「ウイルス作成罪」という言葉は誤解を招くようなので、国会提出法案での名称「不正指令電磁的記録に関する罪」あるいは、「ウイルス」の代わりに「不正指令電磁的記録」を用語として使用していきたいところだが、Web検索上の便宜のため今回はタイトルは「ウイルス作成罪」とした。以下では同じものを指すものとする。
さて、ウイルス作者が著作権法違反で逮捕されるという事態になった。24日に読売新聞の取材を受け、コメントが以下のように掲載された。
(略)ウイルス被害が広がる中、法務省は2004年、ウイルスの作成・所持を罰する「ウイルス作成罪」を盛り込んだ刑法等の改正案を国会に提出。しかし、同法案に盛り込まれた「共謀罪」の処罰の適用範囲が広すぎるとの指摘があって紛糾し、現在も継続審議となっている。
現行法では、被害に対して電磁的記録毀棄(きき)罪、業務妨害罪などが適用可能だが、法務省は「今ある法律で適用できるものとできないものが出てくるほか、多様なプログラムが出回っていることから、ネットワーク社会の信頼性を守るためにも、ウイルスの作成自体を正面からとらえて対処する法整備が必要」とする。
(略)
◆被害拡大するばかり
産業技術総合研究所の高木浩光・情報セキュリティ研究センター主任研究員の話「法案は今も棚上げになったまま。その間に起きたウイルス被害は甚大で、国が放置していたと言われても仕方がない。今回はウイルスに著作物を伴っていたため、逮捕できたが、大多数は著作物を伴っていない。現在の法体系では被害は拡大するばかりで、一刻も早い法整備が必要」
「国が放置していたと言われても仕方がない」という表現は私の文言ではないが、たしかにそういう趣旨のことを話した。ただ、「国」が何を指すかはわからない。国会なのか、内閣なのか、政権政党なのか、法制局なのか、法務省なのか、警察庁なのか、私にはわからない。
このようなコメントをするに至ったのには背景がある。私は、この1年ほどの間、越後湯沢や白浜や新潟、その他の席で、様々な方々に次の質問を投げかけていた。
(Winny/Shareで蔓延中の暴露ウイルスの話題について)
ウイルスを故意に撒いている連中は本当に立件できないんですか?
ネットエージェントの杉浦氏によれば、ウイルスを故意に集めて送信可能化状態に置いている連中は、一目瞭然だそうですが。
現行法で処罰できないという見解をしばしば耳にしますが、本当はできるケースもあるんではないですか?
このままだと、ウイルス万歳な国民性、そういう文化が醸成されていってしまいますよ。
不正指令電磁的記録の刑法改正案が国会に提出済みだから、立件しちゃうと「刑法改正いらないじゃん」という話になっちゃうから、わざと立件しないようにしているとかいうことはないですか?
その間に生じた日本社会の損失は計り知れないわけですが。
共謀罪と分離して再提出ということはできないんですか?
ウイルスより前に、警察官や自衛官の情報管理環境の整備の方が先に必要だから、今のところはあえてウイルス問題の解決をしないようにしているとか?
