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高木浩光@自宅の日記

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2006年09月08日

ぼくはペコロンの記事が好きだった

「火消しされた」「修正依頼はなかった」――ハイパーリンクというシンメトリックな参照装置*1が報道と日記の境目を曖昧にし、両者を区別なきものにしつつある今日このごろ*2、真意が伝わっていないという取材対象者の釈明に対して、取材者がメディア上で反論するという展開が現れた。「どちらを信用するか」というよりも、人の言ったことを伝えることの重さと、人に言い伝えられるであろう場面で発言することの重さは対等だということだ。

――なんてことを書いてみたよ。これを読んで。

  • トップ10 どの情報を信じますか?, 岡田有花, ITmedia, 2006年9月4日

    「誤報だ」「発言をねじ曲げられた」――メディアの報道に関して、取材対象者がブログなどで直接反論することが増えてきた。

ギク。ちょうどつい先日、「この記事によると私が……と発言したことになっているが」と書いたばかりで、それは岡田記者の記事に対してだった。

これまでにも、取材されて報道されたものに対して日記で釈明したことは何度かある*3。1回目は、2004年5月28日の日記「日経産業新聞の記事に補足」。他には2004年10月10日の日記を思い出す。

マスメディアに取材されるというのは本来とても怖いことだ。どのように書かれるかわからないという恐怖感がある。専門家のコメントという形で取材されると緊張する。気をつけて発言しないといけない。このことは、研究屋の人たちはみんな感じていて、人によっては苦い経験からかマスコミを敵視ないし侮蔑している人もいる。

私の場合、2000年以降、セキュリティ脆弱性の問題に首を突っ込んで以来、マスコミは頼るべき存在となった。問題の存在や対策の理解を広めるにはマスコミに正しく報道してもらうことが鍵だった。どう伝えられるか不安でありながらも、そこは長い時間をかけて必要な背景説明をし、記者さんに問題を理解して頂いた上で結論を述べるようにしてきた。幸い、私の場合多くのケースでおおむね的確に伝えていただくことができた。

そんな中、2004年5月の記事では日記で釈明しようと思い立った。しかしそれはとても心苦しいことだった。書かれている文自体は「言っていないこと」というわけではない。言ったことがいろいろあるうち本論とは違う部分(背景説明の部分)が使われただけだ。使われたくないことは言わないようにするか、背景説明で必要なのなら、どこが本論なのかきちんと整理して念を押すということをするべきところだった。いつもならそうしていたところ、このときは電話だったことと慣れから油断がありそれを怠った。「そんなことは言っていない」などと釈明するのはとても見苦しい。記者さんからすれば、従来あまりなかった、記事が正しくないという取材対象者による外部での指摘は、ただならぬ事態として受け止められるであろうことも容易に推察できる。

このときは、心苦しい思いをしたけれども、その一方で、いざとなれば後で釈明できるという可能性に気づいたときでもあった。それ以来、取材において緊張は少なくなったといえる。

取材にもいろいろなパターンがある。新聞、テレビ、雑誌のコメントやインタビューは上の通り慎重にしなくてはならない。それに対して、日経BP社の雑誌記事のときはわりと気軽だ。話したことは記事全体の構成に参考にしてもらうけども、そこは記者の主張として書かれ、取材協力者のコメントはほんの1、2行出るだけなので、そこの「」内さえ間違っていなければよい。

一方、こちらからは何もできないのが、講演やパネル討論の内容を記事にしてくださるケースだ。面談取材と違って、記者の理解に合わせて説明することができない。聴衆向けに話したことがそのまま材料となり、記者の理解で書かれる。それでも、いつも驚くほどとても的確に伝えてくださる記者さんもいらっしゃる。しかし、多人数が登場するときは扱われる分量が少なくなる分、真意が伝わらない記事となることが多い。これはしかたがない。

しかたのないことだが、必要ならばブログで真意を補足できる時代なのだから、それでよいのだ。報道と日記が区別なくハイパーリンクによって並べられるようになったからこそ、それが可能なのだ。

