追記

高木浩光@自宅の日記

目次 はじめに 連絡先:blog@takagi-hiromitsu.jp
訪問者数 本日: 3203   昨日: 15072

2019年05月19日

電気通信事業法における検閲の禁止とは何か

目次

通信の秘密に検閲は関係しないの?

前回の日記「アクセス警告方式(「アクセス抑止方策に係る検討の論点」)に対するパブコメ提出意見」では、通信の秘密を単にプライバシーの問題で捉えるのではなく、検閲の禁止との関係で捉えるべきであるとの意見を示したが、実は、昨年いろいろな方々にこのことを言ってみたが、なかなか首肯してもらえなかった。なぜなら、学説でそういうことは言われておらず、電気通信事業法の逐条解説書もそうとは言っていないからだ。

例えば、長谷部編「注釈日本国憲法(2)」では、(憲法上の)通信の秘密について以下のようにしか言っておらず、(憲法上あるいは電気通信事業法上の)検閲の禁止との関係性は何ら触れていない。

通信の秘密を保護する意義については、通信も表現行為の一形態でありコミュニケーションの過程の一部であることから表現の自由の保障の一つであるとしながらも、同時にその主たる意義を私生活・プライバシーの保護と見る理解が一般的である(芦部・憲法〔6版〕221頁、野中ほか・憲法I〔5版〕397頁[中村]、佐藤(幸)・憲法論321頁、高橋・立憲主義〔3版〕236頁)。しかしながら、一方では、上記のように憲法21条の表現の自由の規定の中で通信の秘密が保障されている以上、通信の自由は端的に表現の自由の保障の一環であると理解すべきであるとする立場(阪本・理論III 140頁)があり、他方では、通信の秘密を保護する趣旨は何よりも「プライバシー」である(長谷部・憲法〔6版〕229頁、松井・憲法〔3版〕514頁)、あるいは「個人の私的な秘密領域の保護」であるとする理解(初宿・憲法(2)〔3版〕365頁、大石・講義I〔2版〕126頁)が有力になりつつある。

阪口正二郎「集会・結社・表現の自由・通信の秘密」長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2)』(有斐閣、2017)338頁以下、433頁

電気通信事業法の逐条解説書(平成15年改正時の法制局参事官や立案担当者らが執筆したもの)では、「第3条(検閲の禁止)」の説明が次のように書かれている。

1 概要

本条は、憲法第21条第2項の規定を受けて、電気通信事業者の取扱中に係る通信の検閲禁止を規定したものである。通信は、人間が他者との係わりの中で初めて社会的存在となるものであることから、その社会的生活を営む上で不可欠なものである。また、表現の自由の基礎となる個人の自由な意思(思想、信条を含む。)の形成にあたっては、多様な情報の収集と他者との意思疎通の自由が保障される必要がある。通信は、このように人間のあり方と深く係わっているので、安心して自由闊達な通信ができるようにするために、通信の秘密が近代社会における基本的人権として確立されてきており、憲法においても基本的人権として思想表現の自由を保障する(憲法第21条第1項)とともに、その一環として通信の秘密に関する規定が設けられている(憲法第21条第2項)。本法では、このような趣旨から、電気通信事業者の取扱中に係る通信について、本条において検閲を禁止するとともに、次条において一般の私人がその秘密を侵すことを禁止することとしている。

多賀谷一照・岡崎俊一・岡崎毅・豊嶋基暢・藤野克編著『電気通信事業法逐条解説』(情報通信振興会、2008)、34頁

この書き方からして、慎重に書かれた様子が窺える。「通信は……である」とした上で、「通信の秘密が……基本的人権として確立されてきており」として憲法上の通信の秘密を示した上で、「このような趣旨から」「通信について、本条において検閲を禁止するとともに、次条において一般の私人がその秘密を侵すことを禁止」と説明されている。検閲の禁止についての解説パートなのに、直接的にそれを説明せず、通信の秘密についての説明をした上で、検閲の禁止との関係を説明することもなく、「本条において検閲を禁止するとともに、次条において……秘密を侵すことを禁止」と、両者に関係が有る様な無い様な書きぶりになっている。

「本条」と「次条」の説明を見比べると、「次条」の通信の秘密を侵すことについては「一般の私人が」と書かれていることから、「本条」の検閲の禁止では一般私人に及ばないかのように読める。しかし、本当にそれが言いたいならば明確にそう書くはずだから、そういうわけではないとも推察できる。逆に、検閲の禁止が一般私人にも及ぶとの明記もない。このような書き方は、両論があって明確にできなかった場合に現れる文章(間違ったことは書いていないスタイル)ではないか。

「両論」というのは、検閲の禁止が私人に及ぶとする説と及ばないとする説のことである。「検閲」の語自体が一般に公権力によってなされるものを指すと説明される(憲法上の議論では当然そうなのだろうが)ため、電気通信事業法3条の検閲の禁止は、民営化される前の電電公社だったときの公衆電気通信法の残骸にすぎない的な説とか、あるいは、公権力による指示で電気通信事業者が動く場合に限って事業者の私人に及ぶ的な説がある。

