今日から文体をですます調に変えてみる。
6月にこういう記事が出ていました。
僕は無線ICタグを推進する立場にある。そんな人間が言うのは問題かも知れないが,今回はあえて,無線ICタグを巡る最近の動向について心中を告白したい。
お客様から無線ICタグの導入プランを聞いたときに,「それってバーコードでもできるよな」と思うことがよくある。僕としては,無線ICタグを利用するメリットを正当化するために,無理やりに理由を作ることはできる。しかし,何となく心の中にモヤモヤが残って気持ちが悪いので,そうした時はお客様に「無線ICタグを使うのは極力やめたほうが良いと思います」と正直に申し上げることにしている。
著者の立見さんとは、昨年度の日経デジタルコアのトレーサビリティ研究会の席で何度かお会いしたことがあります。彼の招待講演を聴いたときの印象は、「現実から眼を逸らせない人なんだな」というものでした。RFIDタグ推進派の他の講演者が、「プライバシー? 何が問題なのかわからんね」とか、顔を赤らめて否定に躍起になる人ばかりだったのに比べると、違っていました。何が問題とされているかを勉強なさっていたし、必要のないものにまでRFIDタグを使おうとすることの問題点についても話されていました。ただ、気になったのは、講演の冒頭でこういうエピソードを話されていた点です。
上司からこう聞かれた。「頭良く見せるにはどうしたらよいかね?」 私はそれにこう答えた。「何でも悲観的に考えてみせることです。」
会場は笑いに包まれましたが、私は何か胡散臭いものを感じたのを覚えています。
さて、その彼の日経BP「RFIDテクノロジ 識者の眼」の記事は、4月にもこういう記事が出ていました。
そんな状況下で付き合っていて安心できるのは,先を見通す能力を持った頭の良い人たちだ。「この1年,2年で何が起こるか」という短期的な視点で右往左往せずに,「十年の計」で先を見据えたうえで現状を認識している。僕なんかは頭が悪くて,ぼんやりとしか未来を想像できないので,戦略を考える際に彼らの洞察力がどれだけ役に立っていることか。
僕が付き合っている頭の良い人たちは,概して理系出身が多く,豊富な技術知識に基づいて今後のトレンドをざっくりとつかんでいる。プライバシの問題が騒がれる前から,人や人の持ち物にIDが振られるとどのような問題が生じるかを指摘していたし,部品ごとにIDが付くと製造業でどんなメリットがあるか瞬時に把握する。
けっこうですね。
しかしそんな彼の6月の記事は、次のように続いているのです。
プライバシ問題も考え方次第
無線ICタグのプライバシ問題について,技術の専門家が危険性について理論を展開するのを聞くと,「おいおい,そんなことほとんどの消費者は心配していないよ。あなたやあなたの家族は特別かも知れないけどね」と言いたくなることが少なくない。新しい技術が出てきたときに,その技術がもたらす負の現象を,専門家が技術的な視点で消費者に説明して警告するメリットはある。ただ僕のような極めて現実主義の人間の目には,「専門家が深みにはまってしまい,空理空論を振りかざしている」と映ってしまう。 立見信之, 「アマチュア路線?」でタグの可能性を広げる, 日経BP RFIDテクノロジ 識者の眼, 2004年6月10日
これはイタダケませんね。
「消費者は心配していない」というのは、その消費者たちが、「十年の計で先を見据える」だけの専門性を有していないからでしょう。そのことは立見さんもご存知のはず。
「あなたやあなたの家族は特別かも知れないけどね」というけれど、実際のところ、専門家は、自分個人では気にしていない事柄を問題点として指摘することもあります。プライバシー問題というのは、人それぞれの価値観や生き方によって、何を気にして、何は気にしないかが異なるからです。例えば、私や立見さんはこうして自分の氏名をWebに載せて個人的意見を公表してしまっていますから、ある種のプライバシーを放棄する生き方を選んでいるわけですが、そういうのを望まない生き方の人たちもたくさんいます。
ですから、専門家が指摘する問題点について、「そんなの心配するのはおまえ(と家族)だけだ」なんて口にしてしまうのは、アレです。