その間に一般の人たちに取り返しのつかない悲惨な被害が出ているんですが。
これらに回答をくださる方はいらっしゃらなかった。本当に立件できないのかについて断定的な解説は頂けなかったし、共謀罪と分離した再提出が不可能な仕組みがあるのかと言う点についても解説をもらえなかった。
そして一昨日、逮捕という話を聞いたとき、「ついにか」と思った。まさか著作権法違反でとは想像が及んでいなかったが、「著作権法違反で」という話を聞いて、「なるほどそう来たか」と思った。
ウイルスの大半は著作権に関係しない方法で作られているわけで、この事件が特殊事例であることは誰の目にも明らかだろう。つまり、この事例なら立件しても「刑法改正いらないじゃん」という話にはならない。
というわけで、なされるべき報道のポイントは、「現行法ではウイルス犯を処罰できない」「法案は既に提出されている」「共謀罪が足かせになっている」「著作権法の適用は例外的で無理め路線」「刑法改正を早くせよ」「ウイルスばら撒き連中の実態はこんなだ」というものだと思い、そのように取材に答えた。
京都府警もそうは公言できないだろうけども、これはそういう思いなんではなかろうかと思った。ところが報道によれば、京都府警自身が語っているようだ。
「ネットは既に社会の重要なインフラ。現行法で罪を問えなくとも、ウイルスを作成、蔓延(まん・えん)させた行為自体が社会悪で、許されるものではない」
京都府警生活経済課ハイテク犯罪対策室の林樹彦室長(50)は中辻容疑者の逮捕を発表した記者会見で、きっぱりと言い切った。
(略)
現行法でウイルス作成を犯罪に問えるのか。府警が最初に検討したのは器物損壊罪。しかし原田ウイルスはファイルを削除するなどが主な被害で、パソコン本体やハードディスクを破壊するものではないため、立件は困難と判断した。偽計業務妨害罪の適用も検討されたが、ウイルスに感染した被害者は個人的にウィニーを使用したケースが大半で、「業務妨害」には該当しないとの結論になった。
(略)
抱き合わせで盛り込まれている「共謀罪」に野党が強く反対。法案が廃案と継続審議を繰り返し、成立のめどは立っていない。
今回、府警が警察庁や検察と協議を重ねて立件にこだわったのも「事件になれば現行法を変える弾みになる。何としても形にしたい」(府警幹部)との思いからだった。
感染すると原田と名乗る人物が画面に 人気アニメで誘う, 朝日新聞, 2008年1月25日
そこまで言ってしまうほど、刑法改正は関係者の悲願なんだと窺える。
じゃあ、誰のせいで法案は店晒しになっているのだろう。不正指令電磁的記録に関する罪の新設には誰も反対していないのだから、共謀罪から分離して再提出するだけではないか。なぜそれができない? それをさせたくない立場の人が誰かいるの? どうもわからない。
かく言う私も、2年近く前には「「不正指令電磁的記録に関する罪」に「作成罪」はいらないのではないか」という日記を書くほどにこの法案には疑問を持っていたし、2004年5月の「サイバー犯罪条約関連刑事法改正のセミナーに行ってきた」でも違和感を覚えたことを書いている。情報処理学会が2004年2月に法務省法制審議会会長宛で「 「ハイテク犯罪に対処するための刑事法の整備に関する要綱(骨子)」に関する意見書」なる提言をしているのも、情報技術者でこそ肌で感じられる違和感に基づいて、苦言を呈したものだっただろう。
しかし、その後、「けったいな刑法学者」様に諭された後に、法制審議会の議事録を読んで、その違和感は氷解した。違和感が生じるのは、国会提出法案の法文に若干の「ミス」があるためだと理解した。このことについては、2006年10月22日の日記で既に書いた通りである。
今回は、これを別の手順で説明することを試みる。また、その後の考察を加える。
まず、現行刑法の「文書偽造罪」(刑法第17章)の構造を理解する必要がある。たとえば、私文書偽造に関して次のように定められている。
(私文書偽造等)
第159条 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。2 (略)
3 (略)
(偽造私文書等行使)
第161条 前2条の文書又は図画を行使した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変造し、又は虚偽の記載をした者と同一の刑に処する。2 前項の罪の未遂は、罰する。
偽造文書を行使することが罪とされるべきものであることは誰にもわかるところだろうが、偽造文書を作ることまで罪としなければならなかったのはなぜだろうか。通貨偽造ならともかく、単なる私文書、つまり普通の紙に対してだ。