昨年11月の法とコンピュータ学会「海賊版サイト対策とブロッキング」でパネル討論「ブロッキングの諸問題」があったので、その際、会場から「電気通信事業法の検閲の禁止の話に誰も触れないが、これは?」と質問したところ、登壇者の前田哲男弁護士は、「検閲の禁止は憲法の概念である」的なお答えだったので、「いや、電気通信事業法3条のことを聞いてるんですが?」と再質問したところ、「通信の秘密に当たらないから検閲にも当たらない」的なよくわからない回答を頂いた。(この様子は、今年刊行される「法とコンピュータ」No.37に収載されるだろう。)

公益社団法人著作権情報センターが発行する月刊雑誌「コピライト」No.690に、この前田弁護士らによる記事「サイトブロッキングと通信の秘密」*1が掲載されており、これを読んでいたのでそのような質問をしたわけだが、この記事には「検閲」の語は1度も現れない。この記事の論旨は以下のものである。

2018年4月6日、3つの海賊版サイトに対するサイトブロッキングを行うように、政府が接続プロバイダに「要請」するのではないかという報道がなされ、同月13日、政府の知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議において「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」が決定されたことを契機として、サイトプロッキングと通信の秘密との関係が大きな議論を呼んだ。上記報道の直後である同月1日には、一般財団法人情報法制研究所がいち早くこの動きに対する緊急提言を行った。同提言では、サイトプロッキングが通信の秘密の「知得」「窃用」の構成要件に該当し、通信の秘密の重大な侵害に当たると指摘されている。

しかし、筆者らとしてはサイトブロッキングが、本当に通信の秘密の「知得」と「窃用」に該当し、通信の秘密を侵害するのか、また仮に通信の秘密の侵害があるとしても、それが本当に「重大」な侵害であるのかという点について疑問を持っており、さらに、これらの点に関する従前の議論が必ずしも十分ではなかったような印象も受けている。

そこで本稿では、サイトブロッキングと通信の秘密との関係について、筆者らなりに考察し、論じる。

(略)

以上のように、海賊版サイトにアクセスしようとするユーザーからの名前解決の問合せに関してDNSプロッキングを行うことには、通信の秘密を侵害する「漏えい」はもとよりなく、通信の秘密を侵害する「知得」もない。さらに「窃用」もないし、仮に厳密には(通信の内容ではない)「宛先情報」の「窃用」に当たるとしても、通信の秘密を侵害する程度は極めて軽微である。したがって、法律によって海賊版サイトに関するDNSプロッキング制度を導入することに通信の秘密の観点での問題はなく、仮にその問題がゼロではないとしても、その問題を上回るだけの導入の必要性が認められる限り、法律による制度導入の妨げとはならないというべきである。

伊藤真・前田哲男「サイトブロッキングと通信の秘密」コピライトNo.690(著作権情報センター、2018)28頁以下、28頁、

昨年のブロッキングを巡る議論のズレっぷり

昨年は、このような「DNSサイトブロッキングは通信の秘密を侵さない」的な言説があちこちで散見された。総務省消費者行政課の立場を批判し、それを支えた宍戸説を非難するような声が見られた。例えば、6月には、商事法務の雑誌「NBL (New Business Law)」の編集後記「惜字炉」に「大航海時代」との筆名で怪文書が載った。

通信の秘密の侵害を指摘する議論は、ブロッキングの仕組みを誤解しているようにみえる。利用者がサイトにアクセスするには、ブロッキングの有無にかかわらず、プロバイダにインターネットアドレス(URL)を通知する。一般に用いられるDNSブロッキングでは、プロバイダは通知されたURLと海賊版サイトのURLとを照合し、合致すればアクセスを遮断するのであり、ブロッキングのために利用者から追加情報を取得したり、利用者のアクセス情報を第三者に開示したりすることはない。いわば、ブロッキングとは郵便職員が封筒の宛名を見て配達を拒否する行為と同じであり、封筒を開封したり、宛先を外部に漏えいしたりするものではない。このような行為が通信の秘密を侵害するのか疑問であるし、仮に通信の秘密を形式的に侵害するものであるとしても、信書の開封や盗聴と同等に扱うことは適切ではないだろう。

大航海時代「惜字炉 海賊版サイトへのブロッキング」NBL No.1124(商事法務、2018)

これはひどい雑誌だなと界隈で話題になっていたが、2か月後の号で反論の機会が与えられたようで、No.1128の惜字炉に以下の文が掲載された。

本稿は、本誌6月15日号の本欄への反論である。「惜字炉」で反論というのも大人げない気もするが、それでもあえて書かせていただくこととした。というのも、海賊版サイト対策としてのブロッキングについての6月15日号には以下の通り、大きな誤りがあるのである。

(略)

