この日記エントリは以下の文書を読んだ上でのものである。
まず、判決要旨(原文)には次の通り書かれている。
6. 被告人に対する著作権法違反幇助の成否
(1) 弁護人らは,被告人の行為は各正犯の客観的な助長行為となっていないとも主張するが,前記のとおり,被告人が開発,公開したWinny2が○○及び△△の各実行行為における手段を提供して有形的に容易ならしめたほか,Winnyの機能として匿名性があることで精神的にも容易にならしめたという客観的側面は明らかに認められる。
(2) もっとも,WinnyはP2P型ファイル共有ソフトであり,被告人自身が述べるところや村井供述等からも明らかなように,それ自体はセンターサーバーを必要としないP2P技術の一つとしてさまざまな分野に応用可能で有意義なものであって,被告人がいかなる目的の下に開発したかにかかわらず,技術それ自体は価値中立的であること,さらに,価値中立的な技術を提供すること一般が犯罪行為となりかねないような,無限低な幇助犯の成立範囲の拡大も妥当でないことは弁護人らの主張するとおりである。
(3) 結局,そのような技術を実際に外部へ提供する場合,外部への提供行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは,その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識,さらに提供する際の主観的態様如何によると解するべきである。
そこで,(以下略)
京都地裁平成16年(わ)第726号著作権法違反幇助事件 判決要旨
P2P方式一般が……ではなく、Winnyという個別の技術が有意義で価値中立的であると断定している。さしたる根拠もなく「村井供述から明らか」としている。
このことについて、いつも僕らインターネット技術者に理解を示してくださるジャーナリストの佐々木さんは、次のようにおっしゃる。
おそらく多くの技術者が気にしているのは、今回のWinny有罪判決が今後のソフトウェア開発に、どのような影響を与えるのかということだろう。(略)
まず第1に注目しておかなければならないのは、この有罪判決によってWinnyというソフトウェアそのものが否定されたことではないということだ。氷室真裁判長は、判決理由の中でこう述べている。「Winnyは、それ自体はセンターサーバを必要としない技術の一つとしてさまざまな分野に応用可能で有意義なものだ。技術自体は価値中立的であり、価値中立的な技術を提供することが犯罪行為となりかねないような、無限定な幇助犯の成立範囲の拡大も妥当でない」。
つまり裁判所は、Winnyの技術には価値があり、ソフトそのものは「中立」であってそれがイコール犯罪になるようなことはない、と明確に言い切っているのである。この裁判では、検察側は一貫してWinnyそのものが犯罪的だと主張してきた。例えば初公判の冒頭陳述で検察官はこう述べている。(略)
しかし裁判所は、ソフトそのものに犯罪助長性があるという検察官の考え方を却下した。(略)
純粋な技術開発のためにソフトを開発し、その結果、逮捕・起訴されてしまうような社会は間違っていると私は思う。しかし今回の京都地裁判決は、そのようなことを認めたのではない。この事実を認識しないまま、いたずらに「不当判決だ」と地裁を批判するのは無意味だし、生産的ではないのではないか。今回の Winny事件は、はっきりいってかなり特殊なケースなのである。
ここで、一般に、次の2つの司法判断を想定してみる。
(a) 違法な利用目的以外に利用価値のない技術(違法目的以外の利用には他の十分な技術が存在する)について、開発者が犯罪幇助の罪で処罰される。
(b) 有意義で価値中立的な技術について、開発者が犯罪幇助の罪で処罰される。社会における現実の利用状況に対する開発者の認識によって。
どちらが技術者にとって不安が大きいか。
革命を起こす目的で確信犯を承知で(a)のソフトウェアを開発し提供する技術者にとっては、(b)の方が不安が小さいだろう。利用状況に対する認識と提供する際の主観的態様を露呈しないように潜んでいればよい。
しかし、有意義で価値中立的な技術を生み出しているつもりの世の大半の技術者にとっては、(a)の方が不安が小さい。なぜなら、違法な利用目的以外に利用価値のない技術など、はなっから開発しようなどとは考えもしないでいるからだ。(YouTubeを提供するのも、本来の目的があってこそだろう。)
善良な技術者は、(a)の司法判断が出ることなど気にもしていない。今回の一審判決で(b)の司法判断が下されたからこそ、今後のソフトウェア開発に萎縮効果をもたらしかねないと懸念しているはずだ。
ここで、次を見てみる。
この元検弁護士さん(以下、矢部弁護士)は、朝日新聞の14日の社説を参照して、今回の事件を高性能自動車の開発者が幇助罪に問われないことに喩えてはならないと主張する。一般論として喩え話が議論上邪魔になることには同意するが、矢部弁護士は、この件についての比喩として失当だとする根拠について、単に「違う行為だから」ということしか言えていない。
矢部弁護士は、まず、「高性能車の提供が速度違反の幇助に当たらないことは常識と言っていい」とした上で、そのこととWinnyの件とは独立だという(当たり前な)ことを言っている。その後に、「それでは「逃げた」と言われそうですので」として、個別の検討を加えている。だが、その個別の検討は、「高性能車の販売は速度違反幇助にならないのか」について大半の文章を費やしており、Winnyについては最後で次のわずか3行しか検討していない。
