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高木浩光@自宅の日記

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2011年02月09日

ウイルス作成罪創設に向けて国民に迫られる選択

先々週、JNSAの時事ワークショップ「ウイルス作成罪を考える」に参加してきた。JPCERT/CCの早貸淳子氏から前回提出法案に沿った解説があり、それに続いて、私から前回提出法案の問題点がどこにあるのかについてお話しした後、会場にお集りの業界の方々からのご意見を頂きながら議論した。(以下はそのとき使用したスライド。)

私が述べたことは、これまでここに書いてきたこととほぼ同じであるが、早貸氏との議論を通して、以前より問題の見通しがすっきりして、やはりそうだという想いを強くした。今回、新たな説明方法を思いついたので、それを以下に書く。(以前より正確さが増したはず。)

法案が前回のまま提出されると、「(A)解釈」で賛成するのか「(B)解釈」で賛成するのか、国民は選択を迫られる。そして、ほとんどの人々が両者の違いに気づいていない。このままでは、立法者意思として(B)解釈前提で改正法が成立したとしても、(A)解釈の法律だと思い込んでいる人々の存在によって、誤った法運用につながる危険がある。したがって、今、両者の違いについて理解しておく必要がある。


(A)解釈

(A)解釈では、プログラムが「不正指令電磁的記録」であるか否かが静的に客観的に定まる*1(ことを前提としている)。

そのプログラムを「人の電子計算機における実行の用に供する」行為が「供用罪」となるのだが、このとき、(A)解釈では「人の電子計算機における実行の用に供する」の解釈が、単に「プログラムを渡す」というような意味であり、行為者がどういう意図でプログラムを渡しているかは罪の構成要件に関係がない。

そして、この「供用」の目的で作成する行為が「作成罪」となる。

(B)解釈

(B)解釈では、「人の電子計算機における実行の用に供する」の解釈が、単に「プログラムを渡す」というような意味ではなく、「不正指令電磁的記録としての実行」を行為者が意図していることを含む。すなわち、行為者の主観として「不正指令電磁的記録としての実行」*2の意図の有無が、犯罪の構成要件となる。

そして、この「供用」の目的で作成する行為が「作成罪」となる。


法案起草者の趣旨(立法者意思)がどちらなのかというと、刑法学者に言わせると(A)でなく(B)であることが明白だそうだ。それは、この法案が文書偽造罪とパラレルに設計されていることから当然に導かれるのだそうで(つまり、刑法典の一つのパターンに沿っているということ)、このことは、以下のように石井徹哉教授から再三にわたりご指摘いただいている。

@HiromitsuTakagi 処罰の実体である行使を目的とすることで偽造行為の違法性を基礎づけるようにしています。これは,不正指令電磁的記録作成罪も同様です。つまり,意図に沿わないまたは意図に反する動作をする指令を与える電磁的記録を供用することが処罰の本体です。

tedie
2010-08-09 03:33:24

@HiromitsuTakagi したがって,供用行為には,現に実行する人の動作に対する信頼を裏切る形で提供するという意味がはいっていることになります。これを作成行為等の目的へと前倒しすることになり,供用目的には,現に実行する者の動作への信頼を裏切る形でのという趣旨がでてきます

tedie
2010-08-09 03:36:04

@HiromitsuTakagi 刑法になれてしまっていると,このような目的犯の構造,処罰の基礎づけ方からすると,どうしても,高木さんの言われるような条文の規定形式は,冗長なものと見えてしまいます。たしかに,もっとうまい表現があればよいのだと思います。

tedie
2010-08-09 03:40:58

Togetter - 「ウイルス作成罪(不正指令電磁的記録作成等)法案についての議論」

ところが、この法案の是非を語る人の多くが(A)解釈の法案だとみなしているようで、そこに問題がある。しかも、法律家でさえ(A)解釈だと思っている人が何人も散見される。

このことは、次の問答で明白になる。

法律家に対して、「この法案は、バグのあるプログラムまで処罰対象にしてしまう危険なものだ」と主張したときに、「いえいえ、故意がなければ犯罪ではないです」という反論をした法律家は、(A)解釈を念頭に置いている疑いが濃い。