何より筆者が見過ごせないと考えているのは、6月15日号が通信の秘密について通説に触れずに独自の見解を展開していることである。6月15日号は「ブロッキングのために利用者から追加情報を取得したり、利用者のアクセス情報を第三者に開示したりすることはない」ことを理由に通信の秘密の侵害がないとするようであるが、通信の秘密は第三者との関係においてのみならず、プロバイダとの関係においても保護されているのである。また、通信内容のみならず、通信の宛先も通信の秘密の保護対象である。ドメイン名やIPアドレスなどの宛先情報をユーザーから伝えられたプロバイダはこれを通信それ自体のために利用しなければならず、他の目的(ここではブロッキング)のために利用することは、通信の秘密の侵害に当たることとなる。

以上のように、6月15日号にはかなり深刻な誤りや言及の不足があり、執筆者はこの問題について十分調査する余裕がなかったものと推測される。してみれば、匿名投稿を利用して本稿のような批判による打撃を回避しようとしたのは、誠によく理解できる心情である。実のところ、かくいう筆者は、6月15日号の執筆者が筆者の知人ではないかとの懸念を抱いている。筆者が自分の名前を出してこのような批判をすれば、6月15日号の執筆者は、当然、筆者のことをよく思わないであろうから、我々の友好的関係に悪影響がおよぶおそれがある。筆者が本欄の匿名投稿を反論に利用することとしたのには、そのような理由があるのである。

これほど左様に、秘密性というものは、表現の自由の根幹を支え、活発な議論を促進する機能を持つのである。

アルメイダ「惜字炉 異論・海賊版サイトへのブロッキング」NBL No.1128(商事法務、2018)

終わりの2段落は笑いをとってまとめたおつもりなのだろうが、かえって本論にとって不利になっているように思える。DNSサイトブロッキングではそのようなこと(表現者が誰だとわかってしまうことによる表現の自由の萎縮)は起きないのであり、敵はまさに、そういう「秘密性」の怪しげな言説を捉えて批判してきているわけで、これでは「やはりおかしいぞ」と言われてしまう。*2

結局この件は、その次の次の号で大航海時代とやらに再度書かれ、以下のように言い捨てられて終わった。

海賊版サイトのブロッキングの問題を取り上げた本誌6月15日号の惜字炉には、多方面から賛否の意見が寄せられた。本誌8月15日号ではアルメイダ氏からの反論が寄せられたため、本稿では再びこの問題を取り上げることとする。

(略)

電気通信事業法の解釈論としては、アルメイダ氏の主張も成立する。同法では、通信情報を発信者の意思に反して使用することも「窃用」として通信の秘密の侵害になると解されている。

これに対し、ブロッキングが憲法上の通信の秘密の侵害に当たるかは自明ではない。憲法における通信の秘密には、仝権力が通信の内容および通信の存在自体の事実を調査することの禁止と、通信事業者が職務上知り得た通信に関する情報を他に漏洩することの禁止の2つがあるとされる(略)。ブロッキングはいずれにも該当しない。

仮に宛先情報の目的外使用に通信の秘密の保護が及ぶと解しても(略)、ブロッキングでは宛先情報が機械的に検知されるにすぎず、他人に知られるものではないとすれば、個人のプライバシー制約の程度は限定的であるとの評価もあり得るだろう。

(略)

大航海時代「惜字炉 通信の秘密をめぐる論点整理」NBL No.1130(商事法務、2018)

このように、DNSサイトブロッキングにおける通信の秘密侵害を単にプライバシーに係る「知得」「窃用」で捉えていると、問題の程度は小さいと言われてしまうわけである。

私は、こうした議論を側から見ていて、ブロッキングの問題を整理するには、通信の秘密を検閲の禁止との関係で捉えなければならないと理解したのであった*3。大航海時代とやらの批判が言う「ブロッキングでは宛先情報が機械的に検知されるにすぎず」との理屈に対しては、検閲の禁止に違反していると捉えれば、「侵害する程度は極めて軽微」とは言えず、むしろ「宛先情報の機械的な検知」は問題の核心ということになるのである。

検閲の禁止と通信の秘密との関係

というわけで、検閲の禁止と通信の秘密との関係が重要となるのだが、前掲の逐条解説書はどう書いているだろうか。実は、そこの記述も、前掲部分と同様に不自然な書きぶりになっている。

(2) 検閲

「検閲」とは、一般に国その他の公の機関が強権的にある表現又はそれを通じて表現される思想の内容を調べることをいう。

国又は公の機関は、電気通信事業者の取扱中に係る通信の内容を調ベることはできず、また、電気通信事業者は、利用者の通信内容の如何によってサービス提供を拒絶することはできない(第6条)ことから、仮に公の秩序を乱すような通信がなされても直ちにこれを規制することはできない。

ただし、刑事訴訟法(略)の規定に基づき、(略)

なお、次条で通信の秘密の侵害を禁止しているが、本条の通信の検閲禁止との関係が問題となりうる。次条の規定の方が私人が対象となる点、検閲以外の手段も含む点で守備範囲が広いと解される。もっとも、罰則は通信の秘密を侵した場合にのみ適用され(第179条)、本条には適用がないので両条の関係を論ずる実益はあまりない