専門家がする仕事というのは、この場合はこうなるという前提付きの推定の列挙です。それらについて、脅威の現実性をどの程度と見積もり、どの程度の脅威なら受け入れてもよいとみなすかは、それぞれの市民が判断することです。専門家の指摘のうちのいくつかについて、それが現実性の低いものであるというのであれば、その根拠を市民に示して判断を求めればよいのです。
ただ、論理的根拠を欠いた、結論ありきの極端な否定論を展開する人もたしかにいます。そういう人に出くわしたら、論理的に反論してあげればよいのです。
僕は無線ICタグがはらむプライバシ侵害の危険性について考えると気が滅入るので,どちらかというと「プライバシを開示すると,どんなメリットが得られるのか」を消費者の立場で考えるようにしている。
立見信之, 「アマチュア路線?」でタグの可能性を広げる, 日経BP RFIDテクノロジ 識者の眼, 2004年6月10日
正直な人がRFIDタグ推進の仕事に携わると、精神的な負担となるようです。何かが間違っていると思うのですが、それは何でしょうか。
私としては、6月26日の日記「現実的な落とし所」に書いたような議論を、事業的推進派の方々自身ですることが事態の解決であると考えているのですが、なかなかそういう話は見えてきません。
マイクロソフト社のサイトに、「RFID Solution: RFID とは ?」というページがあります。そこには次のように書かれています。
ヒトの認証において そのメリット
(略)
このように、ヒトの認証における RFID の導入は、利用者の利便性の向上や関連設備の保守、管理コストの削減につながるものと期待されています。(略)
次に複数同時認証ですが、実のところヒトを認証対象とした利用目的で複数同時認証機能が使用されることはあまり多くはありません。技術的な問題もさることながら、プライバシーの問題から実利用に至らないケースが多いからです。なぜならヒトに対して複数同時読み取りを行おうとする場合、読み取り側で一方的に (認識対象者の明示的な意思表示無く) 情報を読み取るような運用スタイルになるケースが多く、実験などの特殊なケースを除き、ビジネス上のメリットを見出すことは難しい状況にあります。このような運用はヒトを対象とするのではなく、動物を対象とした場合に有効であることが多く、野生動物の調査や家畜の管理などに利用されています。
さすが、セキュリティとプライバシーに造詣が深いマイクロソフトさんは言うことが違います。物事をきちんと正面から見据えています。
6月の「RFIDテクノロジー 記者の眼」に「日本でならプライバシ問題をクリアできる」という記事が出ていました。それによると、
このような状況をみると,日本人は利便性が向上しないのにただ単に管理されている,自分が追いかけられていると思った場合は「それはNOです」と言う一方で「便利だと思えるならばOKです」と柔軟に対応しているように見える。これに対して,米国人は管理と利便性を天秤(てんびん)にかけるようなことはせず,とにかく「プライバシを侵害されたら,便利であろうがそれは許せない」という国民のように見える。
保科剛, 日本でならプライバシ問題をクリアできる, 日経BP RFIDテクノロジ 識者の眼, 2004年6月17日
というのです。
一方、米国の専門家からは日本人は次のように見えているそうです。
――日本では昨年、初の個人情報保護法が成立しましたが。
「この法律によって、日本は個人情報保護法のある他の50の民主国家にやっと並んだと言える。日本のように成熟した市場を持ち、消費者意識も高い国でこうした法律がなかったことには驚きを隠せない。(略)
――米国と日本の消費者の態度に違いはありますか?。以前あなたがされた調査では、6割以上の米国人は企業は自分たちの個人情報を適切に管理していると考えているという結果が出たようですが。
「その考えは明らかに変わってきている。1999年に実施した調査ではそうだったが、今そのような考えは半分以下に減っているはずだ。米国人の個人情報に対する意識は、日本人の意識に近づきつつあるといってもいいのではないか」 (略)
――日本ではいつ、どのような調査を実施したのでしょうか。