8月29日の脚注の件では、「高木氏は『開発者側は、Winnyの利用が著作権違反につながる可能性があることを、ユーザーに分かりやすく告知すべきだった』と話す」という『』内の文自体は間違いではないのだろう。しかし、これだけだと読者は、「違法な目的に使ってはいけないとのユーザへの告知が足りなかった」という(検察が言うような)ことを私が言ったかのように読解する人が多いのではないか。パネル討論という何時間にもわたる長い議論の文脈の流れの中にこの文があるわけで、文脈の説明なしに切り出した文が事実通り存在しても、それは正しい存在とはならない。

今回の岡田記者の一連の行動について(深読みをして?)絶賛している人たちがいるが、この「トップ10」の文章は次のように言っていることに注意したい。

Wikipediaは誰でも編集できる百科事典だが、直接の利害関係者が、自分に有利なように内容をねじ曲げることは、ルールで禁止している。中立的な事実を、自分の利益のために不自然に削除しようとすると、今回のように「炎上」するし、明らかに偏った内容の記述は、別の編集者に削除されることもある。

その点、個人のブログなら、自分に有利なことを書いても、第三者に削除されることはまずない。マスコミに取り上げられるような有名人なら、自分に不利な報道があった場合、ブログで反論して「火消し」することもできる。

しかしその報道が事実で、実は「火消し」のほうが誤っているということもありえる。誰が言っていることが本当か探り当てるのは、ユーザーの判断にかかっている。

トップ10 どの情報を信じますか?, 岡田有花, ITmedia, 2006年9月4日

報道に対する取材対象者の釈明の方が事実でないこともあり、それが最近ではブログで書かれるようになったので無視できなくなっているという話だ。

それはよいのだが、その話をするときに、「個人のブログなら、自分に有利なことを書いても、第三者に削除されることはまずない」という話を付け加えてくるあたりに注意が必要だ。

それはつまり、編集を通している組織によって書かれた文の方が通常は正しいのだということを暗に言っているのであり、それは旧来メディアが2ちゃんねる等を蔑んで言うときと同じ構図にほかならない。

ちなみに、2ちゃんねるが「ごみ溜め」かというと、2ちゃんねるは「ごみ溜め」ということにしておかなければならないものだ。実際にごみ溜めかどうかにかかわらず、世間からの認識が「ごみ溜め」でなくてはならない。そうでなければあのような自由は発言は許されないのであって、それを承知でごみ溜め環境を維持しているはずだ。*4

ごみ溜めがごみだらけなのは当たり前で、ごみ溜めの中に埋まっている宝を探す人もいるが、ごみの中に入ってまで宝探しするのが耐えられない人は入らない。一方で、外見が立派な建物の中身がごみだらけだったら、それは異常なものとして排斥されるのは当然だろう。

*1 無断リンクの禁止されていない。

*2 旧来より、組織による編集や承認を経て公開される出版物においても、ニュースとコラムのように、責任の重心を組織においた記事と個人においた記事とを使い分けることは行われてきた。1面トップのニュースはたくさんの人に読まれ、3面のコラムは少ない人にしか読まれない。そのはずだから、コラムで多少大胆なことを書いても「けしからん」と非難されることは起きにくい。そこに自由があり、1面には書けないことが書け、またそれを読みたい人が読むことができた。ところが、ハイパーリンクによってどこからでも平坦にリンクされ得るWebメディアでは、たくさん読まれるかどうかは、トップにあるかどうかではない。どこかからリンクされて注目が集まり始めることによって、マイナーだったはずの記事が大々的に扱われることになる。今や、個人の日記が報道と並ぶこともあれば、報道が日記のようなものになってしまうこともある。

*3 日記を始める前では [memo:4654] があった。

*4 鳥越俊太郎氏の発言がそれを踏まえた上でのものかどうかは知らないが。

本日のTrackBacks(全100件) [TrackBack URL: http://takagi-hiromitsu.jp/diary/tb.rb/20060908]

高木氏のエントリ「ぼくはペコロンの記事が好きだった」に、興味深い書き込みがあった。

「個人のブログなら、自分に有利なことを書いても、第三者に削除されることはまずない」という話を付け加えてくるあたりに注意が必要だ。...

高木さんはファンなのだが、今回はなんか変なことを言っている気がするな・・・ それはよいのだが、その話をするときに、「個人のブログなら、自分に有利なことを書いても、第三者に削除されることはまずない」という話を付け加えてくるあたりに注意が必要だ。 それはつ..

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