多賀谷一照・岡崎俊一・岡崎毅・豊嶋基暢・藤野克編著『電気通信事業法逐条解説』(情報通信振興会、2008)、35頁

「関係が問題となりうる」と書いているのだから、関係について何か言うべきことがあるやに想定されたはずなのに、結局その関係性は説明されず、「関係を論ずる実益はあまりない」と言い捨てられいる。ここも、前掲の部分と同様に、両論があってまとまらず、あるいは著者らの間で意見が割れたのか、書き直されたりした残骸としてこのような文章になったのではないか。

ここで、通信の秘密侵害の禁止が「検閲以外の手段も含む点で守備範囲が広い」と書かれているところに注目したい。「検閲以外の手段も含む」ということは、検閲も通信の秘密を侵害する手段の一つとされていることになる。「手段」というより*4、検閲をしようとすれば必然的に通信の秘密侵害を伴うということだと思う。ただ、そう理解すると、続く文の「罰則は通信の秘密を侵した場合にのみ適用され(第179条)、本条には適用がない」と矛盾するわけで、やはり、著者らの間で見解が割れていたのではないか。

私の意見としては、ここで言う検閲は、3条が「電気通信事業者の取扱中に係る通信は、検閲してはならない。」と規定されているように、あくまでも「電気通信事業者の取扱中に係る通信」についての検閲であるから、検閲をしようとすれば必然的に通信の秘密侵害を伴うのであり、通信の秘密侵害のみに罰則があれば足り、その想定でこのような規定になっているのであり、3条の検閲の禁止違反にも必然的に179条の罰則が適用されるとする説を唱えたい。

というのも、憲法21条では、第2項で「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」と、ひと続きで規定されているように、これらは一体的なものであり、検閲は必然的に通信の秘密を侵すものであるという前提を当然のものとして置いているように思えたからだ。

この点、当局による逐条解説書に楯突いても無駄な抵抗という感じがするが、別の解説書「実務 電気通信事業法」(NTT関係者らによる)では、次のように書かれており、この説が肯定されるように思える。

検閲禁止の違反に罰則はないから、これに抵触する事態が発生した場合は、実行犯個人に対して通信の秘密保護違反を問うことになろう。

眦茣管彙・藤田潔/睇豊彦監修『実務 電気通信事業法』(NTT出版、2015)、769頁

戦後初期ではどう整理されていたか

この論点について、日本国憲法が公布され間もない頃の資料をあたってみたところ、以下のことがわかった。

まず、1949年出版の蝋山政道著『新憲法講座』(政治教育協會)には、以下のように書かれており、憲法の検閲の禁止と通信の秘密が「ひきつづき」で規定されていることを理由に、検閲が主として通信の秘密を侵害する検閲のことを指しているとしている。

(五)表現の自由

言論の自由または出版の自由——というよりは広く思想發表の自由——も近代権利章典の不可缼的な内容のひとつである。明治憲法ももちろんこれを規定していたが、新憲法も明治憲法に倣つて、集會、結社の自由と同じ條文でまとめてこれを定めている(第21條)。

新憲法は「表現の自由」という耳新しい言葉を使つている。從來言論の自由と世間でいうところと同じで、あらゆる種類の思想を發表する自由を意味する。もちろん、出版の手段によると否とを問わない。ラヂオ、レコオドその他あらゆる手段による表現の自由を含む。

第21條第2項は「檢閲はこれをしてはならない」という。この規定はひきつづき通信の祕密を保障しているから、ここにいう「檢閲」は主として通信の祕密を侵害する「檢閲」を意味するのかも知れないが、出版物やラヂオやレコオドの檢閲もそれに含まれるものと解すべきものであろう。

(六)通信の祕密

明治憲法は「新書の祕密」を侵さない旨を定めているが、新憲法は「通信の祕密」を侵さないと定めている(第21條第2項)。言葉は違うが、その趣旨には別段の變りはない。

右に一言したように、檢閲は許されない

蝋山政道『新憲法講座』第2巻(政治教育協會、1949)、236頁

「かも知れない」とあるので、断定はされていないかのようだが、この部分の本題は、続く文にあるように、通信を介さないもの(出版物やラジオ、レコード)についてもこの検閲の禁止が及ぶことを言う点にあり、憲法の条文が「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」とひと続きで規定されているからといって、前者が後者におけるものに限定されるわけではないことを言わんとして、「ここにいう「檢閲」は主として通信の祕密を侵害する「檢閲」を意味するのかも知れないが」と言っているのだから、通信に対する検閲に通信の秘密侵害が伴うのを当然の前提としつつ、この規定が「主として」それを指しているのかについて「かも知れない」と言っているにすぎないわけで、「通信に対する検閲に通信の秘密侵害が伴う」ことについて「かも知れない」と断定を避けているわけではないだろう。

また、「(六)通信の秘密」の節でも「檢閲は許されない」と書かれていることからしても、通信の検閲と通信の秘密侵害が一体的なものであることが当然の前提にあったように窺える。

次に、国会会議録を確認したところ、電気通信事業法の前身である公衆電気通信法(昭和28年法律第97号)の制定過程で、以下の指摘が出ていたのが見つかった。

○杉村参考人 (略)

