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高木浩光@自宅の日記

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2006年08月17日

欧米のプライバシー観はキリスト教的宗教観に基づくもの?

「ICタグ ランドセル」で検索していたところ、次のページにたどり着き、目が点になった。

  • 学校自慢 立教小学校, 「お受験させるか、させないか」こどもの進路を考えるサイト

    立教小学校の学校自慢は
    「キリスト教にもとづいた愛の教育とICタグによる登下校監視システム」です。

一瞬目が点になったのは、これを

「キリスト教にもとづいたICタグによる登下校監視システム」

と空目したからだった。

というのも、

というニュースを目にしたことがあったからだ。

私は信仰する宗教がないし、教養としての宗教にも無関心なまま生きてきたので、一般的なキリスト教徒にとって「獣の刻印」というものがどのようなものなのか知らない*1

これまで何度かRFIDのプライバシー問題について講演を依頼されてお話をしてきたが、質疑応答で、「欧米がプライバシーに敏感なのはキリスト教的な感覚によるもので、日本人には関係ないのでは?」というような質問を受けることがある。

そうしたとき、宗教について無教養な私にはその点の真偽について答えることはできないのだが、それ以外の要因(米国と日本のプライバシー問題への声の違いを生んでいる要因)の可能性として、次のことがあるのではないかと答えるようにしている。

米国では、ID番号が実際にプライバシーの問題を引き起こしているために、何が問題なのかが広く市民に理解されやすくなっているのではないか。Social Security Numberは、民間においても広く用いられ、不適切なことに認証のための秘密キーとしても使われてしまう現実*2があり、他人に番号を使われるなどの被害が問題となっていたし、昨今「スパイウェア」に分類されて問題視されるようになったadwareやtrackwareは、英語圏で蔓延して問題視されるようになっている。

対して日本では、最近まで制度的にも実質的にも国民番号はなかったし、住民票コードが導入されたときにも、住民基本台帳法でその民間利用を禁止したため、そうしたID番号の不適切な利用が防がれてきており、問題が顕在化していない。問題が顕在化しないことはよいことであり、それが求められる目標であるが、その結果として、ある種の人たちにどんな問題が起こり得るのかを理解する機会を失わせていると考えられる。

また、日本では、adwareやtrackwareを用いたビジネス行為はほとんど見られない(第三者cookieやWebバグによるものを除いて)。米国では、お金になることは違法でなければなんでもやるというビジネス風習があるのか、トラッキングによるプライバシー情報をお金に換えるビジネスの追求が進んでいて、スパイウェア問題が行き着くところまで行っている感じなのに対して、日本では、「スパイウェア」の問題というとほとんど「キーロガー」でパスワードを盗んで不正アクセス行為をはたらくことを指しており、IDトラッキングによるプライバシー問題とは性質が違っている。日本では、アンダーグラウンドで詐欺や詐欺まがいの行為をはたらく者たちはいるものの、表立って堂々とtrackwareやadwareでビジネスするといった、違法ではないが倫理的に非難されかねないようなやり方をする会社というのは出てこないのかもしれない。その結果として、ID番号によるトラッキングの問題を理解する機会を失っているかもしれない。

また、Pentium IIIのプロセッサシリアル番号のプライバシー問題や、Windows Media Playerの「SuperCookies」問題、Microsoft Passportに対する批判としてのLiberty Allianceの考え方など、これらグローバルユニークIDを用いた情報システムのアーキテクチャ設計がプライバシー上の問題をもたらすという批判は、いずれも英語圏で議論され、日本ではほとんど議論がなかった。これは、インターネット関連の情報システムのアーキテクチャ設計のほとんどにおいて、日本が蚊帳の外に置かれていたからだろう。

日本社会で問題が顕在しないことは良いことであるが、情報システムを設計する者、またそれを指示する立場の者たちが、この問題に疎いままだと、日本で設計したアーキテクチャが、プライバシー問題を理由に欧米での採用を拒否されるという事態が起きかねないという懸念はある。

*1 昔、自分の自家用車のナンバーが「667」だったとき、友人に「一番違いでぞろ目だったのに」と自慢したところ、「それサタンの数字じゃん」と言われて意味がわからなかった。

*2 Simson L. Garfinkel, Risks of Social Security Numbers, Communications of the ACM, Volume 38, Issue 10 (1995).


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