文部科学省が、「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」(平成13年7月18日文部科学省告示第132号)の改正についてパブリックコメントを募集していたので、以下の意見を提出した。
高木 浩光 (東京都)
「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」の改正に関する意見
意見:図書館法を改正し、図書館利用者の秘密保護の義務を法で規定するべき
公共図書館における利用者の読書記録は、秘密として保護されるべきセンシティブ情報であり、知る自由の実現のためにその秘密保護の保障は重要である。読書記録の秘密保護は、図書館法に規定がないが、従来、日本図書館協会の「図書館の自由に関する宣言」(以下、図書館宣言と言う)に「第3 図書館は利用者の秘密を守る」として謳われ、図書館関係者の自主的な取組みによって実現されてきた。ところが今年になって、図書館宣言を公然と冒涜する地方公共団体の首長が現れ、読書記録の秘密保護の保障が一時危ぶまれる事態が発生した。
佐賀県武雄市の樋渡啓祐市長は、平成24年5月4日の記者会見の席で、「なんで本をね、借りるのが個人情報なのか、って僕なんか思いますので」「僕はもう、元々、何を借りたかっていうのは、なんでこれが個人情報だ!って思ってるんで」と発言し、読書履歴は個人情報に当たらないとした。その翌々日には、市長は自身のブログにおいて、「貸出情報は個人情報には当たらないというのは僕の持論」とした上で、「そもそも、この図書館の自由に関する宣言がまたくせ者。」「『図書館の自由に関する宣言』『図書館員の倫理綱領』に反する、という意見も見られましたが、中身そのものも僕は話にならないと考えている。」「この宣言は日本図書館協会という図書館関係者の『部分社会』(法学用語)の宣言で、一般社会には法規性は何らないんですよね。」とした。
法規性のない宣言は尊重する必要がないと言わんばかりのこのような態度が、他の地方公共団体にも広がって横行するようになれば、公共図書館における読書記録の秘密保護は、地方によっては保障されない事態となってしまうことが危惧される。そのような事態を回避するために、図書館法を改正するなどし、公共図書館における利用者の秘密保護の義務を法令で規定するべきである。
提出期限の都合でここまでしか書けなかったが、本当は続けて以下の点を書いて出したかった。
利用者の秘密を保護する法令として、各地方公共団体の個人情報保護条例が考えられるが、現状においては、個人情報保護条例が図書館の読書記録を保護しているとは必ずしも言えない。地方公共団体では「個人情報事務取扱登録簿」によって保有する個人情報を管理しているが、いくつかの県立図書館や市立図書館の個人情報事務取扱登録簿を参照すると、「閲覧関係業務」における「個人情報の記録項目」に、「整理番号」「氏名」「住所」「生年月日・年齢」「電話番号」のみに該当を表す印が付されていて、「思想・信条」には該当の印が付されておらず、そればかりか、そもそも図書の書名を表す項目自体が登録簿に用意されていないケースが散見される。それらの図書館では、読書記録が個人情報保護条例上の個人情報として管理されていない疑いがある。
武雄市の事案では、その後方針変更があり、読書記録は従来通りに秘密を保つこととなったようであるが、市長は、平成24年7月23日のニコニコ生放送「図書館の今後を考える」において、「今ねちょっとこれ、個人情報っていうのはすごいイデオロギーみたいになっているじゃないですか」「もう少しちょっと落ち着いてから」と発言しており、将来、法令による規制がないのをよいことに、読書記録の取扱いの変更が試みられる可能性がある。
また、武雄市の事案では、読書記録は従来通りに秘密とされたものの、読書記録以外の図書館の利用事実は、Tポイントを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)へ提供することになったようである。具体的には、図書館で本を借りたときにTポイントのカードを提示すると、何年何月何日何時何分に武雄市図書館を利用したという事実が、「T会員番号」によって本人が識別される形で、CCCに提供されるシステムが計画されている。
このとき、個人情報保護法令上、提供先で特定の個人が識別される「T会員番号」が個人情報に該当するか否かが問題となるが、武雄市はこの点を明らかにしていない。平成24年7月10日の武雄市教育委員会臨時会の会議録を見ると、文化・学習課長が「これも個人が特定できる情報ではなくて、Tカードを使うと会員番号と何月何日何ポイント付いたという情報がCCCのポイントシステムにいく」と発言し、市長も、7月23日のニコニコ生放送「図書館の今後を考える」で「会員番号の何とかさんが図書館で何時何分何点借りましたって、うん、いうのだけ行くんですね。ですので、そういう意味じゃこれ個人情報じゃないんですよ。」と発言しており、武雄市はT会員番号を個人情報に該当しないものとして扱っている疑いがある。
武雄市は、Tポイントの付与に際しては本人の同意を得るとしているが、どのような説明の下で「同意」を得るのかは明らかにされておらず、図書館利用事実がCCCに提供され「ライフスタイル分析」の目的で使用され得ることが、市民に正しく説明されるかは現時点では不明である。
CCCは「T会員規約」で、Tポイントの付与に際して収集する情報を「会員のライフスタイル分析」の目的で使用するとしている。図書館の利用事実もライフスタイル分析のために利用されるのかが問題となるが、毎日新聞平成24年9月8日朝刊の記事「貸し出し履歴の2次利用巡り論議 公立図書館がCCCと提携」では、CCCの図書館事業担当者の話として「Tポイントを付けても、武雄市ではライフスタイル分析には使わないようにする。」とのコメントが掲載されている。
このように武雄市の事例ではひとまず、図書館利用事実がマーケティング目的に用いられることはないようになったようであるが、このことが市とCCCとの協定書で規定されているのか、現時点では不明であり、新聞紙上での話は反古にされる可能性が疑われる。平成24年7月6日の武雄市個人情報保護審議会の本件に関する答申は、提供するT会員番号の提供先における利用目的の制限について、何ら触れていない。
本来ならば、図書館宣言が「利用者の読書事実、利用事実は、図書館が業務上知り得た秘密であって」と謳うように、図書館利用事実も秘密情報として扱うべきものであり、ポイントサービス等への加入に際しては、それが秘密情報であることを前提に、協定書に規定するなどした上で、利用者に同意を求めるべきである。
このことからも、図書館宣言を「法規性のない宣言」と愚弄する首長が出現する今日においては、図書館法を改正するなどし、公共図書館における利用者の秘密保護の義務を法令で規定するべきである。