またもや悲惨なプライバシー漏洩事故が起きてしまった。
山梨県警甲府署勤務の男性巡査の私物パソコンから、ファイル交換ソフト「Winny(ウィニー)」を通じて500人以上の犯罪被害者らの個人情報を含む捜査資料がインターネット上に流出していた問題で、流出した資料に婦女暴行事件の女性被害者の名前や住所などが含まれていたことが24日、わかった。(略)
県警によると、この巡査は20歳代で、報告書などを作成する際の参考にしようと、前任の長坂署勤務時代の先輩警察官から入手し、私物のパソコンに保存していた。県警の事情聴取に対し、「学生時代からウィニーを使っていた」と話している。
警察からの機密漏洩はこれで発生時期として4度目、件数として6回目になる。
昨年の岡山県警のケースでは、巡査長がWinnyでダウンロードしていたファイルが「漫画や音楽やそのほかいろいろ」であることまで判明したにもかかわらず、「他人への譲渡などはなかった」という理由で、巡査長の著作権法違反容疑での立件をしなかった(読売新聞報道より)という経緯がある。
◆県警「譲渡ない」
(略)巡査長を減給処分とした9日の会見で、柴山克彦警務部長は改めて県民に向けて謝罪し、セキュリティー対策の徹底を約束した。一方、巡査長の個人パソコンには不正にダウンロードした数種類のファイルが残っていたこともわかったが、県警は他人への譲渡などはなかったとして、著作権法違反での立件を見送ることを決めた。
(略)会見では、巡査長が2004年夏ごろから個人パソコンでウィニーの使用を開始し、流出したのは今年2月26日だったことも明らかにされたが、どのようなファイルをダウンロードしていたかについては「漫画や音楽やそのほかいろいろ。プライバシー情報にあたるので公表は差し控えたい」と答えるにとどめた。
県警は、再発防止策として、全職員約4300人にファイル交換ソフトを使用しないことなどを記した誓約書を提出させたほか、業務使用を認めた約230台の個人パソコンを全廃し、公用パソコンを配備。外部記録媒体に捜査情報などを保存する際、文書の内容を自動的に暗号化するソフトを導入した。(略)
Winnyで音楽ファイルをダウンロードしても著作権法違反にならないのかについては、まず次を見てみる。
【論点】 PtoP ファイル交換ソフトを用いて、音楽などのファイルを無断でインターネット上へアップロードする行為やインターネット上からダウンロードする行為は著作権法違反となるか。また、PtoP ファイル交換サービスを提供する行為はどうか。(略)
(1) 問題の所在
近年、ナップスターやグヌーテラと呼ばれるインターネット上でのユーザー同士による音楽等のファイルの交換を支援するソフトウェア(以下「PtoP ファイル交換ソフト」という。)が出現し、著作権者及び著作隣接権者の利益が損なわれるおそれが生じてきている。(略)
(2) ユーザーの行為
①アップロード行為
(略)したがって、故意又は過失によって権利者の許諾を得ずにPtoPファイル交換ソフトを用いて音楽等のファイルをインターネット上で送信可能にした者は、複製権(同法第21条、第91条第1項、第96条、第98条、第100条の2)又は公衆送信権若しくは送信可能化権(同法第23条、第92条の2 、第96条の2、第99条の2、第100条の4)を侵害しており、損害賠償責任を負うと解される(民法第709 条)。また、故意過失の有無に関わらず権利侵害があった場合又は侵害のおそれがある場合には権利者から差止請求を受けることもあり(著作権法第112 条)、さらに、刑事責任として3年以下の懲役又は300 万円以下の罰金を課されることがある(同法第119 条)。
②ダウンロード行為
他方、PtoPファイル交換ソフトを用いて権利者によって許諾されていない音楽等のファイルを他のユーザーからインターネット経由で受信し複製する行為(ダウンロード行為)は、技術的保護手段の回避等によって行ったものではなく、かつ個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用する限り、私的複製に相当し、著作権又は著作隣接権の侵害には当たらないものと解される(同法第30条第1項、第102条第1項)。
