昨日のNHKニュース10で「子どもの登下校に小型の発信機」と題したコーナー が放送されていたが、また事実と異なることを言っていた。
奈良市の事件を受けて教育現場では、児童の安全な登下校が課題になっていま す。静岡県の島田市では今日から、人工衛星で児童の位置を確認できる小型の 発信機を、希望する小学生に持たせる取り組みを始めました。
(略) 島田市の教育委員会が配ったのは、大手の警備会社が作った小型の発信機です。 元々一人暮らしなどの高齢者を対象に開発されました。子どもの居場所は警備 会社のホームページで地図に示されます。発信機の信号を人工衛星が 捕らえ、子どもが今どこにいるのかを知ることができます。
(報告 金森大輔 NHK静岡)
NHK, ニュース10, 「子どもの登下校に小型の発信機」, 2004年11月22日
違うっての。
紹介されていたのは、綜合警備保障の「あんしんメイト」であり、 これは、GPSで位置を計測してNTTドコモのDoPaサー ビス(携帯電話網を使用している)を使って送信する仕組みのものだ。 断じて、人工衛星に向けて発信するシステムではない。
念のため、GPSがどういうものか大雑把に書いておくと、電波を出すのは人工 衛星の方で、GPS対応端末はそれを受信する。電波には正確な時刻情報が乗せ られていて、GPS対応端末が複数の人工衛星からの電波を受信すると、それぞ れの時刻に差が生ずるので(電波は10メートル進むのに0.03マイクロ秒かかる ので)、各々の人工衛星からの距離が計算でき、これを元に位置を求める。
どうにもこう「人工衛星は何でもお見通しだ」みたいな勘違いは根強いようだ。 こういう映像*1 がそういうイメージを招いているのだろうか*2。 そもそも、この図か らして誤解を助長している。人工衛星と自動車が双方向に通信する図になって いるし、人工衛星が1台しかない。
そして、そうした勘違いをRFIDタグ推進派が逆手にとることもある。
たとえば昨年11月の「RFID Privacy Workshop @ MIT」で、ThingMagic社の「Physics of RFID」と題した招待講演のスライドの最後 のページ「Conclusions」には、
- There are serious practical limitations to passive RFID read range.
- It is not practical to read a passive UHF RFID tag from Earth orbit.
- Improvements to tag IC design will yield commercially helpful, but probably privacy insignificant increase in read range.
と書かれている。(以下ちょっと日本語訳)
・パッシブ型RFIDの読み取り範囲には容易ならない実用上の制限がある。
・衛星軌道からUHF帯のパッシブ型RFIDタグを読むことは実際的でない。
・タグのIC設計の改良は商業的に役立つものとなっても、読み取り範囲について プライバシー上の増大はたぶん取るに足らないものとなるだろう。
これに引き続き開催された「RFID Town Meeting」では、その議事録による と、CASPIANのKatherine Albrecht氏が次のように述べたとされている。
We never said that passive tags could be read from satellite. But International paper says that they are using satellites to track passive tags as they move about the supply chain in trucks. They have a passive system that reads the footprint of the truck that is connected with a GPS receiver and some transmitters that uplinks the data to a satellite.
(以下ちょっと日本語訳)
人工衛星からパッシブ型タグが読み取られ得るなんて言ったことな いわ。でも、インターナショナルペーパー*3が、サプライチェインを貨物が動き回るのをパッシブタグで追跡 するために、人工衛星を使っていると言っていたわ。彼らは、貨物の足跡を読み取る パッシブシステムを持っていて、それはGPS受信機に接続されいて、何かの送 信機がデータを人工衛星に送信するの。
(うーむ、人工衛星にアップリンクするというのは、衛星携帯でも使うのだろ うか? まあいいか。)
また、日本でもこういう話があった。
最近よく記事で目にするゴマ粒チップについて聞きたいのですが,このチップ を埋め込んだシールを作って自分の大切なモノに張っておくと,GPSなどの位 置情報システムと連動して所在地が分かるの?