なお終りにこの新法案におきましては、憲法で定めまする検閲の禁止ということの規定を設けました。また旧法と同様に通信の祕密の確保に関する規定を設けております。これはもちろん憲法の規定をそのまま踏襲しなければならないわけでありますが、ただこの検閲の禁止というものにつきましては、別に罰則の定めがないということを伺いまして、これはやはり多少不備ではないかというように考えております。通信の祕密の確保につきましての罰則はありますが、検閲の禁止に対応する罰則がないということが、やはり一つの不備ではなかろうかと考えられます。

第13回国会衆議院電気通信委員会会議録第40号(昭和27年6月19日)

これは、参考人質疑の回で出席した杉村章三郎参考人のコメントであり、検閲の禁止に罰則がないことを多少の不備があると指摘しており、通信の秘密の方の罰則で拾えるとは言っていないから、検閲行為が処罰されないかのようにも聞こえる。もっとも、処罰されないとは指摘していないし、大問題とは言わず「多少不備ではないか」と指摘しているだけなので、通信の秘密の方の罰則で拾えることを前提に、条文上明確にした方がよい旨を指摘しているにすぎないとも読める。この指摘に対する政府の見解は、以降の回を確認する限り該当する答弁が見当たらず、スルーされたようである。

そこで次に、内閣法制局での予備審査ではどのように整理されていたのだろうかと、当時の法令案審議録(国立公文書館で公開されている)を調べてみたところ、この点に関する法制局コメントはなかった。立案当局(電氣通信省と郵政省)側で保有していたはずの法制局審査資料を探してみたが、公文書館に存在しない*5ようであった。

ちなみに、この法案は、「電氣通信事業法草案」(法務府、昭和24年5月)、「公衆電氣通信法草案」(電氣通信省、昭和25年3月)、「電氣通信營業法案」(電氣通信省、昭和25年12月〜26年2月)、「公衆電気通信法案修正案」(電気通信省、昭和26年3月)、「公衆電気通信法案」(郵政省、昭和28年1月)と何度も練り直されていたようで、その途中で、罰則の規定ぶりが変更されていた様子が見つかった。

最初の「電氣通信事業法草案」では、「電氣通信省の取扱中に係る通信の秘密を侵した者は」と規定され、「説明書」で「電信法第31條、無線電信法第20條と同様である」とされていたのが、2年後の「公衆電気通信法案修正案」では、「電氣通信省の取扱中に係る通信の秘密を漏し、又は窃用した者は」に変更されており、それがさらに2年後の「公衆電気通信法案」で、「公社又は会社の取扱中に係る通信の秘密を侵した者は」に戻されていた。

今日では通信の秘密は「知得」「漏えい」「窃用」の3要素から成ると言われているところからすれば、「知得」が欠けたものが一時法案となっていたわけである。このような変遷を辿った理由は確認できていないが、推測するに、「通信の秘密を侵す」とは如何なる意味かを法制局で(あるいは米国から?*6)問われ、「秘密を漏し、又は窃用」することであると説明したことにより、そのように変更したものの、それだけに限られないことがさらに指摘されて、元に戻したということではなかろうか*7。「知得」も条文に書き込めばよかったとも言えるかもしれないが、それらに限られないという趣旨で元に戻されたのではないだろうか。

国会会議録をさらに遡って確認したところ、昭和22年に旧郵便法を全部改正する新たな郵便法案が審議される際に、郵便法案における「検閲の禁止」について以下のように政府委員から説明されていたのが見つかった。

○梶川委員 今の御説明で大體よくわかりましたが、私は三點ほどお伺いいたしたいと思います。それは郵便の定義という問題でありますが、(略)

その次に第八條の檢閲の禁止でありますが、この檢閲の内容がわからないのでありまして、どういうことが檢閲になるのか。七十七條には郵便物を開いた場合の罪という規定がありますけれども、これが檢閲の場合の罰則に當るのか、こういうような點が明確でありません。第九條その他の場合には罰則規定が明瞭に載つておりますが、第八條には罰則規定がはつきり掲げられていないのであります。從つて檢閲という言葉の内容をもう少し具體的に説明していただきたいと思います。以上三點を簡單にお伺いいたします。

○小笠原政府委員 郵便の定義を規定してはどうかという第一點の御質問でございますが、(略) それから最後の檢閲でございますが、これは憲法上にも、檢閲はこれをなしてはならない、かように規定されておるのでございまして、その檢閲とは何ぞやということは、これまた解釋に讓られておる次第でございます。從いまして新しい郵便法におきましても、ここに檢閲の内容を法律的に明文で提示することを避けまして、解釋に讓つた次第でございますが、大體におきまして、私どもはこの郵便法案が制定されました場合にどういうふうに運用するつもりでおるかという話になりますと、大體檢閲と申しますのは、本人の意思に基かないで、國家の權力的な行為によつて、その人の思想や、あるいは發表の自由を制限するような意思をもつて、内容を價置判斷するようなこと、そういうようなことがいわゆる檢閲の比較的顯著な場合でないかと考えておる次第でございます。

