先週の白浜シンポジウムでは、夜の部で様々な情報を耳にした。驚愕の事実もいくつか聞いたが暗黙にオフレコ前提なのでここに書くということはできそうにない。
ネットエージェントの杉浦社長からも興味深い話を何点か聞いた。いわゆる「キンタマコレクター」(キンタマウイルスにより漏洩させられたファイルを収集し続けているWinnyノード)は、約1000人(ノード)との観測結果(2日間での観測)があるのだそうだ。
キンタマコレクターには2つのタイプがあり、ひとつは、普通のWinnyを使って流出ファイルを手当たりしだいに自動ダウンロードしている者――(A) で、もうひとつは、OpenWinnyやその他の自作と思われるダウンロード専用Winnyプロトコル互換プログラムによるダウンロードをしている者――(B) であるが、この約1000という数値はこれらの両方を含む。それぞれがどのくらいの割合を占めるかについては未調査とのこと。私も追実験して確認してみたいところだ。
どちらのタイプも、その収集の目的はわからない。正当な目的で取得しようとしている者もいるだろうし、単なる覗き見趣味で集めている奴もいるだろうし、犯罪目的で収集しているような連中もいるのかもしれない。いずれにせよ、(A)のタイプは、たとえ正当な目的で収集しているつもりであっても、ダウンロードが同時にアップロードになる(公衆送信の送信を可能化する行為になる)Winnyの特性からすれば、不適切な行為(流出ファイルを二次公開する行為)であるし、ファイルの内容によっては違法行為とされ得る。それを知っておくべきだろう。
最近は会社などの組織で、「P2Pソフト」などの名目で特定のソフトウェアの使用を禁止しているところが多いだろう。そこでしばしば耳にするのは、会社のシステム管理部門が十把一絡に「P2P」なら何でも禁止していて、Skypeまで禁止されるような事態に、社員達が不満の声をあげているという話がある。
不満の理由は、「管理部門の連中はP2Pが何だか理解する能力もない。名称で適当に禁止しやがってアホか」といったものだ。「P2P」ではなく、「ファイル共有ソフト」「ファイル交換ソフト」という括りで禁止している場合もあるだろう。
管理部門が禁止する理由にはいろいろあるだろうから、そう簡単に「管理部門がアホ」としてしまうのはよくない。何が禁止理由になっているのかを明確にしていく作業が必要だろう。
ここでは、まず、ファイル交換ソフトまたはファイル共有ソフトについて検討してみる。
会社の管理部門が使用を禁止する理由のひとつには、機密管理の理由から、ファイルを他人に送信できるようなソフトウェアを全て禁止にしたいということがあるかもしれない。その意味では、電子メールだってファイルを他人に送信できるものなわけだが、メール中継サーバ(MTA)でフィルタリングを実施している会社ならば、それ以外の方法でのファイル送信を制限するということになるのだろう。その方針がない会社の場合であっても、外部からアクセス可能なサーバを許可なく立ち上げてはならないという方針の会社もあるだろう。
ここで、BitTorrentについて検討する。BitTorrentの使用を禁じている会社もあるという話をしばしば耳にする。そして、それに対する不満の声も耳にする。
BitTorrentの基本的な使い方は「ファイルのダウンロード」である。もしその会社の方針が、従業員のWeb閲覧、Webからのダウンロードに対して制限しないものである場合、「なんでBitTorrentは駄目なんだよ!管理部門はBitTorrentが何か理解してないだろ!」という不満が出てくることになる。
BitTorrentが、実態として、著作権侵害ファイル(著作者に無断で公衆送信を可能化すると著作権法違反になるファイル)のために使われることが多いことから、BitTorrentに悪いイメージを持つ人が少なくないようだが、再配布が自由な大規模ソフトウェア(OSなど)の配布などにも使われており、正当な使用方法も十分に存在する。そのため、「正当な目的で使おうとしているのに、使用禁止だなんて、管理部門はわかってないだろ。」という声が出てくるわけだ。