消費者に理解されていない「ICタグ」, 栗原雅=日経コンピュータ, 2003年8月7日
立教小学校の実験の話が、詳しく説明された記事が専門誌に出た。
――導入するきっかけはどんな構想ですか。
石井 先生の(雑用など)労力軽減に役立つほか、児童の安全対策も同時に実 現できるのではないかと思いました。(略)
例えば児童の出欠(点呼)をとる手間を何とか削減できないかと考えていまし た。(略)
一方、学校内、厳密にいうと校門をくぐった時点から校内の責任は学校にある と考えています。反対に校門を出た時点から(前提として社会治安や物理的な 安全性など公共的な諸々条件が加味されるが)は児童自身と保護者の責任が前 提になると考えています。そこで、登校時に何時についたか、反対 に下校時は何時だったかを把握することで、一人一人の安全を確認できます。
しかも、登下校時ですから個人のプライバシーを侵すことはありません。(略) なかにはGPSを使ったセキュリティサービスを提供する警備会社も ありますが、これは加入者が同意した上で申し込んだ者がサービスの提供を受 けるもので、同様な事を学校側が実施するとなると、過剰教育、つまり、プラ イバシーに抵触する可能性があると考えました。(略)
――いつ頃に導入決定をしたのですか。
石井 学期毎に保護者全員の参加が前提の「PTA総会」を行っていますが、 年度内2回目となる総会を9月18日に開催し、その席上、田中校長が児童の安 全確保に対する考えや、その一環として当システム導入する趣旨などを説明し ました。総会で多くの質疑応答や批判などが出た場合はこの計画は取り止めに なったかも知れませんが、幸いにして殆どの保護者から同意を得られましたと 認識しています。というより、『何重でも良いから、子供達の安全 を守ってほしい』という意見・要望が大半であったと思っています。
――今回のシステムは全校児童を対象にスタートとしたのですか。
石井 いえ、(略)
というのも、屋外で、且つ、子どもを対象にした実証試験は実施されておらず、 またRFIDタグも、物流などに用いられるものとは全く異なり、新たに 開発された専用の製品を投入しましたから、正確に機能するかなど を確かめる意味からあくまで実証実験という段階です。(略)
――今後のスケジュールや抱負などはいかがですか。
(略)その事に限らず、ICタグによる技術の可能性は、学校業務の軽 減と言うことに関して、大きな広がりを持っていると考えています。 例えば、遠足などの行事での点呼は重要であるにもかかわらず、非常に煩雑で 教員の労力の多くが割かれてしまっています。(略)このような労 力を、機械によって可能なことは極力、機械化し、児童との教育的な関わりに、 教員の最大の労力を割いてもらうことが、最も重要だと考えています。
「物流などに用いられるものとは全く異なり、新たに開発された専用の製品」 というのは、暗号機能を搭載しているのだろうか。以前電話でた ずねたときは、専用の製品だが暗号機能は搭載していないとのことだった が。
和歌山県田辺市の小学校でのランドセルタグ実験が実施されたことが 報道されていた。
総務省近畿総合通信局の「公共分野における電子タグ利活用に関する調査研究会」(座長=佐藤周・和歌山大学経済学部助教授)は5日、田辺市新庄町の新庄第二小学校での実験を終え、報道関係にシステムを公開した。(略)
実験は10月25日から11月5日まで行われ、同校の全校児童173人の うち、159人が参加した。
総務省 など実験 あの子は登下校できた? ICタグで行動確認, 紀伊民報, 2004年11月7日
14人が参加していないという計算になるが、理由は何だったのだろうか。
ランドセルに取り付けたICタグは自ら電波を発信しないパッシブ方式で、UHF帯周波数を利用。電池を使わないため半永久的に利用できるほか、広い範囲でタグを読み取ることができるのが特徴という。
総務省 など実験 あの子は登下校できた? ICタグで行動確認, 紀伊民報, 2004年11月7日
ということは、国内での使用が認められていない 950MHz帯タグの使用許可を 総務省から得て実験したのだろうか。
また、校外の安全対策として校内にある「探検の森」を町中の遊び場と想定し、 リストバンドタイプのICタグを使った実験もした。
総務省 など実験 あの子は登下校できた? ICタグで行動確認, 紀伊民報, 2004年11月7日
当初計画されていた、校外に読み取り器を設置する実験は、けっきょく行われ なかったということか。こちらの実験ではアクティブ型が使われているような ので、第三者に読み取られて悪用される危険に配慮したということだろうか。
となると、実用化できるできないの指針はこの実験で得られたと言えるのだろ うか?