文書を作る行為まで罪とされてしまうと、軽い気持ちで文書を作る際に遊び半分で他人の印章を押したら文書偽造罪に問われる――というのでは、善良な市民の日常生活に不安を覚える。しかし、159条には「行使の目的で」とあるので、その文書を偽造文書として行使する目的がないのであれば、そのような心配はないわけだ。
そうすると次の疑問がわく。行使する目的がある犯人なら、そいつは行使するんだろうから、偽造文書行使罪だけで十分であり、なぜその作成まで罪とする必要性があるんだ? 刑も同じなのに――と。
そこにはいろいろな理由があるのだろう。ここではその理由について触れない。法律とはそういうものなんだろう。――(A)
同様に、161条の2に「電磁的記録不正作出及び共用」という罪が規定されている。
(電磁的記録不正作出及び供用)
第161条の2 人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。2 (略)
3 不正に作られた権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を、第1項の目的で、人の事務処理の用に供した者は、その電磁的記録を不正に作った者と同一の刑に処する。
4 前項の罪の未遂は、罰する。
これは、文書偽造罪の電子版であり、1987年の刑法改正で新設され、文書を電磁的記録に置き換える形で作られている。「電磁的記録」とは要するにデータのことであり、いわば「データ偽造罪」のようなものだろう。
「データ偽造」「偽造データ」と聞くとなんだか怖い。印章を押した紙ならまだそれなりに敷居があり、易々と偽造文書を作ってしまうことなんてそうそうないから安心できているのに対し、データはデータであり、数値の羅列であるのだから、そこら中にデータは遍在しているし、その一部が「偽造データ」に当たるような値になっているかもしれないとなると、なんだか怖い。
さらに、「偽造データ行使」「偽造データ供用」というともっと怖い。「供用」とはなんだろうか。純粋に「使わせる」という意味で捉えて、データをコンピュータに処理させる行為がすべて該当するのだとしたら、怖い話だ。
だが実際には、刑法第161条の2では、データを作る行為に対して「人の事務処理を誤らせる目的で」という限定が付いているし、「不正に作った」と、行為に「不正に」という限定がかかっているし、供用罪についても、「第1項の目的で」という限定、つまり「人の事務処理を誤らせる目的で」という限定が付いている。これならばまあ、納得できるだろう。
そして、今回話題の「不正指令電磁的記録に関する罪」を新設しようとする刑法改正案はというと、それはいわば「プログラム偽造罪」であろう。「文書の偽造」に「データの偽造」を加え、さらに「プログラムの偽造」を加えるという形で、同じ構造で刑法に追加しようというわけだ。
この趣旨が本当であれば、今回の刑法改正案を恐れることはないはずである。現行刑法でも既にデータを作る行為が刑罰化されているのに、とくに不安はなかったわけだ。
しかし話はそう単純ではない。不正指令電磁的記録に関する罪は、「文書偽造及び偽造文書行使」や「電磁的記録不正作出及び供用」とは、少し構造が異なっている。異なる点としてまず大きな点は次である。
改正案の刑法 第19章の2 不正指令電磁的記録に関する罪
(不正指令電磁的記録作成等)
第168条の2 人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
2 前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。
3 前項の罪の未遂は、罰する。
(不正指令電磁的記録取得等)
第168条の3 前条第1項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を 取得し、又は保管した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
この違いは何だろうか。文書やデータに対してだって取得や保管を刑罰化したっていい、つまり、偽造文書を取得したり保管する行為や、不正に作出された電磁的記録を取得したり保管する行為を刑罰化してもよいはずなのに、それはされていない。なぜ、プログラムに対してだけ、取得や保管も加えるのだろうか。
