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高木浩光@自宅の日記

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2010年12月17日

検察は何を根拠に犯罪と判断したか 岡崎図書館事件(14)

中川氏が、自分がなぜ起訴猶予に(嫌疑なしでなく)されたのか、10月に検察庁に聞きに行ってきたとのことで、librahack.jp にその報告が出た。

  • 検察庁で聞いてきました, Librahack:容疑者から見た岡崎図書館事件, 2010年12月17日

    故意を認定した理由はこういうことのようです。

    コンピュータに詳しい技術者なので、リクエストを大量に送りつけたら、図書館のサーバに影響が出ることを予想できた。事実、まったく予想しなかった訳ではなく、少しは影響が出ることを予想していたはずだ。それなのに、リクエストを大量に送りつけたので、「故意があった」ものと判断した。

「なぜ嫌疑不十分ではなく、起訴猶予としたか?」と問い質したの対し、検察は、

影響が出ることをまったく予想しなかった訳ではなかったから。

と回答。さらに「それは過失になりませんか?」との問いに対し、検察は、

影響が出ることをまったく予想しなかった訳ではなかったから、過失ではなく故意が認定される。

との回答だったという。

中川氏から聞き取りしたところ、検察はそうとう慎重に答えた様子で、担当した検察官が対面で即答する方法ではなく、事務官が検察官に聞きに行って戻ってきて答えるという方法をとったそうだ。ということは、この回答は、いかにも役所の回答文という意味で「正確に」表現されたものなのだと思う。つまり、これ以上でもこれ以下でもないと解釈するべきものだろう。

そうすると気になるのが、「影響」と「まったく」という言葉が使われた点である。「サーバに障害が出る」とか「サーバが落ちる」といった表現を使ってもいいはずのところに、「影響」という最も弱い表現があえて使われている。その結果、この回答の内容は「サーバに何らかの影響が出る」という広範囲の事態に認識の対象が拡大している。同様に、「まったく」という言葉は、なくてもよいはずのところにあえて「まったく」と入れられたものだろう。検察はさすがに嘘は言えないのだろうと思う。

しかしこれ、普通の役所では通用しそうな文面であるにしても、正義を実現する検察において、こんな理屈が成り立つものなのだろうか。何らかの影響を何かしらの予感として心にいだいていたら、故意によるものであると?

では、なぜ、「影響が出る」ことを中川氏が何かしら予想していたと、検察官はみなしたのだろうか。私はこの話を聞いて次のように感じた。

中川氏は、警察と検察の取り調べで、サーバ側に不具合が存在する可能性を一所懸命説明したという。先日公開された「Librahackメモ」には、「図書館サーバにデータベース接続が解放されない不具合があると考えられる」と主張して、それをベンダーに確認するよう何度も求めたことが記されている。中川氏によると、図書館サーバ内でエラーが発生する仕組みを事細かく説明したそうだ。そのことが、担当した検察官の目には、「サーバでエラーが発生する可能性をよく知っている」と映ったのではないか。

いったいどうしろというのか!! 中川氏はまさに正直者なのだと思う*1。それぞれの時点で、技術者として正直に、技術のことがわからない警察官や検察官に技術のことを説明したつもりだった。それなのに、そのことがかえって犯罪扱いする理由にされてしまったというのか。正直者が馬鹿を見るとはこのことだ。

検察の取り調べがどんな様子だったか、「Librahackメモ」の「6/10」のところに書かれているが、もう少し詳しい様子を中川氏から聞いたところ、担当の検察官は、必要最小限のことしか話さない人で、終始不機嫌あるいは納得がいかない様子で、

「でもプロなんだからそれぐらい気付かないの?」
(首ひねる)
「でも君が何回もアクセスしたから問題が起きたわけでしょ。」
(首ひねる)
「でも他の利用者はそんなことする(プログラムを使ったアクセス)と思う?」
(首ひねる)
以上の繰り返し

という状態だったという。検察官は、刑事調べ調書をペラペラめくりながら納得がいかず、どうしようか悩んでいる様子だったという。

けっきょくこれは、本当に最初から落合洋司弁護士がおっしゃっていた通り、単に、

起訴猶予処分というのは、建前上は、犯罪事実が認定できた上で諸般の事情により起訴はしない、というものですが、本来は嫌疑不十分であっても、捜査機関(警察によっては嫌疑不十分ではメンツがつぶれるから起訴猶予にしてくれと検察庁に泣きつくところもあります)の都合で起訴猶予になっている場合があって、起訴猶予だから犯罪事実は認定されたんだな、と見ると間違うことがあります。

ということなんだろう。7月の「技術屋と法律屋の座談会」でも、落合弁護士は「嫌疑不十分は裁定書に理由などをかなり書かなくてはならないので、その手間が少ない起訴猶予にしようとする傾向はあるかもしれない」とも発言されていた。*2