なぜなら、(B)解釈を念頭に置いているならば、「そもそも供用にあたらない」と答えるはず(作成罪については、「目的がない」と答えるはず)*3だからだ。

このことは文書偽造罪と並べて考えてみればわかる。

文書偽造罪を上記の(A)解釈とパラレルに曲解してみると、「偽造文書」なるものがあって、それを単に「使用」したら犯罪(偽造文書を便所紙として使用した場合でも犯罪)と言っているようなものだ。

そんなわけはなく、当該文書を偽造文書として効力が生ずる形で使用する行為が犯罪とされているわけで、刑法161条はそれを「行使」という用語一言で表している。

やっかいなことになっている原因は、不正指令電磁的記録作成等の罪においては、文書偽造罪における「行使」のような都合の良い用語(歴史的に意味が定まった用語)が存在しないからだ。

「行使」に対応するのは、「人の電子計算機における実行の用に供する」の部分であるが、文理解釈ではどうとでも解釈されてしまう。

ならば、「人の電子計算機における実行の用に供する」を、刑法用語として「供用」と略称して、「供用」という用語はそういう意味(B解釈)なんだということにしてしまってはどうかと、石井先生に問いかけてみたところ、「供用」という言葉は他のところで既に使われているので駄目とのことだった。

@tedie そこで考えたのが、先に供用罪を規定して、それを参照して作成罪を規定する書き方です。http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20061022.html の「先に供用罪を定義してその後に作成罪を」から始まる部分です。不格好でしょうか。

HiromitsuTakagi
2010-08-09 03:44:24

@tedie 結局、前方参照の問題(後に定義する言葉を前で使用できない)を解決するために、文書偽造罪においては「行使」という都合の良い言葉があったけれども、不正指令電磁的記録作成罪においては、言葉がなかったため、パラレルにしたつもりがパラレルになっていないという話だと思います。

HiromitsuTakagi
2010-08-09 03:48:03

@HiromitsuTakagi それでもよいのですが,条文のお約束みたいなものがあって,それに反しているのが難です。供用罪を原則として規定し,その予備として作成罪を規定するのでもよいのですが,それもちょっと

tedie
2010-08-09 03:48:48

(中略)

@tedie この法が成立すれば2項を「ウイルス供用罪」と通称するようになると思うのですが、通称における「供用」は言葉通りの意味ではなく、指している条項の内容の意味になるのですよね。「行使」という言葉が通用するのもそういうことかと思いまして。

HiromitsuTakagi
2010-08-09 04:17:48

@HiromitsuTakagi 161条の2の電磁的記録不正作出罪のところでも「供用」が使われています。こちらは,「人の事務処理の用に供する」という内容です。ですから,供用と略称するときでも,罰条によって意味が違うことになります。行政法規では他人に使用させるという意味で使う場合も

tedie
2010-08-09 04:27:19

@tedie なるほど、それでは使えないですね。

HiromitsuTakagi
2010-08-09 04:30:03

Togetter - 「ウイルス作成罪(不正指令電磁的記録作成等)法案についての議論」

その後、先々週のJNSAのワークショップでの議論を経て、「実行」の言葉を差し替えればよいのではないかとの考えに至った。つまり、「騙してさせる実行」というような意味*4を含む言葉を探せばよい。しかし、未だ見つからない……。

というわけで、ウイルス作成罪の問題点はここにある。そうすると、立法者意思が(B)解釈であるなら、それさえ何らかの形で明確にされれば(付帯決議で補足されるとか、法務省の逐条解説で説明されるとか)このままの法案でいいじゃないかという考えもあるかもしれない。

