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高木浩光@自宅の日記

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2003年08月01日

「できることをできるだけやる」

5月25日の日記で、RFC 3041: 「Privacy Extensions for Stateless Address Autoconfiguration in IPv6」の基となったInternet Draft「Privacy Considerations for the Use of Hardware Serial Numbers in End-to-End Network Protocols」の著者であるKeith Moore氏のことを書いた。Jack Dongarra教授と私の勤務先とは、Grid Computingの研究業界で以前から親しい。

このことについて、UTKに長期出張中の同志社大の廣安先生から反応があった。「Knoxvilleの風を感じて」の最新号として「ブロッグと技術者の本能」(このリンク先はしばらくするとここのURLへ移動すると予想される)が掲載されていた。ここには、後半で、

山根 信二さんが自身のページで、「技術者がプライバシーについて議論し、技術的にどこをどうすればいいのかを判断した例。」として Keith MooreInternet Draft を挙げられていてびっくりしました。 Keith Moore は私の隣の隣の隣に住むICL の住人なのです。

廣安知之, Knoxville の風を感じて - ブロッグと技術者の本能 -

という文脈の下で、Keith Mooreにインタビューなさったそうだ。彼の応答として以下が紹介されていて興味深い。

「その当時のポジションがそのような問題提示と解決をすることができる立場にいたから当然のこととしてやったのだ。」...

「IETF は政府とは独立したグループであり、そういう問題提示と解決を行うことも目的の一つなのだ。」...

Keith へのインタビューで彼は直接には言いませんでしたが、「できることをできるだけやるのだ。」という姿勢も感じ取れました。 Knoxville の風を感じて - ブロッグと技術者の本能 -"

事業部と研究所の乖離

上の廣安さんの文にある、「日本では技術者は本当に技術だけを取り扱い……役人が決めるという意識」という点については、若干異論もある。「技術者」といってもいろいろな立場の人がいる。民間の業界で組織する研究会やフォーラムで標準化仕様が議論されたりすることがあるが、このとき結論に力を及ぼすのは事業部の技術者たちであろう。例えば、今後、ネット家電のプライバシー問題がどうなるかは、彼らの問題認識に一任されているかもしれない。

それに対して、「技術者はそのような判断をするものではない」といった考え方をしがちなのは、研究者たちではなかろうか。研究屋の仕事スタイルは、「所属する」学術コミュニティの中での共通認識として設定されている「課題」を、演繹的にもしくは実験による実証で「解く」という作業の繰り返しだ。本当にその「課題」が重要なのかといったことは、問われない場合もあるし、いくらでも理屈付けが可能なこともあるので、コミュニティに積極的に参加して、「課題」を肌で感じ取って仕入れてくれば、あとは知恵と労力と資金とで仕事を進めることができる。

研究屋の仕事はある意味、技術のカタログをただひたすらせっせと作り散らすことかもしれない。学会発表はいわば「ガレージセール」で、使えるか使えないかは見た人に決めてもらえばよいというスタンスだ。この場合、研究屋は「判断をする立場ではない」ということになる。というか、「説明は果たしたので、あとは見る人が判断できるはずだ」と期待して、「それ以上のことをする必要がない」という立場だろうか。これは、研究屋の美学でもあるかもしれない。

しかし、そのガレージセールをいったいどれだけの事業者が関心を持って見ているだろうか。学術コミュニティ内で暗黙的に設定されている「課題」を、事業部の技術者が理解するだろうか。

「できることをできるだけやる」というのは、研究者的な仕事スタイルだとも言える。本当に必要かどうかとは別に、可能な技術的追求をやっておくというものだ。

最近、プライバシー問題関連で、あちこちの大手企業の研究所の研究者と話して感じたのは、研究所と事業部とが乖離してしまっているのではないかという疑念だ。研究者は、「課題」を鼻で嗅いでくることこそが生きていく糧であるから、社会にとって何が問題とされているか(問題となり得るか)を知っている。(自分のものとして考えたか、伝聞として知っているだけかは別として。)その一方、直接社会に影響を及ぼす立場にある製品開発部門の技術者は、その問題の存在自体を聞かされたことがないという状況があるのではないか。

それを特に感じるのは、日本の携帯電話の分野だ。携帯電話のインターネット対応の歴史を振り返ると、技術の本質を理解しないまま、見よう見まねでそれっぽくインターネットの技術を取り入れ、独自拡張したり独自サブセットを作ったりしてきた。そこにある仕様は、汚らしい、洗練されていないものだったりする。たいした議論をすることもなく、見識の低い数人程度の技術者がホイホイと決めてしまったように見えるものが散見される。

「プライバシー問題を避けるためには固定IDに代わる技術が必要である」という認識は、情報セキュリティ関連の研究者であれば、学術コミュニティの共通認識として肌で知っているはずだ。それが事業部の技術者には届かない。たいした議論もなく数人で決めてしまうような仕様に固定IDが盛り込まれる。研究者は事業部から期待されていないのか、あるいは、研究者に事業部に働きかけるメリットがないのか。

この話は、「事業部」を「行政府」に置き換えても同じだ。

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