また、別の報道によると、写真撮影までしたそうだ。
◆校舎にアンテナ、通れば写真撮影
(略)校舎の玄関に設置した平面アンテナが、タグ付きのランドセルを背負っ た児童が通過する瞬間に電波を発射。本人と確認できれば証明写真を 撮影する仕組み。データを検出すると電子メールで保護者に連絡、 インターネット経由で写真を見ることもできる。
(略)総務省近畿総合通信局は「子供の行方がわからなくなった際、迅速に対 応できるメリットがある。地域に安全と安心を届けられるよう、実用化を目指 したい」としている。
ICタグで登下校確認 総務省など、田辺市の小学校でシステム公開, 大阪読売新聞朝刊, 2004年11月6日
「タグが通過する瞬間にアンテナが電波を発射」というのは、またもや事実と 異なる報道。電波は常に照射されている。「本人と確認できれば」とあるが、 本人確認をするわけではない。これも誤報。
今月の各紙報道によると、UHF帯RFIDの通信距離を長くする技術改良が進んで いるとのことだ。
三菱電機は十一日、九五〇メガ(メガは百万)ヘルツで通信するICタグ(荷 札)の読み取り装置間で起きる電波干渉を回避し、国内最長となる 約七メートルの通信距離を確保する技術を開発したと発表した。(略)
今回発表された技術は、物流・商品管理での利用が見込まれるUHF(950MHz)帯RFIDにおいて、RFIDタグからの電波を受信するリーダー装置同士で発生する干渉を、独自の「送受周波数分割方式」で回避するもの。さらに微弱な電波の受信電力からより高い電圧を得るための「微弱電界レクテナ技術」を適用することで、電池を搭載しないパッシブ型RFIDタグにおいて最長7m離れた場所からの読み取りが可能となるという。 (略)
従来のUHF帯RFIDシステムはリーダーから送信される電波と、タグからの微弱な反射波によるレスポンスが同一のチャンネルであったため「最大10km範囲内に 同じチャンネルを利用するリーダーが稼働していると電波干渉が起こり 正確な読み取りができない恐れがあった」。
UHF帯のパッシブ型RFIDシステムでは、13.56MHzを使うICカードの電磁誘導式と は異なり、リーダからの強い電波によって電力を供給するシステムであるため、 リーダの信号が広範囲に届いてしまう。上の報道によれば、その距離は10 キロメートルに及ぶようだ。
アンチコリジョン機能(同時に複数のRFIDタグを読むための機能)を搭載して いる場合、単純な方式では、リーダがタグに対して「xxxx番のタグさん応答し てください」という指令を送ることになる。この指令の信号に、タグのID番号 がそのまま入っている場合には、正規のリーダで読み取られている他人のRFID タグのID番号が、10キロメートル先にいる第三者から読まれてしまうことにな る。
この問題は、「forward channel」の問題として以下の論文などで議論されて いた。
Although readers may only read tags from within the short (e.g. 3 meter) tag operating range, the reader-to-tag, or forward channel is assumed to be broadcast with a signal strong enough to monitor from long-range, perhaps 100 meters. (略)
One security concern is the strong signal of the reader-to-tag forward channel. Eavesdroppers may monitor this channel from hundreds of meters and possibly deriving tag contents. Of particular concern is the binary tree walking anti-collision algorithm, because the reader broadcasts each bit of the singulated tag’s ID.