しかし、私が気になるのは、法律家までもが(A)解釈の法案とみなしていることで、これは危うい状況にあると思う。

その危惧を、近未来フィクションの形で描いたのが、前回の日記「このまま進むと訪れる未来 岡崎図書館事件(15)」である。

この物語では、(B)解釈の立法者意思の下で法案が可決し、施行されてから数年間は立法者意思の通りの運用がなされ、前例が蓄積されていくけれども、5年ほど経った2017年には、中だるみが生じて、岡崎図書館事件における愛知県警や名古屋地検岡崎支部のようなところが現れ、蓄積された前例の表層の類似性だけでもって、正当なプログラム作成行為を犯罪扱いしてしまうという事件を描いている。

この物語は、岡崎図書館事件とは違ってバッドエンドになっている点に注意してほしい。これは単に警察や検察が誤った捜査をしたという話ではなく、法解釈上、不正指令電磁的記録作成罪が、(A)解釈で通ってしまうかもしれない世界を描いている。物語の都合上、被疑者は起訴猶予処分になるという展開にしたけれども、実は、起訴されて有罪になってしまうことだって起きかねないと思っている。

この物語の肝は、検察官が新聞記者の取材に答える以下の部分である。

記者「不正指令電磁的記録作成罪は目的犯ですが、目的の認定は?」

検察「刑法は『人の電子計算機における実行の用に供する目的で』と規定している。ホームページでプログラムを公開していたことが、この目的に該当する。」

記者「本人はハードディスクを消去するのは正当なプログラムだと主張していますが。」

検察「刑法は『人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録』を不正指令電磁的記録」と規定している。美術館の人が使用した際にはその人の意図に反していたし、ハードディスクを消去するのは『不正な』プログラムだということ。」

記者「不正指令電磁的記録作成罪は故意犯ですが、故意の認定は?」

検察「五菱電機から苦情があった時点で、本人もそれが不正指令電磁的記録となり得ることを認識している。その後もプログラムを改良してホームページを更新しており、未必の故意が認められる。」

このまま進むと訪れる未来 岡崎図書館事件(15)」(この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。)

これは、検察官が(A)解釈の立場をとっていることを表現したものである。(A)解釈においては、最初にプログラムを作成した時点で「不正指令電磁的記録作成の故意」がなかったとしても、その後、それが不正指令電磁的記録とみなされていることを知りながら、プログラムをアップデートすると、故意が認められてしまうということを表している。(プログラム開発者としては、このような未来は容認できないはずと思う。)

一方、このとき(B)解釈の立場がとられたなら、目的がない(検察側に被疑者の供用目的を立証する材料がない)ことになって犯罪に当たらないことになる。

ちなみに、「美術館の人が使用した際にはその人の意図に反していたし」という部分は、じつは、(A)解釈としても正しい法解釈ではなく、本当は「客観的な規範に基づく一般論としての使用者の意図」を基準に判断しなくてはならないのだが、物語に出てくる「何の説明もなくハードディスクを消去するプログラム」は、「客観的な規範に基づく一般論としての使用者の意図」からしても、意図に反する動作とみなされる余地はあるように思う。

また、物語に出てくる警察は、市民からの抗議電話に対して次のように告げる。

警察の考え方として、立件したのは、事実として岡知市立美術館がそのプログラムによりデータが破壊され復旧不能な状態に陥っているから。警察は常に被害者の立場での問題に対処している。

(ハードディスクを35回繰り返し消去するプログラムというのは世間ではよくあるプログラムであり、またフリーソフトの公開というのは普通こういうものだ、との質問に対して)「それはプログラムに詳しい方の一方的な見解に過ぎない。ぜひ美術館側の立場で考えて欲しい。不用意なプログラムを一般公開されて、誤って実行してしまった美術館側としては非常に困る事態に陥っている。作成者側の事情や立場に立つのではなく、警察は被害者側の立場で対応する。これはネット上でどうというよりも、実際に現実世界で被害を受けた方々がいることが重要視される。」

考えて頂きたいのは、これまでネットの中では通用してきたかも知れないが、今日においてはネットにそれほど通じていない人々もネットへ参加してきているということだ。実際被害が出ていて困っている人々がいることは理解して欲しい。ネットに詳しい人だけが分かればいい問題ではない。

