日経デジタルコアの4月のトレーサビリティ研究会の席で、RFIDを研究題材となさっている国立情報学研究所の佐藤一郎さんから、興味深い話をうかがった。
(ユビキタスコンピューティングをプライバシーを確保しつつ実現するには)RFIDを(人が身に付ける)物ではなく、街角の方に付け、人の方がリーダを持って歩けばよい。
リーダを携帯ネット端末と一体にし、読み取った場のIDをネット経由で検索して利用するようにすれば、プライバシーは、携帯端末の通信に使用する通信事業者と、通信先のコンテンツプロバイダの運用体制によって確保されることになる。
このように、当然ながら、RFIDも使い方によって、プライバシーの問題を生じさせない場合がある。佐藤さんの7月12日の日記でも、
Wal-MartがRFIDタグを実証実験の延期を決めましたが、物流や倉庫管理を目的に、複数商品を詰めたパレットや段ボールにRFIDタグを貼る分にはプライバシー上の問題もおきないのに、個々の商品にまで色気を出すので話がややこしくなります。どちらにしてもRFIDは話題先行のバブル状態でしたから、これで落ち着いて実用化ができるのではないでしょうか。
と述べられている。
日経ニューメディアの7月25日の記事に次の記述があった。
今回の欧米の動きは,日本の関係者にも衝撃を与えている。欧米と同じ事態を招かないために総務省は,日本では電子タグに対応した各種のネットワーク対応サービスを充実させることによって,消費者に様々な利便性を訴える考えである(詳細は日経ニューメディア2003年7月28日号に掲載)。 日経ニューメディア, 解説:電子タグの導入中止に傾く欧米の流通業界,プライバシー問題から消費者が反発
これを見て、「ごまかし通そうという話?」と嫌な予感がしたのだが、日経ニューメディア2003年7月28日号を取り寄せて記事の全文を読んでみたところ、次のように書かれていて、ちょっと安心した。
こうした事態について総務省は,「欧米では犯罪発生率が高いという背景があるため,万引きや盗難などを防止するために電子タグを導入するという発想から抜けきれない。管理者サイドに立ったこうした導入方針が,消費者の反発を招いたのではないか」としている。...(略)
欧米と同じ事態を招かないために総務省は,日本では電子タグに対応した各種のネットワーク対応サービスを充実させることによって,消費者に様々な利便性を訴える考えである。例えば食品の流通管理では,消費者に農薬の使用履歴などの正確な情報を提供できる。またITS(高度道路交通システム)関連では,車両ごとに最適な経路に誘導するサービスなどが考えられている。...(略)
もっとも日本でこうした導入方策が考えられたのは,外国に比べて犯罪発生率が低いため,流通業者が犯罪防止の目的だけから電子タグのシステムを導入しても,現行のバーコードに比べて採算が合いにくいという事情があったからだ。実際こうした理由から日本では,流通業者による電子タグの導入意欲は低い。...(略)
「高度道路交通システム」についてはどうやってプライバシーを確保するのか、やや心配なところもあるが、この応用事例では、RFIDのコストは数百円以上するものでも受け入れられるだろうと考えると、チップ内暗号演算による解決が可能かもしれない。
8月18日には、総務省の「ユビキタスネットワーク時代における電子タグの高度利活用に関する調査研究会」の中間報告が公表された。
まだ全部を読んでいないが、中間報告概要をざっと見ると、推進分野として選出された応用事例が、比較的、個人のプライバシーに影響のないものが注意深く挙げられているようにも見える。
中間報告の第4章を、「プライバシ」で検索してみると、
■プライバシー開示制御
電子タグが一般消費者との接点を持つ場面においては、タグの機能の無効化、および消費者のパーミッションによる情報開示レベルのコントロールなどを実現することによって、技術面からのプライバシー保護を実現する必要がある。
■ユーザーに対するサービス品質・リスクの開示
電子タグを利用したサービスを消費者等に対して提供する場合、そのサービスの品質レベルの保証を行う必要がある。また、サービス利用者にとって何らかのリスクがある場合には、そのリスクを明確にした上でサービスの提供を行う必要がある。
■データ活用のメリット訴求による社会的コンセンサス形成
電子タグの利活用が高度に進んだ場合のメリットを消費者あるいは企業に示した上で、電子タグ普及に対する社会的コンセンサスを形成する必要がある。コンセンサスを得ることにより、プライバシー等の問題に対する過剰な抵抗を軽減させることも可能であると考えられる。
■プラットフォーム間プライバシー保護
タグの無効化やユーザーのパーミッションによる情報開示レベルのコントロールなどを、プラットフォームが連携した場合にも有効にする必要がある。また、異なるプラットフォームに対してはそれぞれ適した情報開示レベルを設定する、などの仕組みを実現する必要がある。
■「人」に関わる情報を扱う際のプライバシー保護
電子タグが人によって所有され、個人の属性情報と紐づいた場合には、プライバシーの保護をどのように行うかが課題となる。前述のように技術的な対応方策の開発・実用化を積極的に進めると同時に、運用面の対応を強化することも必要であり、このため、電子タグの利活用に対応したプライバシー保護ガイドラインの制定などが必要になると想定される。
といった論点が書かれている。
RFIDは、応用目的によって、ICチップにコストをかけられる場合や、通信距離を数ミリに抑えてかまわない場合や、個人に属さない場合など、プライバシーに影響を与えないものとなることがある。
重要なことは、それぞれの応用において、プライバシーをどのようにして確保するかを洗い出し、解決が困難な応用については当面実用化しないことを早めに決断し、消費者に隠すことなく説明していくことであろう。
日経コンピュータ誌のように「問題がないことにする」というのは、業界の足をかえって引っ張るだけだろう。そろそろそのことに気づいて欲しいものだ。