これはおそらく次のような理由からだろう。「電磁的記録不正作出及び供用」においては、「人の事務処理を誤らせる目的で」不正に作られた電磁的記録が対象とされているが、そのような、事務処理を誤らせるような電磁的記録は誰でもすぐにいつでも作れるものであるし、文書偽造罪における偽造文書も誰でもすぐにいつでも作れるものであるため、これらを取得することや保管することまで刑罰化する必要性がないのだろう。それに対し「偽造プログラム」の場合は、誰にでもすぐに作れるわけではない部類のものも存在し得て、そのようなものこそ社会的危険が大きい場合が多いことから、取得したり保管することまでもを処罰の対象としたのだろう。つまり、取得したり保管する行為は作成する行為と同等と見なすわけだ。(ただし、刑の重さが異なるよう設定されている。)
なお、この法案で想定している「偽造プログラム」は、必ずしも「誰にでもすぐに作れるわけではない部類のもの」を指すわけではなく、文書や事務処理用データと同様に誰でもすぐにいつでも作れる部類の偽造プログラムも含む。(たとえば、「format c: /q」という内容の.batファイルなども含まれる。)だが、だからといって、取得や保管を刑罰化しなくてよいという理由にはならない。
もう一つの理由は、偽造文書や事務処理用偽造データと違って、偽造プログラムの場合は、複製されて大規模に出回り易いという性質がある点に社会的危険があるからだろう。
実際、今日のWinnyネットワークの状況を見ても、ウイルスを誰かにダウンロードさせようという目的で、ウイルスとわかっているファイルをわざと収集(Winnyで自動ダウンロード)し、他人に提供する状態にわざと置いている(Winnyの「Cache」フォルダに置かれていることを知りながらあえて放置している)連中がいて、そういう輩のせいでいつまでもウイルスが蔓延し続けているわけであり、このような行為を刑罰化するべきなのは誰もが納得するところだろう。
なお、法案では、第168条の2第2項で、不正指令電磁的記録の供用(他人の電子計算機における実行の用に供する行為)を罪としているし、同第3項で未遂罪も規定しているのだから、取得や保管は刑罰化する必要性がないのではないかという疑問が出てくるが、これは、「作成を刑罰化する必要性がない」という主張と同じ理屈であり、それについては前述の(A)と同じことであり、ここでは触れない。
いずれにせよ、取得や保管が罪となるのは、「前条第1項の目的で」とあるように、「人の電子計算機における実行の用に供する目的で」行うときだけであり、過失を罰する規定はないので、善良な市民にとっては不安はないはずであろう。
以上は、私も納得した点である。そして、以下は、納得していない点である。
そもそも「偽造プログラム」とは何なのか。改正案では、第168条の2第1項で次のように定義している。
第168条の2 人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
この「一」と「二」が「偽造プログラム」(不正指令電磁的記録等)の定義だ。
私文書偽造の偽造文書がなぜ「偽造」かといえば、それを行使する相手先が、その文書を真正なものと騙されるよう作られた文書だから「偽造文書」であるわけで、そこから類推すれば、「偽造プログラム」とは、それを供用する(実行させる)相手が、そのプログラムを真正なものと騙されるよう作られたプログラムということになるだろう。ここで「真正なプログラム」とは何かということになるが、そのプログラムを実行する人が実行しようとする際に想定している「そのプログラムはどんなプログラムか」という認識に一致するものということだろう。
簡単に言えば、相手を騙して実行させる(実行させたことが相手を騙したことになる)ようなプログラムが「不正指令電磁的記録」ということだ――と言ってよいと思う。
しかし、改正案の第168条の2は、3つの異なる解釈ができてしまう。
たとえば、「format c: /q」という内容の .bat ファイルは、不正指令電磁的記録に該当するかということについて考えてみる。
2つ目の解釈を採用すると、ウイルスとしての被害も出ているけども正当な用途にも使える構造を持つプログラムになっていると処罰できなくなってしまうという、法の抜け穴ができてしまうように思えることから、1つ目の解釈を採用すべきではないかと私は思う。また、相手を騙してプログラムを実行させる行為を刑罰化すること自体は、誰もが納得するところだろうと思うから、1つ目の解釈で問題ないように思える。
しかし、改正案の法文をよく読むと、1つ目の解釈を採用するのは無理があるように思える。
1つ目の解釈を採用する場合、「『お宝画像ですよ』と言って渡した」という状況が必要とされる。しかし、改正案にはそうした状況の限定は付いていない。