ただし、受信した複製物を私的使用の目的以外に使用する場合は複製権(同法第21条、第91条第1項、第96条、第98条、第100条の2)の侵害となり(同法第49条第1項第1号、第102 条第4項第1号)、損害賠償責任(民法第709条)、権利者からの差止請求(著作権法第112 条)、刑事責任(同法第119条)の問題が生じる可能性がある。
なお、例えば、ユーザーがダウンロードしたファイルをそのまま自己のパソコンの公衆送信用記録領域に記録し、インターネット上で送信可能な状態にした(ダウンロード行為が同時にアップロード行為に相当する)場合は、当該ダウンロード行為は私的複製には相当しないため複製権侵害に該当すると解される。
Winnyは、ダウンロードしたファイルは、それと同時に、他の者からの求めに応じて送信する「自動公衆送信」が可能な状態にされる(送信可能化される)仕組みになっている(そのこと自体はBitTorrentでも同様である)のだが、他のP2Pファイル交換ソフトに比べて、その仕組みをユーザが自覚しにくいように作られている。
ユーザが知っていようが知らずにいようが、送信可能化されていることは事実であるので、差止請求を受けることがあるだろうし、損害賠償責任を負うこともあるのだろう。しかし、ユーザがその仕組みを知らなかった場合は、故意による送信可能化と認められずに刑事罰を免れるものなのかもしれない。
岡山県警倉敷署の巡査長がWinnyで音楽ファイルをダウンロードしながら著作権法違反で検挙されなかったのは、それが同時に公衆送信可能化となるものだという認識を巡査長が持っていなかったことが捜査で明らかになったからなのかもしれない。
昨年6月の読売新聞報道にあった「他人への譲渡などはなかったとして」という表現はなかなか微妙なものだ。送信可能化はあったのに譲渡はなかったという。「譲渡」という言葉が故意によるものを指すというつもりなのだろうか?
この報道のせいで「Winnyによるダウンロードは合法」と誤って理解が広がってしまっているのだとすれば、それは岡山県警の会見発言が不用意なものだったせいだと言える。「ダウンロードが同時にアップロードになるという認識が巡査長にはなかったため」と岡山県警は発表するべきだった。
さて、今回の山梨県警の巡査はどうだろうか。これだけWinnyに関する報道や情報が多い中、この期に及んで、「学生時代からウィニーを使っていた」というのに、「ダウンロードすると公衆送信可能化される仕組みだとは知りませんでした」などと白を切ることができるのだろうか?
もちろん、本当に嘘偽りなく今回の巡査にもその認識がなかったのであれば、罰するわけにもいかないし、その著作権侵害が親告罪に該当する部分であるなら、著作権者からの告訴がなければ立件できない*1のだろう。
だがいずれにせよ、少なくとも、今回の事態への対応として山梨県警は次の措置をとることはできるはずだ。*2
昨年3月には警察庁が、私物のPCについてもWinnyの使用を禁止する通達をしている。
警察庁は7日、全国の警察本部に対して、公務だけでなく私物のPCについてもP2Pソフト「Winny」の使用を禁止する緊急対策を通達した。岡山県警や愛媛県警でWinnyによる捜査資料の流出が相次いだことを受け、情報セキュリティ対策の徹底を図る。
おそらくこのときは、禁止する理由として挙げられたのは、情報漏洩リスクを軽減するためというものだったのだろう。その程度の理由ではやめない警察官が全国に何十人か何百人かいて、今回その一人が漏らしてしまったということだろう。今回の報道でも、次のようにある。
ウィニーをめぐっては、岡山や愛媛など全国の警察で資料流出が相次ぎ、県警では昨年3月、こうしたファイル交換ソフトを使用しないという内容の誓約書を全職員から提出させていた。一度ネットに流出した情報は、次々にコピーされて広まるため、削除することは実質的に不可能といわれている。
県警幹部は「あれほど全国で騒がれ、本人も誓約書を出しているはずなのに、まだウィニーを使っていた職員がいたとは信じられない」と憤った。
この機会に、「Winnyでのダウンロード行為が著作権法違反や猥褻物陳列となる」という見解を警察庁なり、山梨県警なりが示すべきだ。知っていれば故意になるのだから、知らせるべきである。