○梶川委員 そうすると第七十七條の罰則と、どういう關係がありますか。

○小笠原政府委員 今の檢閲に關しまする第八條の規定は、これは國の行為としてやる問題でございますから、檢閲はこれをなしてはならない。すなわち法律上合法的檢閲ということは、絶對にあり得ないわけであります。從つていかなる問合にも檢閲というものはないわけでございます。たまたまそれが郵便物を開いて中を續んでみるというようはことがかりにあつたと假定すれば、そういう場合は國の行政機關の問題としてよりも、郵便事業に從業する者の不法行為として規律される問題になつてくると考えます。かような意味におきまして、さような正當の事由なくして開披するという場合には、七十七條のこの罰則の適用を受けるものと考える次第であります。

第1回国会衆議院通信委員会会議録18号(昭和22年11月11日 )

このように、まさに検閲の禁止の規定に罰則がないことについて質問されており、77条(郵便物を開く等の罪)が検閲の場合の罰則に当たるのかと質問されている。答弁は、検閲は国の行為であるとしてそもそも「絶対にあり得ない」ことだと言い、郵便事業に従業する者が行なった場合には「不法行為として規律される問題」と述べつつも、開披した場合には77条の罰則が適用されると答えており、結局、直接的に検閲との関係に答えていないが、検閲には「開いて中を續んでみる」ことを要することを暗黙の前提として答えているように聞こえる。

後の公衆電気通信法における検閲の禁止も、この郵便法と同じ構成で立案されたものと思われる。前掲の杉村章三郎参考人のコメント(この5年後)がスルーされたのは、このように既に議論済みの論点だったからなのではなかろうか。

カワンゴ的な検閲厨の到来は昭和27年の国会で予見され論破されていた

ここで、昭和27年の公衆電気通信法案に係る国会審議の様子を見てみたい。ここでも、「検閲するということになれば、勢い通信の秘密というものを積極的に侵すということになりまして」と、検閲には必然的に通信の秘密侵害を伴うことがズバリ答弁されているのだが、それ以前に、まるで去年聞いた話のようなやりとりがなされているのだ。

○橋本(登)委員 それでは元にもどつて、次の第四條、第五條の検閲の禁止と秘密の確保、これは憲法の條項に従つてこういう條項をここに加えてあると思うのです。原則としてはもちろん異議はないのてすが、この場合に従来の電信法の中には治安を害し、または風俗を乱すような内容、通信を発見したときは、これを通信しなくてもよろしいという規定になつておつたように思うのですが、今度の場合はこういう場合においても、自然内容がわかつて検閲をしないということになつておりますから、もちろん実際上はわからないわけですが、しかし電報のごとき場合におきますればこれは当然にわかるのですが、そういうような場合においても、この規定によつては当然これは役務を提供し、取扱いをしなければならぬことになつておるわけであります。そこでそういうような治安を害す、あるいは風俗を乱すような内容の郵便物を事前に発見しても、これを提供しなければならぬということになつているのですが、その場合他の法律によつてこれらに制限を加える場合、たとえばそういうものについては取扱つてはいけないという規定が将来において設けられた場合においては、この條項はどういう関連に立つかを伺いたいのであります。

○吉澤政府委員 第四條、第五條におきましては、やはり公序良俗に反するとか、治安を害するという通信がたまたまわかりましても、これは公社の職員といたしましてはこれを検閲するということはできない、また通信の秘密は嚴に侵してはならないということから、勢いそのまま取扱いをしなければならぬということになつているわけです。但し刑事訴訟法の第百條の規定によつて、権限のある者が正当の手続において電信に関する書類の差押えをし、または提出を要求された場合には、これに応ずる義務があるということは当然であります。また公務員といたしまして犯罪の点を知り得たことにつきましては告発の義務があることも、刑事訴訟法におきまして一応義務づけられている次第でございますが、今後他の法律によつてこのような治安を害し、かつまた公序良俗に反するような通信を禁止するということになつた場合に、勢いこの点は現在におきますところの検閲という点によりまして制限を受けるということになろうかと思いますから、それは法律をもつて明定せざるを得なくなると考えております但し現在電波法におきまして第百七條、百八條におきまして、この公序良俗に反する通信について禁止的に規定を設けましてこれの罰則を設ける。この点は電波法におきましての制限は、当然ただいまでもなし得ることと思つております。

○橋本(登)委員 そうしますと、その場合はたとえば電報ですが、電報の場合は電波法の規定によつてこれを制限し、扱わないことができると解釈してよろしいわけですか。電報、電話ですね。

○吉澤政府委員 これは公衆通信といたしましてはこの法律が適用されますために、やはりただいまのところは扱わざるを得ないことになつております。

○橋本(登)委員 従来の電信法では、この点はどういうぐあいに規定されておりましたか。

○吉澤政府委員 現行の電信法におきましては第五條におきまして、通信の停止ということを規定しておりまして、「電信又ハ電話二依ル通信ニシテ公安ヲ妨害シ又ハ風俗ヲ壊乱スルモノト認ムルトキハ地方電気通信局二於テ之ヲ停止スルコトヲ得」、こうあるのでございます。これにつきましては実はこの法律においても、同じような停止権を設くべきか設くべからざるかということにつきまして、十分に審議をし調査をいたしましたが、現行憲法の命ずるところ、あるいは通信の秘密を侵害しないという鉄則から見まして、この公衆通信に関する法律としては、勢い現行の点において行かざるを得ないということになつております。

