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高木浩光@自宅の日記

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2003年08月02日

様式作成事務員の行動原理

少し前の話になるが、ある国立大学から講演を依頼されたときのことだ。担当教官の秘書さんから、出張手続きのための書類が送られてきた。謝金を振込んでもらうため、銀行口座を伝える書類には、通帳のコピーを添付せよと書いてある。

過去に別の国立大学からも通帳のコピーを求められたことがある。後で聞いたところによると、かつては全国の国立大学でそれを必要としていたが、最近では多くの大学で廃止した制度だそうだ。当然ながら、民間や学会の講演で謝金を受け取るときに、通帳のコピーを求められたことなど一度もない。

ちょうど忙殺されて逃避ネタに飢えているところだったので、今回は、その大学の事務本部に電話して、「なぜ通帳のコピーが必要なのか」を問い合わせてみた*1。すると、「書類に書かれた口座番号に記載ミスがないか確認するため」で、それ以外の目的には使用しないのだという。当然ながら、本人認証という意味合いもない。金を受け取る側が、ニセ口座を書くわけがない。

そんなクダラナイことのために一々通帳をコピーさせているのかと激怒した。金を受け取るために口座番号を書くのは、自分にとって重大な局面なのだから、番号を間違えないよう何度も確認しながら慎重に書いてきた。その労力は無駄なものだったわけだ。

通帳のコピーを提出するというのは、そうたやすいことではない。ATMが普及して以来、普段、通帳を持ち歩くことはない。通帳は盗まれないよう安全な場所に厳重に保管しているだろう。それを持ち出して、職場のコピー機のところへ持っていき、帰宅するまで安全に保管しなくてはならない。

そのように苦情を述べて、提出を拒否すると言ってみたところ、事務本部の担当責任者は、あっさり、「それでは出していただかなくても結構です」と即答した。追求してみると、通帳のコピーは「できればお願いしたい」というレベルのものであって、必須ではないという。

書類を届けてくれたのは、担当教官の秘書である末端のアルバイトさんだ。アルバイトさん曰く、通帳のコピーなしに学科事務室(本部と教官との間の中間組織だ)に提出すると、書類に不備があるとして突き返されるのだという。「できれば」の手続きが、いつのまにか必須ということになってしまっている。いかにもありがちな話だ。国立大学の学科事務室というのは、この世で最も思考力を失った公務員集団ではないかという、かねてよりの思いを今回さらに強くした。

しかも、「通帳のコピーを添付せよ」と書いてある紙には、こういう但し書きもあった。

最近のネット銀行など、通帳のない銀行の場合は、キャッシュカードのコピーを提出してください。

おいおい、それだったら、全員キャッシュカードでいいだろう?

ようするに、「私の銀行には通帳がないのですが?」という問い合わせが過去にあって、それに対応して、「その場合はキャッシュカードで代用する」という申し合わせになったのだろう。実際には、口座番号を確認するだけが目的なので、キャッシュカードで十分であり、通帳である必然性がない。だったら、「通帳またはキャッシュカードのコピーを」と書くべきだ。そういう思考が連中には欠如している。例外的な事例が発生すると、小手先の対処で乗り切り、本質的な解決をしようとしない。そもそも何のための手続きなのかから考えることをしない。

民間ではこういうことはあり得ない。少しでもお客さんに面倒をかける手続きにすると、客を逃してしまう。処理の確かさと簡便さのトレードオフは、常に経営努力として追及されているだろう。だが、国立大学にそうした手続きを簡略化させる方向の努力目標は存在しない。客である他大学の教官や民間からの講師など、それぞれに少しずつの不便をかけながらも、それぞれの客は、文句を言うよりもその場の作業を言われるがままに片付けてしまった方が時間が少なくて済むので、誰からも改善を指摘されることはない。

この出張では、もうひとつ、履歴書を提出せよとの指示があった。非常勤講師にでもなるなら履歴書の必要性も理解できるが、単発の依頼講演で、履歴書を書く必然性が理解できない。この点も、大学事務本部に電話で問い合わせた。すると、謝金の金額を算定するために、年齢と、最終学歴、学位、職歴、現在の職業と役職を見るのだそうだ。つまり、送られてきた履歴書様式にある、生年月日、本籍地、現住所、性別、古い学歴、電話番号、活動や賞罰などの記入欄の内容は、貴重な時間を費やして一所懸命に書いても、全く無駄に終わるのだ。「性別で謝金額を算定するのですか?」「本籍地で算定するのですか?」「電話番号は何に使うのですか?」と追求すると、答えに窮していた。

ようするに、本来ならば謝金額算定専用の必要最小限の記入項目を設けた様式を用意するべきところ、その仕事をサボっているわけだ。履歴書を出させておけば十分であるから、客の労力を無駄にしてでも、自分たちは考えることをサボる。それが様式作成事務員の行動原理だ*2

こうした事務屋は、とりあえず集められるものは集めておけという発想で仕事をする。怠惰な事務屋だけでなく、作業に凝り性な事務屋も、「あと他に何か書くことないかなー」というノリで、様式に罫線を沢山入れ、ありったけの思いつく限りの記入項目を作っていく。記入する人のことなど考えてはいない。あくまでも見る人のことを考えて、罫線を引いていく。

この話は、プライバシー問題の本質とも関係する。必要のない個人情報を収集してしまうのが誰による仕業で、なぜ起きるのか? という問いに対するひとつの答えだ。

*1 担当教官の秘書さんに迷惑がかからないよう、匿名で。

*2 その点、産総研の事務方は有能で、研究職員の作業の最小化の追求に余念がなく、とても助かっている。ありがたい。

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