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高木浩光@自宅の日記

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2003年11月03日

アンチコリジョン機構がなければ紙幣にRFIDを付けても安全?

Tea Room for Conference in academic officeのNo.1604」より:

先日日立のμチップの関係者と議論する機会を得た。...(略)

現在の技術では、一度に複数のチップのIDを読み取れないのだそうだ。
つまり2つ以上のチップの応答が入ってくる状態でIDをチェックできず、単品検査しかできないとのこと。
読み取り機の読み取り距離を伸ばせば伸ばすほど、離れたもののIDを読み取れる環境になるわけではない。

別の言い方をすれば、同じ規格のチップを極めて近くに配置させておけば、そう簡単にはIDは読み取れないらしい。
財布の中で重ねられてはいっている状態のお札のμチップのIDは読み取れない。

「現在の技術では」とあるが、複数のチップを読む技術がないのではない。複数のチップを読むための輻輳制御は「アンチコリジョン」機構と呼ばれ、スマートカードでは10個程度まで、RFIDタグでは数十個まで対応したものが多いそうだ。アンチコリジョンの制御方式は、例えば近接型通信インタフェース実装規約書を読むと、ISO/IEC 14443 TYPE-Bのタイムスロット方式を理解することができる。

ミューチップで2つ以上同時に読めないというのは、アンチコリジョンの回路をあえて削ぎ落としてコストを極限まで最小化したという、デザインチョイスの話にすぎない。あるいは、悪用をできるだけ避けるという狙いも含めてあえてアンチコリジョン機構を入れていないということもあるかもしれない。

財布の中で重ねられてはいっている状態のお札のμチップのIDは読み取れない。

紙幣への応用の話では、プライバシー問題よりも、現金強奪の事前準備に使われることの方が懸念されている。IDは読めないにしても、そこに何枚あるかがもし読み取られる状況であれば、満員電車の中で「(目の前にいる)こいつはポケットに30枚くらいのお札を入れているな」と察知できてしまうことになる。

その事態をどのくらい深刻に心配すべきかはよくわからない。ただ、人が何千年も前から貨幣を使ってきた中で、初めて「財布に入れておけば中身の量を他人に知られることはない」という常識を覆す歴史的転換点になりかねないことは確かだ。一時期あれだけ流行ったトランスルーセントなデザインも、財布に及ぶことはなかったのがなぜなのか。

貨幣文化の転換期が訪れて、誰もトランスルーセントな財布を持たないのと同様に、人々が皆、当然に電磁シールド付きの財布を持つようになるのであれば、それもよいかもしれない。

そのためには事実が知らされなくてはならない。IDが読めないことは関係がない。枚数を推定できるのかできないのかだ。そういう調査をしたという話は未だ聞いたことがない。距離も同様で、最悪時の距離が3ミリなのか、2センチなのかというのは、財布に入れる紙幣という文化の歴史的転換をもたらすか否かを決定付ける基本要素だ。

RFIDタグが、紙幣だけでなしに、服や財布自身や財布の中の他の物にもついていれば、30個だとわかってもそれが紙幣だとは限らないのだから問題ないという主張が出てくるかもしれないが、そういう世の中が来るのは何年も先のことだろう。紙幣への導入がもし来年から始まったとすると、それはRFIDにとって先発隊であるわけで、それが紙幣であることが明らかな事態が何年も先まで続いてしまうことになる。

これは所詮は程度問題であるから、民間のサービスなら受容されてしまうかもしれないが、紙幣への導入は国家の行為であるという点で、国民への完全なる説明のない状況での導入というのは、あり得ない話だろう。

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