○橋本(登)委員 その点の解釈が少し違うのですが、たとえば電報もしくは電話の場合は、信書の秘密ということとは少し違うと思う電報のごとくだれでもが自然に目に触れざるを得ない、あるいは電話のごとくだれでもがこれを聞き得るような状態に置かれるもの、そういうものの信書の秘密ということとは、少し性格が違いはせぬかと思う。従つて従来のきていにあつたうな、そういうように自然と分布される、あるいは人の目につくようなものについては、いわゆる憲法上での信書の秘密というものとは、われわれは性質が違うのじやないかという解釈をしますが、その点どういうぐあいに考えられるか。

第13回国会衆議院電気通信委員会会議録第43号(昭和27年6月25日)

このように、かつての電信法では、電信・電話による通信において公安を妨害し又は風俗を壊乱するするものと認められるときは地方電気通信局においてこれを停止することができるという、通信停止権の規定が置かれていたところ、昭和27年の公衆電気通信法案の提出に際して、同じような停止権を設けるべきか否かを十分に審議をし調査したのだそうで、それでなお、「現行憲法の命ずるところ、あるいは通信の秘密を侵害しないという鉄則から」それを入れなかったというのである。

一方、無線電信法を全部改正した電波法では、公序良俗に反する通信を禁止して罰則を設けていると説明されており、これは現行法でも残っているもの*8で、なるほど、誰でも受信できてしまう電波の送信にはそういう規制をかけてきたわけである。

これに対して、質問者の橋本委員は、電信・電話の場合は信書の秘密とは違うだろうと指摘して食い下がっている。電報は誰でも自然に目に触れざるを得ないものだし、電話も誰でも聞き得るような状態に置かれるもの(この状況は、昭和27年当時と現在とで事情が異なるのだろう)だから、信書の秘密とは性格が違うだろうと。「自然と分布される、あるいは人の目につくようなもの」については、憲法上の信書の(通信の)秘密とは性質が違うだろうと指摘している。

これに対して政府委員は、諭すかのように以下の答弁をしていた。

○吉澤政府委員 通信の秘密につきましては、ただいまの憲法におきましては二十一條に「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」こうあるのでございまして、旧憲法におきましては信書ということだつたように思います。新憲法においては通信という広義の字句を使つておりますけれども、ただいまの御質問のごとき電報電話におきましては、通常の取扱いをし得るのじやないかということは事実でございますが、それは取扱い上自然に知るのでありまして、その点は秘密を侵さない、こう考えております。従つて検閲するということになれば、勢い通信の秘密というものを積極的に侵すということになりまして、検閲及び通信の秘密の侵害を禁止することは、同じような関係におきまして考えなければならぬ、このように考えております。

○橋本(登)委員 そうしますと、もし惡意あるいは一定の行為をもつて、電信電話をもつて治安の撹乱とか風俗の壊乱を目的として行つた場合においては、この法律においては郵政大臣がこれを禁止することもできないし、他の法律によつてはこういうことは好ましくないという意味でいろいろな法律があるのですが、他の法律においてはこういうことが自然と広まるとかあるいは宣伝せられることを希望しないという刑法関係の法律が多いのですが、それとこれとは抵触する結果になると思いますが、その点についてはどうお考えになりますか。

○吉澤政府委員 電波法におきましては、先ほど御説明申し上げたように罰則をもつて臨んでおります。その他においては遺憾ながら、通信の内容が反社会的でありかつまた反良俗的であるといたしましても、どうにも取扱いをしないということはできないのであります。従つて刑法におきましてそのようなことは刑罰的に犯罪が成立する、その意味におきまして犯罪事実として法の適用を受ける、こういうように解釈いたしまして、その方の犯罪の方においての取締りなり刑罰ということにならざるを得ないと思います。

○橋本(登)委員 その点については時間がかかりますから保留して先へ参ります。

第13回国会衆議院電気通信委員会会議録第43号(昭和27年6月25日)

まさに去年のブロッキングと同じ話がなされている。「犯罪の方においての取締りなり刑罰ということにならざるを得ない」というのは、アップロード側を取り締まって処罰するしかないと、昭和27年の時点で言われていたわけである。

当時に、公序良俗に反する公衆送信のようなものを電信・電話で行う(平成のダイヤルQ2のような*9)サービスが存在した実態があったのか知らないが、「誰もが自然に目に触れざるを得ない、誰もが聞き得る」ようなものが問題視されていて、電波による送信は規制されるけれども、これが電信・電話の通信で実現されているとなると、それが通信であるが故に、通信の秘密を厳守せざるを得ず、規制できない(検閲に当たり禁止されている)という話になっていた。

これは本当に、去年見たような議論だ。誰でしたかね、「通信の秘密はもう古い。昔の信書とかの話だろ。」的なことを平成の終わりにもなって言い出していたのは。

インターネット時代における検閲の禁止・通信の秘密とは

ここで、現在の話に戻ると、以下の点について整理しておく必要があるだろう。

  • 中身を開かずに行う検閲はどうなのか?
  • 機械が自動処理で行う検閲にも同じことが言えるのか?
  • 検閲に伴って生じる通信の秘密侵害は、知得、窃用なのか?
  • 民営化によってかつての考え方は通用しなくなったのか?