だが、次の点に注意したい。
BitTorrentで「ダウンロード」する行為は同時に「アップロード」する行為にもなる。再配布が自由なファイルを「ダウンロード」する行為は何ら問題がないわけであるが、無断で公衆送信可能化することが著作権法違反になるようなファイルを「ダウンロード」する行為は、送信可能化権侵害の責任を問われる可能性があり得る。使い方によって、禁止すべき行為と、そうでもない行為があるわけで、ここが難しい。
もし、従業員の全員が、この「ダウンロードが同時にアップロードになる」という仕組みのことを理解し、公衆送信すると違法になるファイルかどうかを常に意識しながら「ダウンロード」するのならば、BitTorrentの使用を自由としてもよいかもしれない。(Webでのダウンロードに何ら制限を設けない方針の会社の場合。)
だが現時点ではそのような理解は従業員に普及していないだろう。従業員が、Webでのダウンロードと同じ感覚で、BitTorrentでの「ダウンロード」をしてしまい、公衆送信権侵害等の責任を問われる事態が生じかねない。
こういった理由で管理部門がBitTorrentの使用を禁止することは理解できる。
したがって、技術フリーク達にとって、BitTorrentの普及を願うならば、次の啓発活動が必要になる。
今、著作権法改正に向けた検討で、ファイル交換ソフトによるダウンロードを私的複製の範囲外にしようという動きがあるというが、こうした、ダウンロード/アップロードの区別の理解が人々に普及しないことが原因で、十派一絡げにダウンロードごと違法化してしまえということになっているようにも感じられる。
会社の管理部門の方針ならともかく、国の方針として一律にそこまで規制してよいのかという疑問は出てくるだろう。十派一絡の規制を避けるためにも、今こそ、上のような区別の理解を普及させるべきだ。
そのためにも、まず、各種ファイル交換ソフト毎に、それぞれが「ダウンロードが同時にアップロードになる」タイプなのか、「ダウンロードはダウンロードにしかならない」タイプなのか、分類しておきたいところだ。
先月、発売前の漫画作品をWinnyに放流していた2人が公衆送信権侵害で逮捕される事件が起きた際に、ACCS(コンピュータソフトウェア著作権協会)が次の声明を出していた。
Winnyの「合法的な利用」に関して、自分で撮った写真や自分が作詞作曲した楽曲などをアップロードする利用があり得ることをもって正当化しようとする意見がありますが、前出のファイル交換ソフト利用実態調査を通じては、このような利用はごく少数にとどまっているものと考えます。さらに、現状の Winnyネットワークでは、参加するだけでファイルの断片を勝手に中継させられるという機能があることからも、完全な合法利用と言い切るのは無理があると考えます。
また(略)ことから、現在のWinnyが合法利用にも役立つとの主張は、机上の空論と言わざるを得ないのです。
以上の理由から、ACCSは、Winny利用者に対し、Winnyは、そのネットワークに参加した時点で違法な送信行為に「加担」しているということを警告し、Winnyの利用をやめるよう求めます。
この啓発方法は、論拠が過剰なため理解を得られそうにない。
これを言い出すと、「ならISPのルーターも違法かよ!」とか「Skypeも潰す気か!」という声が出てくるのは目に見えている。案の定、即座に次の指摘が出ていた。
京都地裁の公判で村井教授が証言したように、システム自体は価値中立的なものであり、(略) 単に中継しているだけで個々のファイルについて個別的な認識を持たない利用者の行為まで違法と決めつけその責任を問えるか、という疑問は当然生じるでしょう。
P2P技術の有用性、将来性が強く指摘され、実際に活用(「悪用」ではなく)もされつつある中で、「現状」を過度に強調して、合法利用を「机上の空論」と決め付けてしまって良いのか、ということは、考えてみる価値のあることではないかと思います。(以下略)
