女児は「アバター」と呼ばれる自分の分身に、現金と交換する疑似通貨で服やペットを買って楽しむ会員制ゲームをしていて、他人のアバターの服(2200円相当)を盗もうと計画。昨年10月、徳島市の中学3年の女子生徒に「疑似通貨を増やすいい方法を教えてあげる」とネットを通じて持ちかけてIDとパスワードを聞き出し、不正にゲームに入ったとされる。
(略)女児は「いろんなアイテムがほしくて悪いことをした」と話しているという。
小学6年生の女子児童が不正アクセス禁止法違反で補導されたというニュースだが、今もこういう事件が起きているらしい。子供達は、何が悪いこととされたのか、本当にわかっているのだろうか。同じことは6年前にも書いたが、もう一度書いておく。
先週の金曜日、久野さん(久野靖筑波大学教授)の取り計らいで、「プログラミング・情報教育研究会」の場で「小中学校から教えるべき情報セキュリティの要点」と題して講演する機会を頂いた。そこで「教えるべき」としたのは以下の点。
いずれも、だいぶ前にこの日記に書いていた内容であるが、講演では、中学校、高等学校の検定済教科書を入手して、現状がどうなっているのかを調べて報告した。
中学校の技術・家庭の教科書2冊と高等学校情報Aの教科書12冊を調べたところ、上記のいずれの点についても、ほとんどで触れられていないか、言うべきことが書かれていなかった。(たとえば、上記1.の点は、第一学習社の三訂版情報Aにしか記述がなかった。)
もっとも、これらの教科書は平成18年検定のものなので、いささか古くなっている。現行の学習指導要領も古いので、何を教えるべきかがほとんど明確に書かれていない。
講演に際して、新学習指導要領(数年後に施行される)についても調べたところ、変更点は、大変興味深いものになっていた。
D 情報に関する技術
(1)情報通信ネットワークと情報モラルについて,次の事項を指導する。
ア コンピュータの構成と基本的な情報処理の仕組みを知ること。
イ 情報通信ネットワークにおける基本的な情報利用の仕組みを知ること。
ウ 著作権や発信した情報に対する責任を知り,情報モラルについて考えること。
エ 情報に関する技術の適切な評価・活用について考えること。
上記引用の強調部は、現行の学習指導要領にはない記述で、「基本的な情報利用の仕組み」とは何だろうかと、「中学校学習指導要領解説」を確かめたところ、次のように書かれており、情報セキュリティの観点が明確に記載されていた。
イ 情報通信ネットワークにおける基本的な情報利用の仕組みを知ること。
インターネットなどの情報通信ネットワークの構成と,安全に情報を利用するための基本的な仕組みについて知ることができるようにする。この学習では,情報通信ネットワークの仕組みの観点から,情報セキュリティの確保のために対策・対応がとれるよう,D(1)のウと関連させて指導するよう配慮する。
(略)安全に情報を利用するための基本的な仕組みについては,ID・パスワードなどの個人認証とともに,フィルタリング,ウイルスチェック,情報の暗号化などについて知ることができるようにすることが考えられる。
すばらしい。想像していたより抜群に良い方向に向かっていた。あとは、この期待に答えられる教科書作りがなされなければならない。
と、講演ではそういう話をしたのだけども、ここでは、以下、パスワードの件についてだけ書く。
言いたいことは6年前の日記「警察庁と警視庁は子供に不正アクセスをどう教えているか」(とそれに続く「不正アクセス禁止法 立法者の意図(推定)」)にほとんど書いているが、改めて今の理解で書き直してみる。
他人のパスワードを無断で使う行為は、必ずしも自然犯ではない。その行為自体に必ずしも反道徳性があるわけではないところ、不正アクセス禁止法(不正アクセス行為の禁止等に関する法律)によって、2000年2月以降(罰則付きで)禁止されているにすぎない。*1(しかも、電気通信回線を通じて行うものに限定されている。保護法益がそういうものだから。)
子供が自然に育つ中で、他人のパスワードを無断で使うことが反道徳的なものであるとの感覚を持つとは限らない。それどころか、パスワード破りはゲームのように扱われることが少なくない。
だから、初等教育のかなり早い段階(少なくとも、学校でパソコンを使わせる最初の時点で)、「他人のパスワードを無断で使うことは法律で禁止されています。これはルール。やってはだめ。」ということを単純に、明確に教えるべきである。
では、現状の検定済教科書がどうなっているかというと、中学校の技術・家庭の教科書では、「パスワードは他人に知られないように」という記述はあるが、他人のものを無断で使ってはいけないという記述がない。
また、高等学校の情報Aの検定済教科書を調べてみたところ、次のようになっていた。
最後の実教出版の情報の教科書は、(シェアが高いわりにプロの間では評判が悪い様子だったが、)不正アクセス禁止については、他のどの教科書よりも言うべきことを最初に言っていて良い出来だった。(もっとも、説明文が雑で正確性を欠いている*2のだが。)
他の教科書に見られるように、不正アクセスの攻撃から防衛することに力点を置くあまりに、不正アクセスの脅威をおどろおどろしく書くパターンが多いが、そういう書き方をすればするほど、善良な児童生徒は、自分がそれを犯す可能性に想像が及ばなくなってしまうのではないか。
不正アクセス禁止法違反で子供が補導される事件は、以前から度々起きていて報道されていた。
相手からアイテムを奪うというのはゲーム内では日常であり、まったくの合法行為で、それ自体が目標となるなわけだが、その手段として、ゲームのアカウントのパスワードを奪う(無断で使う)のは、ゲームの外の話であって、罰則付きの違法行為なわけだけども、はたしてそのことが、子供達に区別がついているのかどうか。
