6月1日にITmediaからこんな記事が出て各所で話題となっていた。
この記事は一読して変だと思った。何が変なのかと、もう一度読み返してみると、ようするにこの記事は、事実と伝聞と推論と意見がごちゃまぜに書かれていて区別されていない。こういった文章に必須の基礎が守られていない。
この記事の肝は次の部分であろう。
セクハラ相談などを受け付けている東京労働局雇用均等室によると、性的なスパムメールは、男女雇用機会均等法上で事業主が防止を義務づけられている「性的な言動」に当たり、受信を防止せずに放置した場合は「環境型セクハラ」とされる可能性が高いという。
会社宛ての“エロスパム”、対処しないとセクハラに?, 岡田有花, ITmedia, 2007年6月1日
東京労働局雇用均等室の話をベースに書かれた報道記事の体裁をとっている。したがって、読者は、この記事の内容は東京労働局の見解に沿っていると思って読む。
しかし、続きを読んでみるとどうもおかしい。
まず、
厚生労働省の告示(2006年615号:PDFへのリンク)によると、性的な言動とは「性的な内容の発言と性的な行動」で、社内にわいせつなポスターを掲示したり、裸や水着の女性のスクリーンセーバーを使用したりする場合などもこれに含まれる。性的なスパム受信をフィルタリングせず、結果的に従業員に閲覧を強要する場合もこれに当たるというわけだ。
会社宛ての“エロスパム”、対処しないとセクハラに?, 岡田有花, ITmedia, 2007年6月1日
この段落は、前半は告示に書かれている事実の紹介が書かれており、後半は、spamの件がそれに当てはまるという見解だが、誰の見解なのかというと、明確には書かれていないものの、「……というわけだ」とあることから、前の段落の東京労働局の話を噛み砕いた解説と読むのが普通だろう。
次に、
環境型セクハラとは、性的な言動や行動によって労働者が不快な思いをしたり、仕事に支障が生じたりするセクハラを指す。性的なスパムを受け取ることで不快な思いをしたり、仕事が手に付かなくなったりするケースがこれに当てはまる。
会社宛ての“エロスパム”、対処しないとセクハラに?, 岡田有花, ITmedia, 2007年6月1日
この段落では、「これに当てはまる」と書かれているが、誰の見解かは不明であり、もはや東京労働局の見解なのかどうかわからなくなっている。
次に、
今年4月1日に施行された改正男女雇用機会均等法では、事業主のセクハラ防止が「配慮義務」から、具体的な措置を求める「措置義務」に変わった。経営者がとるべき措置は、前出の厚労省告示に9項目定められており「セクハラを認めない方針の明確化と周知・啓発」「セクハラが起きた場合の迅速な事実確認と対処」などが含まれている。
会社宛ての“エロスパム”、対処しないとセクハラに?, 岡田有花, ITmedia, 2007年6月1日
この部分は、法改正で「配慮義務」が「措置義務」に変わったという事実が単に書かれている。
しかし、次の、
スパム問題に当てはめると、性的スパムの受信強要というセクハラが起ないよう、経営者はサーバレベルで可能な限りシャットアウトするよう努め、そのために具体的な防止措置を講じる義務がある──ということになりそうだ。スパム受信が実際に起きてしまっているなら、ただちに事実を確認し、防止策を講じる必要があるだろう。
会社宛ての“エロスパム”、対処しないとセクハラに?, 岡田有花, ITmedia, 2007年6月1日
この段落がかなりおかしい。「当てはめると」というのは誰による検討なのか? 「ということになりそうだ」というのはどういうことか? 誰の予測なのか? 識者なのか? 世論なのか? 東京労働局なのか? 「ただちに……必要があるだろう」というのは誰の見解なのか?
単に記者の見解を書いているだけなのなら、ニュース記事の体裁でなく、blogにでも書いたらどうか。「ということになりそうだ」などと「一流マスコミ」ばりの表現を使ったりせず、「と思う」と書いたらいい。
さらに、
「サーバレベルでのスパム対応はコストがかかる」として経営側が対応をおろそかにした場合、労働局から行政指導を受ける可能性があるほか、「義務違反で精神的苦痛をこうむった」として従業員から損害賠償を請求される可能性もある。
会社宛ての“エロスパム”、対処しないとセクハラに?, 岡田有花, ITmedia, 2007年6月1日
この段落もかなりおかしい。可能性があると断定しているが、内容を見てみると、セクハラ一般について、措置義務を怠った場合に行政指導の可能性や損害賠償請求の可能性があるというのは事実であろうが、「サーバレベルでのスパム対応」についてその可能性があることは、「サーバレベルでのスパム対応」を怠ることがセクハラに該当するという前提で成り立つことであり、これは推論である。成り立つかどうかが不確実であれば、このように断定することはできない。
結局、どこまでが東京労働局雇用均等室の見解なのか、記者の文章が下手で読み取れないことが、この記事を変なものにしている。
そこで、6月4日に東京労働局雇用均等室のセクハラ相談窓口に電話で尋ねてみた。
問い合わせた内容は次の通り。
検討して折り返し返事を頂くことになり、翌日に電話で以下の内容の返事があった。
厚生労働省本省に照会して結論を得るのでしばらく待って欲しい。(波及効果の大きい問題と考えるので。)
今しがた他にも同様の問い合わせがあったところだ。
そして、12日に回答があった。厚生労働省本省の見解として承認をとった正式な回答だという。回答の内容は以下の通り。(電話で受けた説明を私が文章にまとめたもの。)
spamを見て嫌だと思わない人もいる。環境型セクハラかの判断では主観も重視するが客観性も重視することになっている。spamを受信してしまう状態が環境型セクハラであるとは必ずしもいえない。ただし、spam受信が嫌だという抗議を受けてそれに対処しない場合は、環境型セクハラに該当し得る。
spamを受信しないようにしておかないと処置義務違反になるかについては、
などの、その他の対処方法もあるのだから、必ず遮断しないと措置義務違反ということではない。
- メールを仕分ける方法を周知する
- メールを開かなくても業務上問題ないなどの指示する
これはITmediaの記事とはずいぶん見解が異なっている。ITmediaの記事では、従業員がspam受信が嫌だと意思表明をしていることを前提とせずに書かれており、いきなり、
性的なスパムを放置し続けるとセクシャルハラスメント(セクハラ)と認定され、会社が行政指導の対象となったり、訴訟に直面することもありうるのだ──。
会社宛ての“エロスパム”、対処しないとセクハラに?, 岡田有花, ITmedia, 2007年6月1日
と結論付けている。
これはいったいどういうことかと、東京労働局に「ITmediaには何と答えていたのか」について再び尋ねると、次の通りの返事だった。
誰が問い合わせを受けたか調査した。現在の東京労働局の担当者と3月までの前任者の全員に確認したが、女性の記者とかITmediaという媒体から取材あるいは問い合わせを受けたという事実は確認できなかった。
東京労働局機会均等室では回答していなかったという。では、記事の「東京労働局雇用均等室によると……とされる可能性が高いという」というのは、いったい何なんだろうか?
なお、東京労働局機会均等室によると、その後さらに2人から、計3人から同様の問い合わせがあったとのことで、3人目の人はITmediaのこの記事を見て問い合わせているとのことだったという。やはりこの記事に疑問を持った人は少なくないのではないか。
ITmediaはネット界の朝日新聞になりたいのだろうか。