットワーク等でのウイルス流通が止まらないのは、わざとウイルスばかり集めて溜め込んで共有状態を維持し続けている輩がたくさんいることであり、彼らがそれをやめない限りウイルス被害はなくならないわけで、供用目的取得罪や供用目的保管罪がそこに有効に働いてくるはずである。このことについては2008年2月3日の日記に書いた。
それに対して、2003年7月の日弁連の意見書は、次のように主張していた。
財団法人社会安全研究財団が2002年3月にまとめた「不正プログラム対策に関する調査研究報告書」は,故意に不正プログラムを使用するなど悪質な行為は何らかの法的規制が必要であるが,その保有・入手・流通・製造段階での規制については,ヒアリング調査の結果賛否両論であり,まず,使用のみを規制の対象とし,その効果を見て保有・入手・流通・製造について段階的に規制すべきであるとの意見が出されており(同報告書38,39頁),これが現時点での我が国での代表的な見解と考えられる。
それからもう7年、状況はすっかり変わってしまっているのだから、日弁連は改めて、不正指令電磁的記録罪について意見書を作り直すべきではないだろうか。
*1 法制審議会刑事法(ハイテク犯罪関係)部会第3回会議にて
*3 実際、法制審議会刑事法(ハイテク犯罪関係)部会の議事録に目を通すと、この目的要件の解説が何回も何回も出てきているけども、「他人に実行させるつもりがないなら罪にならない」という説明しか出てこない。たとえば、「自分のコンピュータでウイルスをテストする分には,この要綱の案で申し上げますと,「人の電子計算機における実行の用に供する目的」がありませんので,当然当たらないというように考えております」という発言が繰り返し出てくるが、それ以上につっこんだ説明は出てこない。
私はお魚料理、お刺身が 大好きです。 その中で、脇役ではある けれど、あのパウル君、 酢醤油で食べる蛸の お刺身や、きゅうりと わかめと蛸の酢の物 なんかね。 特に、夏なんて酢の物が いい
<サイバー犯罪>「ウイルス作成罪」創設へ 刑法改正を検討(毎日新聞) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100807-00000011-mai-soci 最近に提出された改正案は2005年(平成17年)第163回通常国会での「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対