論文はこのように懸念していたわけであるが、その距離は 100メートルどころ か、10キロメートルも先で干渉してしまうほどらしい。
このように、電磁誘導方式でないRFIDシステムでは、アンチコリジョンの方式 にもプライバシー上の配慮が必要である。電力供給と選択指令を別のフェーズ に分けて、選択指令のフェーズでは微弱電波とするなどの対策が考えられるが、 実際のシステムではどうなっているだろうか。読み取り速度が落ちるからそう いうことはしないだろうという予感がするが。
日立製作所は来春、情報の書き換えが可能なICタグ(荷札)用チップ「ミュー チップRW」を発売する。(略)
周波数は従来品と同じ二・四五ギガヘルツだが、通信距離は三倍の約 一メートルに伸びる。
書き込み可能型のミューチップが登場したとのこと。電子マネー用途というこ とは、暗号機能も搭載したのだろうか。
日立製作所は10月1日から東京・丸の内の新本社で、無線通信可能なICタグ (荷札)を使った来客管理システムの本格運用を開始した。タグを取り付けた 入館証を来客者に渡し、許可された区域は自由に行動できるようにする一方、立ち入り禁止区域には入れない。安全管理体制を強化するとともに、 同社が手掛けるタグを利用するシステムの認知度を高め販売につなげる。
(略)
カードの価格は1枚100円以下で、入館証として普及し始めた電波通信型IC カードの10分の1以下。10月から同様のシステムの外販も始めた。
やはり暗号機能を搭載したのだろうか。でないと、リプレイ装置で社員から読 み取ったIDでなりすまして、禁止区域にその社員のIDで入られてしまうからな あ。それは「安全管理体制」と宣伝するにはまずいから、暗号機能を搭載でき たに違いない。それが従来の暗号機能搭載ICカードの10分の1以下の価格とは、 画期的な技術だ。すごい。
阪急百貨店とNTTコミュニケーションズはICタグ(荷札)を使って、買い 物客同士が互いに店内のどこにいるか確認する実験を始める。店内 に設置した表示装置に客がICタグをかざすと、別行動している連れの客の居 場所が表示される。家族やグループで来店した客が、それぞれ自由に 買い物しやすくなる。(略)
阪急百貨店は、家族連れやカップルの顧客に協力してもらい、電子荷札「IC タグ」を使って、店内で互いの居場所を確認する実験を行う。 百貨店では初めて電波発信タイプのICタグを使い、(略)
(略)十七日から十二月二十一日まで、大型商業施設「ダイヤモンドシティ・ プラウ」(大阪府堺市)内の「北花田阪急」(一―三階、約一万六千平方メー トル)で実施する。
十六歳以上の来店客に、二人一組でICタグ(縦約五センチ、横約三センチ) をそれぞれ持ち、別々に買い物をしてもらう。タグから発信された電 波は、各階に六か所あるアンテナがとらえる。(略)
タグをポケットに入れたままでも電波発信に支障がなく、 トイレなど電波が届かない所にいる時は、最後に電波をとらえたアンテナの場 所と時刻を表示する。(略)
ほほう。これはつまり、「買い物客同士が互いに店内のどこにいるか確認する実験」 と説得しながら、客の動線追跡マーケティングの実験をしたいのだなと。実験 で、プライバシーポリシーがどう若いカップルに説明されているかが興味深い ところだ。
動線分析の段階で個人を特定しないようにするのだとしても、それを、 「お連れ様の所在確認システムですよ!」と勧められるという、 そのいやらしさ、あるいはさりげなさを、消費者たちはどう感じ取るだろうか。
*1 人工衛星が地球を見下ろし、街を歩く人にズームする映像。
*2 このビデオはかえってこ の製品の印象を悪くしてしまっていやしないだろうか。
*3 米国の製紙会社International Paperの ことか?
*4 末尾に「2004年7月25日号より」とあるのは誤りか?
少し前にリニューアルされた高木浩光さんのサイト(現在の名称「自宅の日記」)に、11.23付けでRFID関係の書き込みが複数あった。 この中で、(ランドセルRFIDの)立教小学校の石井先生へのインタビュー内容が紹介されている(ソースはセキュリティ産業新聞社)。 他のト..
ショッキングなニュースというのは冷静な判断をできなくすることが往々にしてあるが、今までの慣習を変えるのには絶大な効果もある。 ...