先週、大きな地震があった。すぐさまテレビをつけ、NHKにチャンネルを合わせると、新潟で震度6強だと伝えていた。しばらくすると、被災地にお住まいの方々の安否の確認ができるよう、NHK教育テレビで伝言サービスを始めるとアナウンスされた。チャンネルをNHK教育に切り替えると、アナウンサーが「エッチティティピーコロンスラッシュスラッシュ……」と連呼していた。アナウンスされていたURLは「http://www.nhk.or.jp/anpi/」だった*1。
しばらくすると、テレビ画面に、「心配です連絡ください」といった1行メッセージとともに、心配して連絡を求めている人と、心配されている人の、氏名および住所、たまに電話番号までもが映し出された。
この毎日新聞の記事の写真にあるようにだ。
安否を問う視聴者からのメッセージ=NHK教育テレビから
ギョっとした。いわゆるズバリ「個人情報」である。これまで散々、「個人情報」の取り扱いに注意が必要ということに取り組んできたためか、見ただけでギョっとしてしまう。
この感覚は誤りなのだろうか。「緊急時なのだから個人情報保護なんて言っている場合じゃないだろ」「しょせん個人情報なんてその程度のものだ」「おまえはこんなときにまで個人情報保護とか言うのか」という声が頭をよぎる。
いや待て、少なくとも次の問題があるように思える。
そして当然ながら「これはオレオレ詐欺に悪用されかねない」と心配になる。
そして今週、実際そうした詐欺事例が発生したとの報道が出た。
新潟県中越地震に便乗し、消防署員をかたり、東京都江戸川区の女性方に「被災者をとりまとめて振り込みの依頼をしている」と電話がかかっていたことが26日、分かった。NHKの番組で放送された住所と名前が悪用されたとみられ、女性は地元消防署などに相談して被害は免れた。
同区や江戸川消防署などによると、NHKの番組で新潟県内の親族に連絡を求めていた同区大杉の女性宅に、25日午後零時半ごろ、男の声で「被災者をまとめ、振り込みの依頼をしたり、お金を下ろして届けたりしている。(女性の親族が)お金を必要としているので振り込んでほしい」と電話があった。
東京消防庁などによると、同番組で新潟県栄町のいとこに「連絡がほしい」と、江戸川区大杉在住の女性が24日午後に住所と氏名を公開してメッセージを出したが、25日午後0時半ごろ突然電話がきた。「いとこは小学校に避難している。私は被災者を20人ぐらいとりまとめて振り込み依頼をしたりお金をおろしている。いとこは『お金が必要』といっているので午後2時までに振り込んでほしい」と30代ぐらいの男の声だった。
ちなみに、毎日新聞社も「新潟地震安否情報掲示板」という同様のサービスをしていたが、こちらでは、住所は県名まで、または市町村名までを書くよう指示しており、個人情報への配慮が見られる。
この掲示板は新潟地震に関連する安否情報を書き込む掲示板です。投稿される方は住所(都道府県まで)、氏名を記入して、メッセージ欄に安否を尋ねる人の名前、住所(市町村名まで)、伝えたいことを入力してください。
そして、被災地でも詐欺が起きていたらしい。
新潟県内では、地震被害に便乗して「あなたの娘さんが交通事故を起こして、けがをしている。医療機関は満杯で交通もマヒしているため、ヘリコプターを飛ばすことになり、そのための費用を振り込んでほしい」という電話で、金をだましとる詐欺事件がありました。(略)
「NHKよ、おまえが言うんか?」という気もするが、ただ、こちらは、毎日起きている無差別なオレオレ詐欺がたまたま被災地に起きた可能性もある。
「あんな、必要もなく番地まで公開するのは間違っている」とか、「オレオレ詐欺に使われるに決まっている」と感じた人は他にも多数いたようで、検索してみると、同様の感想が書かれたブ日記がいくつか見つかる。
さらには、そもそもこんな放送をしても役に立たない(被災された方がこんな放送を延々と見ているはずがないし、他にもっとよい方法がある)とする意見もちらほら見つかる。
朝日新聞の記事によれば、NHKは、地上デジタル放送の双方向機能を使って、検索できるようにもしていたそうだ。
教育テレビとFMラジオで読み上げた安否情報を蓄積。双方向機能を使って人名などを検索すると、情報を呼び出せる仕組みだった。
