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高木浩光@自宅の日記

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2006年08月13日

RFIDタグ搭載ランドセルの校門通過記録で仲良しグループを割り出すという小学校教諭の発想は普通?

論座2006年8月号に「IT技術は小学生を守るか」という記事が出ていた。これに次の記述がある。

立教小学校(略)の「登下校管理システム」は、ICタグを用いたセキュリティーシステムの草分けだ。(略)導入を進めた石井輝義教諭(情報科主任)は「動機は、どちらかというとセキュリティーよりも利便性にありました」と語る。(略)

「教師の仕事の一部を肩代わりしてもらうことで、生身の子どもと接することに集中できる」。今後はさらに、記録を時間順にソート(並べ替え)して仲良しグループを割り出す、長期欠席児童を把握するといった可能性を考えている。昨年5月の遠足では、バスに児童が乗り込んだかどうかタグで確認する実験も行った。無線LAN機能と専用ソフトを備えたモバイルPCをリーダーとして用いたという。

さらに、技術開発やシステム導入時の「議論」の重要性も強調する。(略)文系出身の石井さんたちが開発段階から加わることで、現場のニーズや社会的倫理までふまえた議論をした。「何度も手直ししました。ごく一部の技術者が専門知識を専有して突っ走られたら困りますからね」と石井さんは言う。

大内悟史, 「IT技術は小学生を守るか」, 論座8月号, p.130

この話を最初に聞いたときは「その発想はなかったわ」と驚いた。もちろん、「なるほどそういう使い方ができるのか」という驚きではなく、「本当にそんな使い方をしちゃうのか」という驚きだ。

調べてみると、この計画のことは3月の時点で既に明らかになっていた。

石井先生は、保護者の反応、今後の展開について、「保護者の安全意識が高まり、『メールによって子どもの安全を確認できるようになった』『登下校時が危険なものであると意識するようになった』という声が寄せられています。今後は登下校の記録情報によって仲良しグループのソート分けが出来るのではないかと考えています」と語る。

地域の実情にあった対応を 学校危機管理の進め方 立教小学校情報科主任 石井輝義氏, 第3回私学経営セミナー開催報告, 教育家庭新聞, 2006年3月4日号

「時間順にソートして仲良しグループを割り出す」というと、ログをExcelで並べ替えて先生が時々眺める話のようにも聞こえるが、技術的には、言うまでもなく、毎日のログを分析アルゴリズムにかけることで、各児童間の「仲良し距離」を日々刻々と求め、「友達がいない」児童を発見したり、急に「友達がいない」に変化した児童をリアルタイムに発見することができるだろう。(登下校が同時刻であることの多い児童たちを「仲良し」と見なす場合。)

正直言って私の感覚では、この発想はクレイジーだと思う。しかし、根拠を持って批判する術はない。主観的な感想でしかない。人々はこれをどのように受け止めるのだろうか。

ランドセルRFIDタグ検知システムは、立教小学校が草分けとなってマスメディアで大きく取り上げられ、今では小学校だけでなく中学校まで含む多くの学校が「実証」実験を行うようになった。それらはすべて、「子どもの安全のため」として語られているが、立教小学校の石井教諭は当初から、「セキュリティーよりも利便性」という本来の動機を隠していない。

さらに立教小学校における同システムの導入効果として、教職員の作業の効率化も評価されています。全児童の出欠日数の集計事務などが自動化されることで、大幅な時間短縮が可能になります。ITを活用してできるところは自動化し、教職員はその時間を生徒とのコミュニケーションや研究活動に利用することができるのです。「もともとこのシステムを導入するきっかけのひとつに、教職員の労力を軽減することで教えることに専念するための補助ツールがほしい、というものもありました。今回のシステムはそれを実現しながら、同時にセキュリティも向上させる仕組みであると考えています」(情報科主任 石井輝義先生)

学校にできる「安全対策」を追求して 〜アクティブ型RFIDタグで児童一人ひとりの登下校を確認〜学校法人 立教学院 立教小学校様(東京都), 富士通 文教ソリューション 導入事例

本格稼動した時点では本校の独自システムというより、より多くの学校で導入されることを切望しています。

というのも、最初に戻りますが、元々、このシステムを導入するきっかけは、教職員の労力を軽減することで“教え”に専念するための補助機器であり、同時にセキュリティも向上します。(略)

ICタグによる技術の可能性は、学校業務の軽減と言うことに関して、大きな広がりを持っていると考えています。例えば、遠足などの行事での点呼は重要であるにもかかわらず、非常に煩雑で教員の労力の多くが割かれてしまっています。このような面での運用も、今回のシステムの応用によって可能かどうかを富士通さんに提案・要望し、既に実現可能な段階にあります。このような労力を、機械によって可能なことは極力、機械化し、児童との教育的な関わりに、教員の最大の労力を割いてもらうことが、最も重要だと考えています。