この確認がとれるまで、神田記者の8月のtweet「名古屋地検岡崎支部は(略)「嫌疑不十分」でないのは、librahack氏が罪を認めているからとのことです」があったことから、警察が逮捕前に作成した最初の「自白」調書で、「結果的にDOS攻撃になってしまいました。業務を妨害しました。迷惑をかけた責任は償いたいと思います。」と作文されてしまったために、それがこの結果を招いたのではと思われてきたが、どうやらそれは違うようで、今回の中川氏の報告によると、検察の判断に「逮捕前に警察でとられた自白調書はまったく影響していないそうです」とのこと。そうすると、神田記者の取材は何だったのかということになるので、神田記者に聞いてみたところ、名古屋地検岡崎支部への取材(7月上旬)では、支部長が対応しており、担当検察官本人ではなく、個別事案のことをちゃんと把握せずに一般論的に答えたものかもしれないとのこと。「本人が罪を認めている」というのも、検察支部長が自発的に言ったことではなく、神田記者が「業務妨害罪について認めていると?」と問うたのに対して「そういうこと」と答えたものにすぎないようで、あまり確かな対応ではなかったように思われる。

中川氏は、今回の報告で、「どうすればよかったのか」として、次のように書いている。

検察官に認めてもらうにはどうすればよかったのか?

私は法律を知らず、刑事事件における「故意性」「過失罰」など重要なことの意味を理解していませんでした。

今思えば、取り調べの時に行うべきだったのは、故意の否定です。故意を否定するために最も受け入れやすい話をすべきでした。

具体的には、まず検察官が誤解している「大量に」の認識を改めてもらう、つまり検察官の「大量に」の基準が適切でないことを指摘し、この「大量に」は Webの世界では常識的なものだと認識を合わせておく必要がありました。その上で、図書館のサーバに影響が出ることを予想できなかったと認めてもらうことでした。

ところが、故意の否定を明確な目標にせず、図書館のサーバに不具合があることだけを主張してしまったため、故意がなかったことを認めてもらえなかったようです。

検察庁で聞いてきました, Librahack:容疑者から見た岡崎図書館事件, 2010年12月17日

愛知県警生活経済課は、9月の時点でも、市民からの電話取材に対し、サーバ側の欠陥の有無は「捜査に関係ない」と答えていた。中川氏のアクセスによって結果が生じたのだから「因果関係が認められる」としている。たしかに、刑法の考え方では、まず行為と結果に因果関係があることが違法性成立のための要件であり、そこに、サーバ側に欠陥があるからといって、因果関係がないことにはならない。その意味で「関係ない」というのはその通りだろう。中川氏がいくら、サーバ側の不具合を調べて欲しいと求めても一切相手にされなかったのは、その理屈からではなかろうか*3。しかし、重要なのは故意があったか否かであり、違法性があっても故意がなければ犯罪ではない。

故意がなかったことを説明するには、自分のやっていた行為がごく普通のものであり、それによって通常サーバ側に障害が出ることはないと主張するわけで、実際、中川氏は取り調べでそのように主張しているわけだが、それを被疑者本人が言ったところで信用されないのだろう。相手は業界の相場観を知らないわけだから、何か客観的な事実でもってそれを裏付けるしかない。

その一つが、サーバ側の欠陥の存在だったのだと思う。何のためにサーバ側の欠陥を明らかにするのか、客観的な業界相場観の根拠として必要なのだということを、警察官や検察官に説明、説得する必要があったのかもしれない。

それは並大抵の人では不可能だろう。プロである警察や検察がそれを理解しておくのが道理ではないか。

*1 9月下旬に一度お目にかかったが、こう言っては失礼かもしれないが、ごくごく平凡なよくいる普通の情報系技術者だった。私が勤務先で見かけるプログラマーやSEとして派遣で来て頂いている方々に感じるのと似たタイプの方だった。何か主張があるわけでなく、どうしたいこうしたいでもなく、まさにエンジニアという感じで、一方、記憶力や論理性は確かなもので、あれだけのメモを作成できるほどだし、よい大学の情報工学科を出られていて、ご家庭もちゃんとした立派なご両親の家とのこと。

*2 「第1回「技術屋と法律屋の座談会」に参加して」のまとめより。

*3 法律家の間では常識となっている脳梅毒判例というのがあって、脳に病変のある人に暴行したら死亡してしまったという事件で、暴行と死亡の間に因果関係がないと主張したが、認められず、因果関係ありと最高裁で確定したそうだが、これが、法学の典型的な試験問題になっているようで、ググると練習問題がいっぱい出てくる。それらの練習問題を見ていると、あたかも「直感では因果関係が否定されるかのようだが、判例は意外にも肯定するんだよ」と言わんばかりの感じで教えられているので、法学を学んだ人らは、「理系の人は知らないだろうけど、否定されないのだよ」という刷り込みが形成されているのではないか。

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