昨日からこれが話題になりつつある。
総務省の資料より。ウイルスがダメなのはわかるけど、どこからがウイルスと捉えられるのかが問題。「ユーザーの意図に反する動作」っていわれても「ユーザー」のリテラシによるから難しいなぁ。 pic.twitter.com/hpGnPmUWlS
— はぁこ🌸ビール女子麦子開発中 (@paco_itengineer) June 23, 2019
みんなに役立たないことにプログラミング技術を使った奴はタイーホ了解!!!!!!!!!自分のためにしか役に立たなかったり面白いだけで役に立たないことにプログラミング技術を使っているみなさん!!!!!!! pic.twitter.com/YUjSTzmUkj
— sksat@OtakuAssembly (@sksat_tty) June 24, 2019
ソースはこれのようだ。
まず根本的に間違っているのは、「悪意があってもなくても、ウイルス作りは犯罪」*1と断罪されている点だ。言うまでもなく、悪意のないウイルス作り(作成・提供)は合法である。
こうした典型的な勘違いが出てくることが予想されていたので、刑法改正案は一旦廃案となって、民主党政権時代に修正法案が提出された際、「正当な理由がないのに」との条文が付け加えられたのだ。もっとも、何度も周知してきた*2ように、「正当な理由がないのに」は「違法に」の意味*3であり、刑法35条(正当行為)の同語反復となっていてほとんど意味がなく、確認的に規定されただけのもの*4と言われている*5。そもそも「正当な理由がないのに」との条文がなかったとしても、「人の電子計算機の実行の用に供する目的で」との条文により、「悪意のないウイルス作り」は該当しないのである。
次に、このパンフレットは、供用罪についての説明が一切ない。供用罪のことを知らないのだろう。不正指令電磁的記録に関する罪は、供用罪が中核にある。供用(168条の2 2項)を罪とすることを核として、その未遂(同条3項)も罰するものとし、その前段階であるところの作成・提供(同条1項)をも罪とし、さらにその取得・保管(168条の3)までも罪とするものである。供用する目的がないのなら、作成も提供も取得も保管も犯罪ではない。供用とは、要するに人を騙して(プログラムに対する社会の信頼を害する程度に)「意図に反する動作をさせる」プログラムを実行させることである。それがなければ罪にならない。
「多くの人に見てほしいと思って、ネットに公開」したことが「作成・提供罪になる」と書かれているが、誰かを騙して(意図に反する動作をさせるものとして)実行させる意図がなければ、供用罪を構成しないのであり、そのような騙す意図なく「多くの人に見てほしいと思って、ネットに公開」するケースもあり得る。
そもそも「ウイルス」というものが定義できるわけではないし、刑法は「ウイルス」を対象としているのではなく、あくまでも「不正指令電磁的記録」が対象である。この罪を「ウイルス」の語で語ること自体が誤解が生じやすいのであり、供用の目的がなくても作ること自体が危険行為であるとの勘違いを生みやすい*6。この刑法の罪は(偽造罪とのパラレルで構成されているように)そのような趣旨で立案されたものではない。
供用罪の理解、刑法の目的犯・偽造罪の構成の理解がないままオレオレ正義を語ると、このような勘違いパンフレットになってしまう。こういう素人的勘違いが田舎警察と田舎検事にまで達した*7のが、宮城県警のWizard Bible摘発事件であった。
そして、「いたずらウイルス」との記載がある点も見逃せない。兵庫県警のアラートループ摘発事件は、まさにこういう勘違いの蔓延によって(刑法改正から7年が経ちとうとう)起きてしまった悲劇であった。プログラムに対する社会の信頼を害するほどでもないジョークプログラムは不正指令電磁的記録たり得ないのだが、このようなパンフレットが出回れば、「いかなるジョークもプログラムによって行うことは犯罪」との誤解が広まることになるだろう。
このパンフレット「インターネットトラブル事例集」は、平成21年度版から出ていたようだが、不正指令電磁的記録についての記載が入ったのは、平成29年度版からだったようだ。
こうした誤解させるパンフレット作成の再発を防止するにはいったいどうしたらいいのだろう。原因を究明しなければならない。どうしてこんな内容で出してしまったのか。いったいどこの業者がこの原稿を書いたのか。消費者行政一課は法務省刑事局と協議しなかったのか。NISC総合対策グループに意見を求めるくらいしたら防がれたかもしれず、残念でならない。可及的速やかに訂正されることが求められる。*8
*1 パンフレットには、「不正アクセスや」とある。確かに、不正アクセス禁止法の不正アクセス行為(他人のID・パスワードでアクセスする行為)は(このパンフレットが言うところの)「悪意があってもなくても」違法行為である。それは、不正アクセス禁止法が「禁止法」と言う名の通り、典型的な法定犯だからである。これに対して、刑法典に追加された不正指令電磁的記録に関する罪は自然犯と言うべきもので、「悪意があってもなくても」犯罪とするような趣旨のものではない(保護法益である「コンピュータプログラムに対する社会の信頼」は(このパンフレットが言うところの)「悪意があって」初めて害されるもの)と言うべきである。やはりこのように、不正アクセス禁止法の法定犯感覚が不正指令電磁的記録の罪に混同され、誤解が広まっているようだ。
*2 例えば、2011年7月28日の日記など。その他、この日記の目次「不正指令電磁的記録」参照のこと。
*3 法務省「いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について」8頁。
*4 前掲注3は「一層明確にする趣旨で」(8頁)としている。
*5 実際、Coinhive事件の裁判でも、Androidアナライザー事件の裁判でも、「正当な理由がないのに」については全く争点にされていない。
*6 作ること自体が危険視されるウイルス(ワームなど)を作ること自体を処罰対象とするのも選択肢としてアリだったが、刑法のこの罪はそういうものではなく、騙して使うことで(法益侵害の)危険が生じるものは何でも対象とした上で、その目的での作成・提供・取得・保管をも対象としたものだ。ここで、前者の発想で「ウイルス」を捉えて絶対的危険視しながら、後者の法の規定をつまみ食いして、これらを合体させると、このパンフレットや宮城県警のような誤った理解に陥ってしまう。
*7 3月16日の日記「しそうけいさつ化する田舎サイバー警察の驕りを誰が諌めるのか」参照。
*8 スマホにまずウイルス対策ソフトが必要とかパスワードは定期的変更が必要とかWi-FiにはMACアドレス制限が必要といったインチキリテラシーもこういったパンフレットに安直に記載されがちなのだが、これまでに相当数が防がれてきている。