「1999−2000年に個人情報に関するユーザー調査を実施したが、昨年12月の内閣調査と似た結果になった。日本人の6割以上は企業や政府機関が収集・利用する個人情報に自分たちでは関与できないと考えている。こうした人たちの不安に企業は注目するべきだ。(略)
ところで、元の記事ですが、
ウォルマートの無線ICタグ実験に対して反対意見が出たのは,無線ICタグが出てくる前に起きた事象と関係があると思っている。近年ものすごい勢いでCRM(顧客関係管理)が広がったが,CRMが普及するなかで,多くの人が,自分が買い物をした業者とはまったく別の見ず知らずの業者から,ダイレクト・メールや電子メールを受け取るという経験をしていると思う。こうした状態のなかで無線ICタグが登場したため,一般の人々の間ではCRMと無線ICタグが完全にオーバーラップしてしまい,必要以上に防衛心が働いたのではないだろうか。CRMやマーケティングの乱用・悪用が原因であるにもかかわらず,見ず知らずの業者からダイレクト・メールが来るような状況が,無線ICタグを製品に付けることにより,さらにひどくなり,「自分の生活を誰かに見られてしまうのでは」という警戒心を持たれてしまった。
保科剛, 日本でならプライバシ問題をクリアできる, 日経BP RFIDテクノロジ 識者の眼, 2004年6月17日
その通りですね。よく問題点を理解なさっている。それをどうやって解決するのかが問われていています。
その点についてどのような回答をお持ちなのか、それを紹介してもらいたいところなのですが、回答は示されないまま、「日本でならプライバシ問題をクリアできる」というのです。
たとえば、「個人情報保護法の施行で、事業者が個人情報を横流ししないようになるから解決される」かというと、RFIDタグの場合はそう単純な問題ではありません。なぜなら、ID番号だけは、離れたところから誰にでも読めてしまうという点で、従来のCRMでもなし得なかった事態が起きてきます。たとえば、以下の記事にそのような危険性について書かれています。
立ち寄ったことを知られたくない場所,例えば風俗店や病院などに行ったあと,脅迫メールが届いたらどんな感じがするだろうか。現在でも,成人向けサイトの利用料金を催促する偽代行徴収業者からの脅迫メールに恐怖を感じ,身に覚えがなくても料金を振り込んでしまう人がいるという。こうした脅迫メールの被害がまだそれほど大きくなっていないのは,そのメールが不特定多数に対して送信されているからだろう。もし個人名と立ち寄った場所が書かれた脅迫メールを受け取ったらどうだろうか。とても恐ろしくないだろうか。料金催促メールや携帯電話のワン切りなど,我々が想像すらできなかった技術の悪用が現実に起こっている。無線ICタグも現在は想像もできないような方法で悪用されるかもしれない。
さて、元の記事ですが、
では日本ではどうなるのだろうか。先に述べたように,利便性とプライバシについて,ある意味フレキシブルに考えられるような日本においては,プライバシを保護した上で利便性を追及する技術を進歩させることと,その技術の運用方法について感情論抜きに話し合うことが可能だろう。メトロのようなビジネス・モデルもうまく受け入れられる可能性が高いと私は考えている。
保科剛, 日本でならプライバシ問題をクリアできる, 日経BP RFIDテクノロジ 識者の眼, 2004年6月17日
というのですが、推進派の人からは、感情論以外の主張があまり聞こえてこないというのが現状です。
なお、4月には以下のような記事もありました。
インターネットコム株式会社と株式会社インフォプラントが行った調査によると、子供にICタグをつけて、位置を把握したり、映像を見たりするサービスに対して、67%が「便利だと思うが抵抗がある」と答えた。(略)
便利だと思うが抵抗がある、と答えた63%(188人)に、どのような抵抗があるかを尋ねたところ、「情報を悪用されないか気になる」が67%、「子供にタグをつけて管理することに抵抗がある」が65%で多かった。 また「意図しない情報まで取られるのではないかと思う」(53%)や、「子供のプライバシーを侵害することになる」(52%)も多くの回答者が挙げていた。
意外と、消費者は問題点を認識しているのですね。
やっぱり、日記なのにデスマス調は気持ち悪いので、次回からは元に戻すことにする。