第168条の2 人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 (略)
限定として付いているのは、「人の電子計算機における実行の用に供する目的で」(他人に実行させる目的で)という条件だけであり、これは、公開されるソフトウェアの全てが満たしてしまう条件である。
したがって、1つ目の解釈をするのは文理上無理があるとして、2つ目の解釈は法の抜け穴を生むことになるため避けるとすると、残る3つ目の解釈を採用せざるを得なくなるが、そうなると、我々ソフトウェア業界にとって危機的な事態となる。
情報処理学会が、2004年1月に法制審議会会長宛に苦言を呈したのは、この3つ目の解釈となりはしないかという危惧を感じたためであろう。提言書では次のように書かれている。
1. 攻撃を意図しない、ソフトウェアのバグや仕様の不完全性を処罰対象としないこと(要綱第一)
現行の表現では、
1)攻撃を意図しないが仕様を完全には満たさないソフトウェア(すなわちバグのあるソフトウェア)、あるいは
2)設計者の仕様は満たすがユーザの意図を必ずしも反映していないソフトウェア
を作成した者、またそのようなソフトウェアを配布した者が処罰の対象になるという解釈も成り立つのではないか。しかし、現状のソフトウェア開発プラクティスではソフトウェアのバグはゼロにすることは不可能であり、(略)
「ハイテク犯罪に対処するための刑事法の整備に関する要綱(骨子)」に関する意見書, 情報処理学会, 2004年1月22日
この指摘に対して法律の専門家らは一笑に付したと聞いている。
では、法案立案者の意図としては、先の3つの解釈のどれを想定しているのだろうか。2番目の解釈なのだろうか?
実は、これまで日記には書いていなかったが、この疑問への回答となるかもしれない国会答弁が存在するのを去年の夏ごろに見つけた。
(大林政府参考人 = 法務省刑事局長 大林宏)
○大林政府参考人 今回新設いたします不正指令電磁的記録作成等の罪は、人の電子計算機における実行の用に供する目的で行われることが必要とされております。
そこで、この「人」という解釈でございますが、刑法の他の規定と同じく、犯人以外の者ということでございます。また、「電子計算機における実行の用に供する目的」とは、人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、またはその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える状態にする目的を意味しております。
したがって、不正指令電磁的記録作成等の罪が成立するためには、不正指令電磁的記録、すなわち、コンピューターウイルスが、犯人以外の者が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせないか、またはその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える状態にする目的を犯人が有していることが必要でございます。
御指摘のような研究や実験目的の場合には、コンピューターウイルスを自分自身の電子計算機上で作動させるか、これを作動させることにつき承諾を得た第三者の電子計算機上で作動させる限り、行為者においてこのような、今申し上げたような目的がないということになりますので、処罰されないということになります。
これは、1つ目の解釈を想定しているのだと私は思う。
この答弁の文章では、「犯人が有していることが必要でございます」という「目的」に、「電子計算機を使用するに際して…その意図に反する動作をさせる」の節が含まれているからだ。
ところが、提出されている法案の改正案では、犯人が有していることが必要とされる目的は、「人の電子計算機における実行の用に供する目的」としか書かれていない。どういう実行の用なのかが書かれていない。
おそらく、この法文を作成した人は、あるプログラムが「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」であるか否かは、一般に、プログラムが作成された時点で静的に確定するものである――という認識、つまり、「偽造プログラム」は偽造文書と同様の性質のものだという認識だったために、このような文案を作成してしまった(文書偽造罪の「行使する目的で」を「人の電子計算機における実行の用に供する目的で」に単純に置き換えてしまった)のだと思う。
