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高木浩光@自宅の日記

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2010年12月27日

りぶらサポータークラブで岡崎図書館事件を考えるフォーラム

岡崎市立中央図書館のある建物「りぶら」には、図書館本体以外にも「市民活動総合支援センター」などがあり、「りぶらについて」には、「図書館交流プラザが出来上がるまでには、設計から管理運営の計画まで、多くの市民が関わっています。」と謳われている。そんな岡崎市で活躍されている市民団体の一つに「りぶらサポータークラブ」がある。そのりぶらサポータークラブの主催で、先々週の土曜日に「図書館未来企画フォーラム『ネット時代の情報拠点としての図書館』―― “Librahack” 事件から考える――」が開催され、私も講演者として参加してきた。

このときの様子は、朝日新聞三河版で次のように報道された。

  • 図書館アクセスで起訴猶予 男性、被害届取り下げ求める, 朝日新聞三河版2010年12月19日朝刊

    岡崎市立中央図書館のコンピューターシステムに問題があり、自作プログラムでアクセスした男性がサイバー攻撃をしたと誤解されて逮捕され、起訴猶予になった問題で、この男性が岡崎市長と同図書館長に対し、市が岡崎署に出した被害届を取り下げるよう、市民団体を通じて書面で正式に申し入れたことがわかった。

    市民団体は、同図書館を核とする交流プラザ「りぶら」をボランティアで支援している「りぶらサポータークラブ」。この問題のパネル討論会を18日に主催し、その場で明らかにした。(略)

    男性は「別の人が自分のように逮捕されないか心配。市に被害届を取り下げてもらい、プログラムによるアクセスは犯罪でないと示したい」と話したという。山田代表は「市民の意見として伝えた。市にはこの問題を今後につなげてほしい」と話した。(略)

また、中日新聞西三河版では次のように報道された。

  • 図書館HP事件探る 岡崎 関係者や市民シンポ, 中日新聞西三河版2010年12月19日朝刊

    岡崎市の市民団体りぶらサポータークラブのシンポジウム(略)が十八日、同市民図書館交流プラザ(りぶら)で開かれ、図書館関係者や市民六十人が集まった。(略)

    (略)高木浩光主任研究員(工学)は(略)「男性の接続手法は一般的で、HPのダウンは故意ではなかった。これで逮捕されるようなら技術者は萎縮してしまう」と指摘。国立教育政策研究所の江草由佳研究員(情報学)は「図書館員は、来館者もネット接続者も同等に大切な利用者だという意識を」 と求めた。

そして昨日、このフォーラムを取材されていた中日新聞中野記者*1による「記者ノート 2010年を振り返って」とする記事が、中日新聞西三河版に掲載された。*2

新聞紙面スキャン画像
「記者ノート2010年を振り返って(4)岡崎の図書館問題 ネット内外 常識に溝」
中日新聞西三河版2010年12月26日朝刊西三河地方面より
中日新聞社電子編成部知的財産課の許諾を得て転載(許諾番号: 20101227-9055)

この記事の趣旨は、冒頭や末尾部分、見出しにある通り、この事件を「常識の違いによる衝突」とした見方の提供であろう。*3

では、ここでいう「常識」とは誰にとっての常識のことなのか。少なくとも「検察庁岡崎支部の常識とWeb技術者らの常識」であることは間違いないだろう。しかし、名古屋地検岡崎支部の坂口順造支部長は、記者の取材に対し「現実世界の常識」だと言う。

「現実世界の常識」とはどういうことだろうか。そこで、名古屋地方検察庁に電話して真意を尋ねてみた。すると、名古屋地検の広報担当者から、岡崎支部に直接尋ねた方がよいとアドバイスを頂き、岡崎支部に電話したところ、広報担当者が支部長の見解を確認して折り返しお返事を頂いた。

それによると、「現実世界の常識」とは「一般常識」の意味であるという。そこで再度、「ならばなぜ、単に一般常識とせずにあえて『現実世界』という語を用いたのか?」と尋ねたところ、「ネット世界の常識は一般常識とは異なるという意味だろう」と広報担当者が答えた。

そうすると次に問題となるのは、ここで言う「常識」が何のことを指しているのかであるが、これを尋ねても、岡崎支部の広報担当者は頑に回答を拒否して「あなたの言っていることは意味がわからないので電話切りますよ」と言ってガチャ切りされてしまった。

業務妨害罪の成否において「常識」がどのように作用するだろうか。この事件では因果関係には争いがなく、記事にもある通り、故意の有無だけが争点であるのだから、故意の有無について「常識」が作用しているのだと考えられる。