これが以前から心配していたことで、これまでにも何度か、シンポジウム等でお目にかかった警察の方に「ちゃんと教育してください」と意見を述べたことがあった。
毎年発表される「不正アクセス行為の発生状況及びアクセス制御機能に関する技術の研究開発の状況」によると、平成20年においても、10代による犯行が最も多かったという。
被疑者の年齢についてみると、10歳代(48人)が最も多く、20歳代(42人)、 30歳代(35人)、40歳代(11人)、50歳代(1人)の順となっている。なお、最年少の者は14歳、最年長の者は52歳であった。
不正アクセス行為の発生状況及びアクセス制御機能に関する技術の研究開発の状況, 国家公安委員会・総務大臣・経済産業大臣
そして今回、講演のために古い日記を読み返していたところ、以前、問題視して書いていた、警察庁の児童向けの教育コンテンツ「キッズ・パトロール」が現在も修正されておらず、当時のまま公開され続けていることに気づいた。
以前に示したときはリンクと文字で説明しただけだったので、今回はわかりやすいように、実物の画面を引用して示す。
「ハッピィちゃん」の家に遊びに行く途中で、「合言葉を見つけて」というのだが、この「合言葉」の利用権者が誰なのかは説明されていない。
しかも、これで完成した「合言葉」は、インターネットにおけるIDとパスワードのことなんだという(図3)。
人に教えてはいけないとは説くが、他人のパスワードはいかなる目的であっても無断で使ってはならないことについては、何も言っていない。
さきほどのパズルで見つけ出したパスワードを入力せよというのだが、これがアクセス管理者(ハッピィちゃん)から主人公に対して発行されたパスワードなのかは、どこにも説明されていない。
もう一つ、同様に問題のあるコンテンツがある。(2005年11月18日の日記に書いた件。)
「あんなメール出さなければよかった」という状況で、「なんとかメールを取り戻してみよう」という。どうやってやるのかというと、次の図だ。
メールの転送経路上にある複数のISPに対して、それぞれに異なるパスワードを入力して、メールを奪還せよという。パスワードの利用権者が誰なのかは全く説明されていない。
これが、現実ではなくて虚構のお話なんだとネタばらしするのはよいが、図8のように、「本当は……ゲームみたいに取り戻すことはできない」と言っているだけで、自分のパスワードじゃないものを、パスワードとして使ってはいけないということについて、何も言っていない。
これは笑い事ではない。こうやって普段からゲーム感覚でパスワードを扱っているから、子供たちに、ゲーム内の世界と、ゲームと現実との境界線(つまりパスワード)を混同させてしまっているのではないのか。
このコンテンツがじつは全く使われていないというのなら、まあいいだろうけども、調べてみると、国立教育政策研究所の「教育情報ナショナルセンター」が、小学校向けの教育コンテンツとして、このキッズ・パトロールを推奨している。
こういう不適切なコンテンツは、修正するか、削除するべきである。
子供の前で食べ物を玩具にしてはいけないというのと同様に、パスワードを玩具にしてはいけない。
*1 この点について、警察庁不正アクセス対策法制研究会著「逐条 不正アクセス行為の禁止等に関する法律」(立花書房)は p.68 で次のように説明している。
いわゆる自然犯は行為それ自体が法律で定められるまでもなく社会的に悪とされる行為であり、法令においては、特にその行為をしないように命ずるまでもなく、その行為を処罰する規定を設ければ足りるものであり、他方、法定犯は行為それ自体の当罰性は法令の規定による義務履行違反に求められるため、法令においては、義務を課する規定と義務違反を処罰する規定とを設けることが必要であるとの理解に基づくものであると考えられる。
このように解する場合、不正アクセス行為については、処罰することとすることが適当な行為であると認められるにしても((略)アンケート調査結果でも回答の約八十五パーセントが不正アクセスを法律で取り締まる必要があると回答している。)、前法律的に反規範性を有する行為であるとまではいえないと考えられる。そこで、本法においては、不正アクセス行為の処罰については、犯罪の防止及び電気通信の維持という本法の目的を達成するために、本条第一項において「何人も、不正アクセス行為をしてはならない」との規定を置いた上で、第八条で同項の規定に違反した者を処罰する旨の規定を置くこととし、不正アクセス罪が法定犯(行政犯)であることを明らかにしたところである。
*2 以下の図のように書かれているが、3つの点で正しくない。 (1)「電子メールのなりすまし送信」は、不正アクセス禁止法の不正アクセス行為ではないのに、そのように読まれかねない不適切な記述になっている。 (2)「無断で他人のパスワードでログインした場合は不正アクセス行為になる」と書かれているのは良いが、それが違法だという記述が欠けているし、罰則があることも書かれていない。直前の文脈からして、「倫理上ゆるされない」話と混同される。 (3)「パスワードの入手」は不正アクセス行為ではないのに、入手することが不正アクセスであるかのような誤った記述になっている。 (4)右側の説明文と矢印で結ばれた生徒のフキダシの内容が、対応していない。
高木浩光@自宅の日記に載ってました。 欲望 ってスゴイ。 そして気になった点を 『相手からアイテムを奪うというのはゲーム内では日常であり、まったくの合法行為で、それ自体が目標となるなわけだが、その手段として、ゲームのアカウントのパスワードを奪う(無断で使う..
警察庁は子供にハッキングを唆すのを止めるべき(パスワードを玩具にするな)
小学生からクラッキングですかぁ。
恐ろしい時代が来たも..