常にパソコンに理解の深い人だけが参加しているのではないという理解をして欲しい。その上で、ハードディスクを消去する前に必ず確認の画面を二重三重に出すような安全処置をして欲しいし、データがもう破壊されているのに消去を常識外れに繰り返すなどの利用は普通はしないと思う。

このまま進むと訪れる未来 岡崎図書館事件(15)」(この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。)

じつは、現時点においても、この物語上の警察官と同様の考え方をしている人々がけっこういるのではないかというのが、私が懸念するところである。

その種の人々というのは、「どんな態様で配られるプログラムも、不用意に開いても大丈夫なようになっていて欲しい」「そうなっていないプログラムを積極的に放置することは(未必の故意による)犯罪として取り締まってほしい」という考えを持っている人のことである。

この法案を(A)解釈で理解して賛成している人々(懸念の声に対して「故意がなければ犯罪ではない(から杞憂だ)」と反論しているような人々)は、じつは、そういう考えの持ち主なのではないか。

私は、そのような考えには賛同しない。情報技術の分野においては、それはあまりに過酷な規制となるので、避けるべきであると思う。

しかし、そういう考えの人もいる中で、法案が提出され、国会で議論されようとしているのだから、どのような法案が可決されるのかは、国民の選択だとも言える。

そうすると、問題は、人々が(A)解釈と(B)解釈の違いに気づいていないことである。(B)解釈で賛成している人と(A)解釈で賛成している人が混在して、お互いにその違いに気づかないまま、多数派として可決された場合に、後になって「どっちだったんだ?」ということになるのが怖い。

(A)解釈での賛成者がそれなりに多かったりすると、本当に、近未来フィクションで描いたような事例が、起訴され、有罪判決で確定するという世の中が訪れてしまうかもしれない。


と、以上の内容の日記を書いていたところ、ちょうど新しいニュースが出た。

  • 新設のウイルス作成罪法案公表 「正当理由」除外し提出へ, 共同通信, 2011年2月9日

    法務省は(略)改正案の概要を、民主党法務部門会議に示した。

    2005年提出の法案(廃案)では「ウイルス駆除ソフトの開発や試験といった正当行為も処罰対象になる恐れがある」との批判があり、今回は「正当な理由がないこと」を罪成立の要件に加えて処罰対象を限定した。

何らかの修正が加えられるらしい。「正当な理由がないこと」と言えば、前回提出時の野党案(民主党案)が、「人の電子計算機における実行の用に供する目的で、正当な理由がないのに、」というものだったことを思い出す。

今回この通りの修正が加えられるのかまだわからないと思うが、いずれにせよ、「人の電子計算機における実行の用に供する」の解釈のブレの問題は、上に述べたとおり、依然として残るのではないだろうか。

*1 その規定は「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」であるが、このときの「意図」というのが誰にとっての意図かというと、プログラムを実行する場面それぞれにおける使用者の意図という意味ではなく、客観的な規範に基づく一般論としての使用者の意図という意味とされている。このことは、法制審議会の部会第3回会議で以下のように説明されている。

本罪は,ただいま御説明いたしましたとおり,電子計算機のプログラムに対する社会一般の信頼を保護法益とする罪でございますので,電子計算機を使用する者の意図に反する動作であるか否かは,そのような信頼を害するものであるかどうかという観点から規範的に判断されるべきものでございます。すなわち,かかる判断は,電子計算機の使用者におけるプログラムの具体的な機能に対する現実の認識を基準とするのではなくて,使用者として認識すべきと考えられるところを基準とすべきであると考えております。

*2 このときの「不正指令電磁的記録」該当性は、行為者の主観によって定まるのではなく、上記の「客観的な規範に基づく一般論としての使用者の意図」を基に定まる「不正指令電磁的記録」なるものであり、それを行為者の主観において意図しているか否かが問われる。

*3 「故意で落ちる」とするよりも、「そもそも供用でない」「目的がない」とする方が確実に落とせるのだからそう答えてしかるべき。

*4 正確には、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき」実行という意味。

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