このことを書いたのが、2006年10月22日の日記「不正指令電磁的記録作成罪 私はこう考える」であり、次のように書いた。
法制審議会の議論はプログラムには多態性があるという視点を欠いている
上のように、懸念は「目的で外れる」とされているわけだが、問題なのは、審議会の議論では一貫して、プログラムの動作は作成した時点で確定しているという前提を置いているところにある。プログラムというものは、文書と違って、供用時にどのような効果をもたらすかが作成した時点で確定するとは限らないものなのにだ。
(略)
このことについて上の委員の発言でも、電磁的記録不正作出罪のように目的を限定するのでもよいかもしれないということが言われている点に注目したい(上の議事録引用部の3番目の強調部)。しかしその委員は続けて、必要性を感じる懸念がないので原案のままでよいということを言っている(4番目の強調部)。
必要性を感じなかったのは、プログラムというものが、偽造文書同様に、作成された時点で実行時の動作が確定するものだという無理解からではないだろうか。
この考えについて、幸運にも、東京大学の山口厚先生に説明させていただく機会があった。昨年11月の情報ネットワーク法学会大会の懇親会の席で、山口厚先生と10分ほどお話しできる機会があった。先生は私のことを覚えてくださっていて、感激して恐縮したのであるが、思い切ってこの考えについて概略をお話しした。
そのとき山口先生からは、「ご存知のこととは思いますが、法制審議会は『刑事法の整備に関する要綱(骨子)』を答申として法務大臣に提出するだけで、それを元に具体的な法案の文章を作るのは内閣法制局の仕事なんです」という趣旨のご解説を頂いた。
たしかに、「ハイテク犯罪に対処するための刑事法の整備に関する要綱(骨子)」に書かれていることと、国会に提出されている改正案の文章とは同一ではない。
第一 不正指令電磁的記録等作成等の罪の新設等
一 人の電子計算機における実行の用に供する目的で、人の使用する電子計算機についてその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる不正な指令に係る電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処するものとすること。
二 一の不正な指令を与える電磁的記録を人の電子計算機において実行の用に供した者も、一と同様とすること。
三 二の未遂は、罰するものとすること。
四 一の目的で、一の不正な指令に係る電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処するものとすること。
五 電子計算機損壊等業務妨害の罪(刑法第二百三十四条の二)の未遂は、罰するものとすること。
この文章も微妙だ……。内閣法制局が国会提出案のように文章を作ってしまうのも頷ける。
いずれにせよ、立案の本来の意図が、大林宏刑事局長が2005年7月に国会で答弁した通りに、「電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせないか、またはその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える状態にする目的を犯人が有している」場合に限定しているつもりであるなら、そのように法文を直すべきだと思う。――(B)
「どっちでも違わない」という感性の人がいるとすれば、それはコンピュータプログラムを作ったことがないためではないだろうか。技術者はこの違いを肌で感じて違和感を覚える。
このことについて、何人かの方から「今から変更は無理」「運用でどうにかできる」という説明を頂いた。法律成立後に書かれる逐条解説で趣旨を説明することで問題をカバーするしかないという話もあった。
本当に逐条解説の説明程度で問題をなくせるのであれば、それでいいかもしれない。国会答弁が重要であるなら、この違いを政府参考人に答弁してもらうのでもよいかもしれない。あるいは、2005年7月12日の大林宏政府参考人の答弁で十分であるなら、このままの改正案を通してしまうのでよいのかもしれない。今から新しい法律を作り直していたら、また何年もかかってしまう。
今回、京都府警の捨て身のウイルス作者逮捕で、法整備を早くせよという機運が高まった。新聞でも、共謀罪と切り離して成立させるべきであるという論調が多数出てきた。
本来ならば、国会の議論の中で、おかしな部分は指摘されて修正されていくべきもののはずだが、残念ながら、政府提出案に対抗する役割の国会議員らはこういう点の議論をせずに、大幅な修正を要求する無理目の案しか出していない。