「P2P技術」で十派一絡にする典型的な(非技術者が陥りやすい)雑な印象論になってしまっている。一般に、過剰な論拠を持ち出すと、議論が雑なものとなり、不毛なやりとりに終始してしまいがちなので注意したい。*2
言うまでもなく、ACCSのこの啓発活動の目的は、著作権侵害を抑制したいというところにあるだろう。私は著作権侵害の抑制には関心がないが、不本意な流通を止めたいという点ではACCSと共通するところだ。
不本意な流通を阻止したいというだけであれば、上のエントリで書いたように、「ダウンロードすると同時にアップロードになる」ということを言えばいい。ACCSの場合であれば、次のように言えばいいだろう。
Winnyをまだ使い続けている人達は、「自分はダウンロードしているだけだから合法だ」と思っていませんか? Winnyの場合、ダウンロードしたファイルはそのまま他人に提供する(公衆送信する)仕組みになっています。そのことを知ってください。著作者に無断で不特定多数に提供すると著作権侵害になるようなファイルについては、Winnyでダウンロードするとあなた自身の責任が問われます。ダウンロードしてよいファイルなのか、いけないファイルなのか、自分で区別できない方には、Winnyを合法に使うことは困難です。ACCSは、そのようなWinny利用者に対し、Winnyの利用をやめるよう求めます。
(妥当な勧告の例文)
それなのに、「参加した時点で違法な……」という過剰な論拠を持ち出すのはなぜなのか。
先月のACCSの声明は、「Winnyが合法利用にも役立つとの主張は机上の空論」という点が主題になっている。「自分で撮った写真や自分が作詞作曲した楽曲などをアップロードする利用があり得ることをもって正当化しようとする意見」(またはそういう主張をする人間)のことが気に食わないのだろう。だが、それを否定することは、ACCSの目的(著作権侵害の抑制)を達成するために必要なことだろうか?
「Winnyが合法利用にも役立つとの主張」をしている人達は、本気でそのような利用をしたいと思って言っているわけではなかろう。彼らは、Winnyの作者が著作権法違反幇助に問われた裁判で、被告の弁護に必要な論拠として、「Winnyが合法利用にも役立つ」事例の存在を作り出すために、そう主張しているのだろう。(これについては、2006年4月14日の報道ステーションの映像が興味深い。)
ACCSは金子被告を有罪にすることも目的としているのか? その必要はあるのか?
たしかに、Winnyと同類のソフトウェアを開発する輩が今後現れることを牽制するために、金子被告が有罪となる方が、著作権侵害を抑制する目的において都合がよいという発想はあり得る。しかし、それはあまり望めない効果だろうと思う。一審判決を見る限りでは、不言実行ならば同じ理屈による処罰は難しいように思われる*3。
今なすべきことは、「ダウンロードが同時にアップロードになる」仕組みを知れという啓蒙ではないか。岡山県警の流出事件で「他人への譲渡などはなかった」とされてしまった事例、一部の県警に問い合わせるとダウンロードが違法になり得る事実の認識が警察職員に欠けていることがわかる件、北海道新聞社の記者がWinnyでダウンロードしたことを公言して憚らなかった事例、また、テレビ局が協力者にカメラの前でWinnyでダウンロードさせる様子を放映(「特殊なソフトを使用しています」といった注意書きなしで)する事例が後を絶たないことなどに見られるように、この啓発がまだまだ全然足りていない。
ACCSの活動には「Winnyではダウンロードは同時にアップロードになる」という事実の周知を期待する。私とは目的が異なるが、流出情報の不本意な流通を抑制するためにもそれをやってほしいと思う。
*1 誰かやって!
*2 一般に、「完全な○○と言い切るのは無理がある」というような表現を使わざるを得ないようなことは、言わない方が議論の目的にとって得策だと心得るとよい。
*3 関連:Winny事件判決で考える内面の問題, 神近博三, 日経ITPro, 記者のつぶやき