もっとも、一般市民向けの一般論として「Winnyでのダウンロードは著作権侵害ですか? 猥褻物陳列ですか?」と尋ねられれば、「場合により判断される」としか答えようがないというのはわかる。だが、警察職員向けの注意警告として禁止する理由でそう説明することは問題なくできるはずではないか。「著作権侵害又は猥褻物陳列に当たる可能性があるので使用してはならない」と。
さらに、そのように職員に指導したという事実を公表することにも問題がないはずだ。昨年あれだけ問題になって周知されたにもかかわらずそれでもなお同じ事故が再び起きたのでは、今後も延々と同じことが繰り返されると思われてしまうのだから、ここで、新しい手を打ったことを国民に知らせなければ、山梨県警、警察組織全体の信用が回復しないのではないか。
昨年の岡山県警の対応が適切だったならば、今回の山梨県警の事件は防止できたかもしれない。山梨県警が岡山県警と同じ過ちを繰り返すのかが注目だ。
ところで話は変わるが、Winny作者の著作権法違反幇助事件の一審判決の判決文(判決要旨)に次の記述がある。
4 〓〓の正犯性
(1) 弁護人らは(略)〓〓方にあったパソコンのアップフォルダには本件ゲームデータファイルが存在しなかったこと,京都府警による(略)ダウンロード実験でダウンロードしたファイルは,同じキャッシュを有する別のパソコンを〓〓のパソコンが中継したに過ぎない可能性があることなどから〓〓は著作権法違反の正犯が成立しない旨主張する。
(2) そこでこの点について検討するに(略)Winnyには前記のとおり,ファイル転送に関して中継機能が存在するが,Winnyのファイル転送は原則として直接なされるというのであり,中継が発生するのは4パーセント程度と例外的であることや,〓〓は捜索差押さえを受ける(略)近い時期にパソコンの不安定さからOSを再インストールしたことがあると述べており(略)以降に〓〓のパソコンの設定に大きな変更が生じ,その際に当該ゲームデータファイルが削除された可能性が十分に認められることなどを合わせて考慮すれば,京都府警によるダウンロード実験によって本件ゲームデータファイルがダウンロードされた以上,〓〓がその時点において本件ゲームデータファイルを故意に公衆送信可能な状態に置いていたものと認められ〓〓には著作権法違反の正犯が成立する。
5 〓〓の正犯性
(中略)
さらに〓〓の正犯性で述べたとおり,Winnyにおいて中継が発生するのは例外的な場合であることなどを総合的に考慮すれば,京都府警によるダウンロード実験によって本件映画データファイルがダウンロードされた以上,〓〓がその時点において本件映画データファイルを故意に公衆送信可能な状態に置いていたものと認められ,〓〓にも著作権法違反の正犯が成立する。
京都地裁平成16年(わ)第726号著作権法違反幇助事件 判決
中継だった可能性があっても4パーセント程度だと(他の状況と総合して)「故意に公衆送信可能な状態に置いていたもの」と見なされてしまうという、なんだかすごい判決になっている。
*1 その意味で、昨年の岡山県警の事件で、県警が「漫画や音楽やそのほかいろいろ。プライバシー情報にあたるので公表は差し控えたい」としたのは酷い話だ。何が送信可能化されていたのかが公表されなければ、著作権者が告訴できない。
*2 このようにするべきである旨、24日に山梨県警に電話して、担当の方に意見として伝えた。その際、担当の方と少し話した。電話の冒頭で「巡査はWinnyを何に使っていたのでしょうか?著作権侵害などの違法行為があったのでは?」と尋ねたときには、「現在調査しているところで、Winny利用の違法性については判断できない」との模範回答だったので、「あなた個人として、もし仮に、内規で禁止されているでしょうけども、もし仮にWinnyを使うとしたときに、音楽ファイルをダウンロードする行為は違法行為になると思いますか?」ということを聞いたところ、わからない様子だった。使うつもりがないなら知らないということはあるのかもしれないが、そういう人達にこそ、Winnyでのダウンロードが同時にアップロードになる、そして違法行為になるという知識を周知することが重要ではないか。少なくとも警察官なら必須の知識であってしかるべきだ。