じゃあウィニーも同じじゃないのか、という意見もあると思いますが、違うというのが私見です。
ウィニーは、客観的にみて個々の著作権侵害行為を容易にしていると認められます。 その最も大きな要素は、ron さんが説明してくださった匿名性だろうと思っています。
高性能車とウィニー, 元検弁護士のつぶやき
匿名性については、この判決でもその価値を否定していない。最終弁論を傍聴したが、弁護側は匿名性の機能はプライバシーのために必要な技術であると主張していたし、村井証人も次のように証言したとされている。
さらに匿名性について、情報システムにおいては匿名性の確保は追及すべき重要性の高い技術だと説明。プライバシーの保護や、電子投票のシステムなどを考える上で、どのように匿名性を担保するのかといった研究は広く行なわれているとした。
判決はこれを否定しておらず、村井証人の供述を全面的に採用して「さまざまな分野に応用可能で有意義なものであって,技術それ自体は価値中立的である」としている。
判決要旨の原文では、匿名性について、「実行行為における手段を提供して有形的に容易ならしめたほか,Winnyの機能として匿名性があることで精神的にも容易ならしめたという客観的側面は明らかに認められる」という記述があるが、直後の段落で「もっとも」と接続して「有意義なもので価値中立的である」としている。「手段を提供して有形的に容易ならしめた」と「匿名性があることで精神的にも容易ならしめた」は並置されており、「手段を提供して有形的に容易ならしめた」については、Webサーバの提供であっても同じであることからわかるように、ここに並べられた「客観的側面」のみから直ちに違法性の根拠とされているものではない*1ことがわかる。*2
つまり、矢部弁護士が言うところの、Winnyが高性能自動車と違う点、これを判決は有罪とする根拠としていないように読める。だからこそ、朝日新聞社説のような主張が出てくるのではないか。
私は、金子さんが有罪になるべきとも無罪になるべきとも、どちらとも考えはない。ただ、技術者の立場から、開発者への萎縮効果を避けるべきであるとするなら、次のどちらかの判決が出ることを望むのが正しいと考える。
(x) Winnyは違法な利用目的以外に利用価値のない技術である(違法目的以外の利用には十分な他の技術が存在する)とした上で、それを理由として有罪と判断される。
(y) 何らかの理由によって無罪と判断される。
今回の裁判で、検察側は「違法な利用目的以外に利用価値のない技術である」ことを証明できなかったのだろう。一つ一つの仕組みが何のために存在していて、不可欠なものかどうかを追求していけばその結論は出るが、なにぶん、技術的な理解が必要となる。
違法目的以外の利用には十分な他の技術が存在するかどうかについては、先日書いた「squirt」の事例、その他にも、Poenyの事例やBitTorrentの事例などを検討したうえで、それらでは代替にならないことを示す必要があろう。
ただし、その場合であっても、Winnyを開発し提供する時点ではまだそれらの代替技術が存在しなかったことも加味されるべきかもしれない。つまり、違法な利用目的以外に利用価値のある「高性能な」ソフトウェアとして開発したところ、たまたま、違法目的以外の利用なら十分な他の技術方式に気づかなかっただけ(無罪主張の場合)なのか、それを技術者として予見しつつ、あえて他の技術方式を採用しないようにした(有罪主張の場合)のか、そこを争点にすることもあり得たのではないか。
今回、技術的に中途半端な理解を前提とした判決が出てしまったことは、技術者にとって不幸なことである。その責任は、私たち技術者自身が、「違法な利用目的以外に利用価値のない技術である」ことをあまり言わないようにしてきたことにあるのかもしれない。
私もこれまで、漏洩情報の流通防止という裁判とは無関係の論点で、間接的な形で、Winnyがどのような技術方式であるかを説明してきたが、理解が普及せず残念だ。
確かにWinnyを包丁や自動車にたとえるのは間違っている。
それが価値中立的かどうかだからではない。包丁に対する銃刀法に相当する法が、ソフトウェアに対してはおよそ電子計算機損壊等業務妨害罪を除けば存在しないからだ。
高木浩光氏のエントリ「「不 当 判 決」 村井証人証言は僕ら技術者を幸せにしたか」を見ておどろいた。Winny 裁判の判決要旨が引用されているのだが、そこには、WinnyはP2P型ファイル共有ソフトであり,被告人自身が述べるところや村井供述等からも明らかなように,それ自..
犯罪か否か境界どこ? ウィニー開発者有罪判決 「明確な線引きが必要」 (西日本新聞)
その懸念は、今回の判決で現実味を帯びる。合法か違法かの基準は必ずしも明確ではなく
さる方のご厚意により、およそ24時間前にようやく報道資料として配付された判決要旨を入手することができた。 分科会のコーディネータはメールしたと会場でいったが、あやしげなファイルだったのでスパムフィルタで消えてしまったのでしょう。
やっと来たかe-VOTEと思いきや、ネットでできるとかじゃなくて、投票所に機械を置いてタッチパネルでできるんだそう。Yahoo! JAPANが来年から3カラムになるというのが象徴的だと個人的には思うんですが、日本は世界一のブロードバンド大国にしては中身がぜんぜんつい...