そこで疑問に思うのが、故意を推定するに際して参照する「常識」というのは誰にとっての「常識」を採用するべきなのかという点である。故意は、犯罪を構成するための主観的要件要素であり、「主観」とは即ち被疑者当人の主観を指すはずではないのか。*4

つまり、Web技術者の主観において、シリアルアクセス方式で1秒に1、2回程度の速度でサーバがダウンすることはないという「常識」があったならば、それは故意を否定する要素ではないのか。

やはり、名古屋地方検察庁の対応には、刑事法運用上の誤りがあるのではないか。

補足

これまでにも書いているが、改めて焦点を。

業務妨害罪は、故意がなければ犯罪ではない。被疑者は故意がなかったと言うが、検察は「未必の故意があった」とし、その理由は「影響が出ることをまったく予想しなかった訳ではなかったから、過失ではなく故意が認定される」というものだという(12月17日の日記)。

検察は、被疑者が取調中に、「データベースサーバとの接続を解放していない」というサーバ側の欠陥によってエラーが発生したのではないかとする説明(技術がわからない取調官に対しての技術者としての技術的説明)をしたことから、それをもって、被疑者はサーバの欠陥の存在を知っていたとみなした疑いがある。

しかしそれは、逮捕され勾留されるようになって初めて、その可能性があるのではないかと技術者として思いを巡らすに至り取調中にアクセスログを見せてもらって確信したものであって、そういう説明をするからといって、実行行為の時点でそれを予見していたことにはならない。被疑者はちゃんと検察官に対し、「自分のアクセスが原因でサーバにエラーが発生するとは思わなかったし、サーバにエラーが発生したことに気付かなかった」と説明しており、知っていたと裏付ける証拠がないのに検察は故意があったとみなした。

被疑者がサーバ側の欠陥の存在の可能性を(それを調べてほしいと)訴えたのは、それによって自分の故意を否定できると直感的に思えたからであろうが、実際には、そこまでの理屈を整理して説明できるだけの法知識が被疑者にはなかった。愛知県警が、9月の時点でも、サーバ側の欠陥の有無は「捜査に関係ない」、サーバ側に欠陥があっても「因果関係が認められる」と述べているように、警察も検察も、被疑者が因果関係を否定するためにそれを主張しているのだ(しかし刑法論上は因果関係は否定されない)という見方しかしなかった疑いがある。

しかし、サーバ側の欠陥の有無は、被疑者に故意がなかったことの客観的傍証として重要な証拠となるはずだった。このことは、12月17日の日記に書いたとおりで、故意がなかったことを説明するには、自分のやっていた行為がごく普通のもの*5であって、それによって通常サーバ側に障害が出ることはないと主張するわけだが、それを被疑者本人が言ったところで信用されないところ、取調官が業界の相場観を知らないわけだから、何か客観的な事実でもってそれを裏付けるしかなく、その一つがサーバ側の欠陥の存在である。

検察官は刑事法運用のプロである以上その理屈を察する能力が要求されると思うが、それに気づかなかったのか、あるいは、単にぞんざいに済ませただけなのか。

*1 この中野記者は、5月の最初の逮捕報道の際に中日新聞の記事を書かれた記者さんで、その記事は他紙と異なり唯一、「容疑者は『HP制作の情報収集に必要だった。業務を妨害するつもりはなかった』と否認している」という点を書いていた。このことについて記者にうかがったところ、警察の会見の際に、「業務妨害罪は故意犯なのにおかしい」と感じ、「動機は何か」としつこく問い質したところでようやく聞き出せたのがこの情報だったとのことだった。

*2 私の発言部分についての補足。「その都度接続を切る方式だった」とある部分は、シリアルアクセス(1つのアクセスが終わってから次のアクセスを開始する方法)のことを指しているもの(サーバ側の不具合の話に出てきた「都度接続方式」との混同が生じた)と思われる。(本物のDoS攻撃が典型的には「接続を張ったまま複数の接続を開始するもの」であると説明したことへの対比として「その都度接続を切る方式」というのもまあ間違ってはいないが、「切る」という自発的な方法をとるわけではないので、やはり正しくはない。)

*3 どちらが正しいと言っていないので、読者層によっては、「そうそう、ネットのやつらの常識はくるってるからね」といった(何か別のネット事件の話と混同した)感想を持つ者もいると想像する。

*4 行為による結果と業務妨害との関係を争う場面でなら、被疑者の常識でなく一般常識で判断されるというのはわかるが、ここではそういう話ではない。

*5 実際、12月14日の日記に書いたように、ほぼ同一のことを実施していた人が他にもいたことが後に判明している。

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