労力低減とセキュリティも実現した「RFIDタグ」 児童の登下校時を完全把握で“あんしん”約束 希望者(保護者)にはメール通信サービスも 来春には全校児童で完全導入へ 立教小学校, セキュリティ産業新聞社, 2004年7月25日号

ITによる自動化で空いた時間で「生身の子どもと接することに集中できる」という話には、何か懐かしい響きがある。30年くらい前だろうか、機械化による省力化で働き口がなくなると危惧する人たちの反発の声をテレビなどで耳にしていた。そんなとき子ども心に、「機械化で空いた労働力をより人間的なサービスに注げる」という考え方に同調したものだ。「機械化で味気ない世の中になる」なんていうぼやきも当時は定番だったが、今、駅の自動改札を「味気ない」などと言う人はいない。

同じように、校門の出入り記録で交友関係を分析することも、今は違和感を覚える人が少なくなくても、何年後かには当たり前になる……のだろうか。

石井教諭は「社会的倫理までふまえた議論をした」という。

文系出身の石井さんたちが開発段階から加わることで、現場のニーズや社会的倫理までふまえた議論をした。「何度も手直ししました。ごく一部の技術者が専門知識を専有して突っ走られたら困りますからね」と石井さんは言う。

大内悟史, 「IT技術は小学生を守るか」, 論座8月号, p.130

私は、この3年間、RFIDのプライバシー議論にかかわってきて、技術者よりも非技術者の方が技術に惚れ込んでしまっている様子を見てきた。技術者にとって、IDで何ができるかは自明であり、「こんな使い方も可能」ということに感動したりしない。社会的影響や倫理的な検討をするのは、技術提供者よりも技術の使用者の役割と一般的には考えられているだろうが、技術の使用者が技術に惚れ込んでしまうような場合には、どうすればよいのだろうか。

ひとつ批判的な議論が可能なのは、校門を同時に出入りすると仲良しと見なされるようになっていることを、児童たちが知らされるかどうかという点だろう。

かざして使う非接触ICカードではなく、数メートルの距離から自動検知するRFIDタグを使う理由について、石井教諭は次のように述べている。

立教小の石井教諭は話す。

「当初は、登下校の際に児童がバーコードやICカードを校門の装置にかざす仕組みも検討された。しかし個人的な意見を言えば、それでは学校が特別な場所になってしまう。学校は生活のリズムの中にあるごく普通の場所で、自宅にいるのと同じような感覚で過ごせる場所にしなければならないと思っています。登下校の際にゲートの通過など大げさなシステムを導入すると、学校が特別な場所になって、生活から切り離されてしまうような気がします。本当は子どもたちはもっと地域の中で学んでいかなければならないし、われわれも地域に出ていかなければならない。そうしたトレードオフの中で、ギリギリの選択を考えた結果、 RFIDという使っていることを意識させない仕組みの導入を決めたんです

同校がアクティブ型タグを導入したのも、子どもたちにRFIDを意識させないためだという。交信範囲が大きいため、リーダーにかざす必要がないからだ。

佐々木俊尚, 無線ICタグは子供の安全の切り札になるか?, ASAHIパソコン, 2004年11月号

この考え方の延長だと、校門の出入り記録を仲良しの判定に使うことは児童には知らせないのだろうか。

それを事前に児童たちに知らせた場合は、何が起きるだろうか。あるいは、知らせないで運用したときに、ある日、児童たちがそのことに気づき始めた場合、児童たちはどんなことを思うのだろうか。

参考: 石井教諭の個人サイト(blogあり)

ところで、4月に、チルドレンズ・エクスプレスというところから取材を受けた。取材に訪れたのは、中2と中3の女子中学生と高1の女子高生記者さんたちだった。そのときの記事が出ている。

  • 原 衣織, 発信機をつける子供たち, チルドレンズ・エクスプレス, 2006年6月24日

    古江台中学校では、(略)横内校長は43000平方メートルという広大な敷地と、学校近辺での変質者の出没などからICタグ導入の必要性を考えたという。生徒達自身は嫌がるのではないのかという質問には「自分の身の安全は自分で守るのが基本だという指導をしている。しかし中学生というのは親の保護と子供の自立がちょうどクロスする時期だから、地域の人々の支援とICタグ技術によるサポートが必要だ」と答える。生徒にとったアンケートでは「嫌だけれど、変質者などがいる以上仕方がない」という答えが多かったようだ。また、保護者にとったアンケートでは、ほとんどの人が肯定的だったという。

大阪の吹田市の公立中学校で行われていた実験を取材してきたとのことで、生徒たちの声も聞いてきたのだそうだ。

生徒は先生のいないところで本音を漏らすという。嫌だという声があるらしい。それが表に出てくるときには、「嫌だけれど、変質者などがいる以上仕方がない」という両論併記的な意見になってしまうようだ。優等生ほどそう答えるだろう。「嫌だけど、仕方がない。」子ども達がほんとうに何を感じているのかをうかがい知るのは難しい。

「とりあえず、嫌なこと、感じたことはちゃんと主張しておこう」、私はそう彼女達に伝えた。


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