共謀罪から切り離して再提出するなら、その機会に、上記(B)の修正を施した新案を提出するということはできないものだろうか。
というわけで、私の現在の意見は、提出されている刑法改正案に概ね賛成(できれば前述(B)の微修正案に賛成したい)である。
今回の一連の報道で、この刑法改正に否定的なコメントもいくつか目にしたので検討しておく。
園田寿・甲南大法科大学院教授(刑法・情報法)は「IT技術にはウイルスに転化しうるものもあり、法的な規制は産業にも影響するので議論が必要だ」と逮捕には慎重姿勢。
この懸念は、前述の「3つ目の解釈」を選択する場合に生ずる危惧である。大林宏刑事局長が国会で答弁した通りに、前述の「1つ目の解釈」が想定されているなら、その懸念はないはずだ。
立件のためには、「電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせないか、またはその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える状態にする目的」で作成した(取得した、保管した、提供した)ことを立証しなければならない。産業に影響するような懸念は考えにくい。
逆に、そのような犯人の目的を立証しなければならないために、ほとんど立件が困難になるのではないかという話もあるだろう。だが、少なくとも、今回逮捕されたウイルス作者の事例について見てみれば、作者の目的は明白だったし、他にも、Winnyネットワークで現在蔓延している暴露ウイルスなどを個々に見ても、作者の目的が明白なものが大半だろう。
改正刑法が施行されれば、目的を立証されにくいような工夫を凝らした、脱法プログラムが出てくるかもしれない。しかし、不正指令電磁的記録の定義は、騙して実行させるものであるのだから、騙す目的が見えにくいプログラムは、騙され難いプログラムとなるのであるから、ごく僅かの人が誤って実行してしまうことがあるにしても、被害の規模は小さいのであるから、放置されてもかまわないとも言える。
次に、何の専門家か知らないが、「法整備は困難」などという不勉強なコメントを出している「専門家」がいたので検討しておく。
安田さんは、法整備はまずウイルスの定義が必要と指摘したうえで、「作成者の悪意の有無や、脅威になりうるウイルスの範囲を見極めことも欠かせない」としたが、「どの範囲を摘発対象にするかについて明文化することは困難だ」と話した。
仮に法が整ったとしても、「法律があっても事件がなくならないのと同様、ウイルスをすべて追放するのは不可能」と指摘。「ウイルスのプログラムとパソコンで使われる有用なプログラムは技術的にほとんど同じであり、ウイルス作成を一律禁止すれば有用なプログラム技術の発達に阻害される恐れがある」と負の側面も危惧(きぐ)した。
「困難」も何も、とっくに法案は出ているわけで、この法案が駄目だという話なら、法案に対して問題点を指摘する形でコメントしてもらいたい。
「ウイルスのプログラムと有用なプログラムは技術的にほとんど同じ」という話は、大林宏刑事局長が国会で答弁した通りに、前述の「1つ目の解釈」が想定されているなら、問題にならない。同じプログラムでも、供用する目的によって違法か適法かが分かれるのであり、立件には、その目的を立証することが必要となるはずである。
「法律があっても事件がなくならない」なんて話は稚拙としか言いようがない。こんなことばかり言っているから、技術屋は法律の議論で相手にされなくなる。
現在の日本の状況は、ウイルスを取り締まる法律がないのをいいことに、ウイルスに引っかかる人を嘲笑う文化が醸成されつつある。たとえ、全てのウイルスを取り締まることができないにしても、ウイルスが法規制されているのと野放しであるのとでは、文化に及ぼす影響が異なるのであり、日本の将来の国民性を決定付ける重大な岐路に今まさに立たされているのだということを理解してもらいたい。
天気:晴れ 少し温かい いやぁ、世の中はわからんもんじゃなぁ。 まさか、こんな
これらに回答をくださる方はいらっしゃらなかった。本当に立件できないのかについて断定的な解説は頂けなかったし、共謀罪と分離した再提出...
個人的にはウイルス作成罪は、共謀罪と切り離して高木先生の指摘を盛り込んだかたちで、早期成立を図るべきだと考えている。Antinnyのようなソフトの開発・頒布を、著作権法ではない法律で罰せられる法整備は必要だし、かかる刑法改正の弊害もみつけかねているからだ。 善玉
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