人は、自分の行いが他人のため、善意でやっているのだとの認識を持った時点で、それが危険をももたらす可能性がある場合においても、そこに考えが及びにくくなるものなのかもしれない。さらには、その行いが実はたいして役に立たないのだという可能性にも、あえて気付こうとしないのかもしれない。
ひどい場合には、問題点を指摘されても、「良いことをしてはいけないと言うのか?」と、話を聞き入れようとしない心理状態(逆切れ)に陥るかもしれない。単に「改善した上で実施する方法がある」と言われているにもかかわらずだ。
そうした現象は、小学生のランドセルにアクティブ型RFIDタグを付けさせる人たちにも見られるかもしれない。
ところで、情報の入力を受け付けていた http://www.nhk.or.jp/anpi/ の画面の末尾には、次のように書かれていた。
・登録された情報は、内容が安否情報として適切かどうかを点検の上で公開しますので、登録してから検索できるようになるまで時間がかかる場合があります。 ・登録された情報に明らかな誤りや不適切な表現が含まれる場合には、登録者への告知なく情報の内容を変更したり、削除したりする場合があります。 ・安否情報システムにご登録いただいたみなさまの個人情報は、安否を確認する目的以外に利用することはありません ・インターネットで登録された情報は、登録者への告知なく放送で利用する場合があります ・情報の削除を希望する方は下記へ連絡ください。(略)
ここでも、誤って広まってしまったプライバシーポリシーの書き方の習慣が、害をもたらしている。
Webの世界では、何年か前から、プライバシーポリシーなるものを提示することがだいぶ一般的になっていた。しかし、何を掲示するべきかを勘違いして書かれたものが非常に多かった。
正しい「プライバシーポリシー」とは、そこで入力した情報がどのように扱われるかを正確に表明することである。ところが、ほとんどのサイトは、「不正な目的には使用しません」という視点で表現された文章になっている。
おそらくプライバシーポリシーを書かされている人たちには、
プライバシーポリシーを書けって? どうしたそんなもの書かないといけないの? うちの会社が不正な目的で使うわけがないじゃないか。という意識があるのではなかろうか。そういう意識があると、「そういうことはありません」という文章になってしまう。
本来なすべきことは、どんなに当たり前であっても、収集した情報をどのように使うかをそのまま書くことだ。たとえば通販サイトならば、
入力された情報は、商品発送のあて先としてのみ使用します。という表現になるはずである。
NHKの今回の安否情報のページであれば、本来なすべきことは、入力された住所氏名が、番地まで隠すことなくそのまま教育テレビで全部が放映されるということ、また、Webでの検索や、地上デジタル放送の双方向機能で、どのように閲覧されるかを正確に書くことだったはずである。
それは面倒な作業なのかもしれない。そこへきて、プライバシーポリシーの変な書き方が蔓延してしまったがゆえに、「安否を確認する目的以外に利用することはありません」などという否定形の文章(何をするのかは曖昧な説明のままで済まされる)を書くだけで満足してしまう(義務を果たしたと錯覚してしまう)という現象が起きているように思える。
ちなみに、毎日インタラクティブの安否情報掲示板もダメだ。
情報を記入する画面に、
プライバシーについて(必ずお読みください)と注意書きされているが、リンク先の「プライバシーについて」は、mainichi-msn.co.jp 全体の一般的なプライバシーポリシーのページになっていて、個別の記入欄の情報がどう扱われるかが書かれているのではない。
サイト全体とか、会社全体でのポリシーを書こうとすれば、当然ながら抽象的なものにならざるを得ない。そうでなければ長大な文章にならざるを得ない。つまり、誰も読まないか、読んでも意味のない文章にしかなりようがない。
日本のプライバシーポリシーの書き方は根本的に間違っている。
*1 アクセスしても数十分もの間、このページは404 not foundだった。まだ準備もできていないページを盛んにアナウンスしてアクセスを促していた。おそらく、「つながりません」という問い合わせの電話が大量にNHKに寄せられていたことだろう。ただでさえ貴重な災害時の電話回線がそれで食いつぶされていたに違いない。