戦後初期の国会審議を見ると、検閲といえば通信の中身を開いて判断することを当然の前提としていたようにも見え、宛先・通信先のみによって検閲することがどう位置付けられていたのかははっきりしなかった。しかし、通信の秘密については、宛先・通信先情報にも及ぶことが当時から言われていた*10わけで、そのことからすれば、宛先・通信先のみによる検閲も同様に通信の秘密侵害を必然的に伴うと言うべきだろう。*11

また、戦後初期の国会審議では、検閲は人が目で見て行うことが前提とされていた様子がある。当時は機械で検閲する技術がなかったので当然であろう。今日では機械で同じことができるわけだが、機械になったから検閲の禁止の意義が没却されてよいということには全くならないはずである。

そうすると、検閲に伴って必然的に生じるはずの通信の秘密侵害は、機械で行う場合にも、知得あるいは窃用に当たると言うことが妥当なのかが問題となる。戦後初期の国会審議では、知得とは人が積極的に知ろうとすることを指して前提としていたが、それを機械処理に当てはめることができるのか。これにはやや無理があるようにも思える。前掲の商事法務の雑誌NBLの編集後記「惜字炉」で匿名氏が非難していたのはその辺であろう。また、機械が検閲する際に通信を選別して破棄・遮断するのは、窃用と言えるだろうか。言えなくもないとも思えるが、業務として検閲を行なっている場合には窃用とは言えないというのが、前掲のコピライトの前田弁護士らの記事の主張のようであり、「「他人の通信を媒介する目的」から逸脱した利用とはいえず、そもそも「窃用」には当たらない」(前掲注2、35頁)などと言われている。

思うに、通信の秘密を「知得」「漏えい」「窃用」の3要素から成るとする整理が、昭和の発想のまま硬直しており、その後の通信技術の発展に合わせて再検討されてこなかった結果、些かの無理を強いているのではないだろうか。私の提案としては、通信への「介入」が、通信の秘密侵害の第4の要素として、従前より暗黙的に存在してきていたはずとする説を唱えたい。

「介入」とは、わかりやすい一例は、通信内容の改ざんである。戦後初期の頃の技術では、通信内容の改ざんというと、人が手紙に手を入れる典型的な検閲そのものくらいで、音声通話を改ざんするといったことはあまり現実的ではなかっただろう。通話先を差し替えて通話相手に成りすますということはあり得たかもしれない。しかし、今日のインターネット全盛の時代では、改ざんは容易かつ網羅的に可能となっており、その改ざんの程度も、大幅なものからごく僅かなものまで可能である。僅かな通信内容の変更は「改ざん」と言うほどではなくとも、少しずつ通信回線の信頼性に影響を及ぼし得るもので、「知得」「漏えい」「窃用」では言い表せられない何か、それが「介入」と呼ぶのが相応しい、第4の通信の秘密侵害の要素と言うべきではないかと、私は考えるのである。

ここ10年で問題となった事例を当てはめてみると、DPI広告は、通信内容の改変による広告とビーコンの差し込みであり、典型的な「介入」であったし、7SPOTが楽天やAmazonへのアクセスを遮断していた件も、検閲の一形態であるが、より一般的に言えば「介入」であったし、最近の「通信の最適化」と称するTCPペイロードの改ざんは、検閲とは言えなくても、「介入」であった。当時はこれを、通信の秘密侵害として指摘するほかなかったが、「知得」「窃用」で説明するにはやや無理があったのは、「介入」で説明すればよかったのである。

実際、EUにおいても、今準備中のePrivacy規則案で、電気通信の秘密(confidentiality of electronic communications)の侵害に相当するものを、以下のように、第5条で「any interference with electronic communications data」として規定しており、Recital 15では「人間の介入(intervention)による直接的なものか機械による自動処理の仲介を通してかを問わず」と補足している。この「any interference」が上記の「介入」に相当するもののように思える。

(15) Electronic communications data should be treated as confidential. This means that any interference with the transmission of electronic communications data, whether directly by human intervention or through the intermediation of automated processing by machines, without the consent of all the communicating parties should be prohibited.

Article 5 Confidentiality of electronic communications data

Electronic communications data shall be confidential. Any interference with electronic communications data, such as by listening, tapping, storing, monitoring, scanning or other kinds of interception, surveillance or processing of electronic communications data, by persons other than the end-users, shall be prohibited, except when permitted by this Regulation.

これは、現行のePrivacy指令にはなかった表現であり*12、単に盗聴、傍受、監視といったものに限らず、「processing of electronic communications data」まで含むような中立に近い「干渉」をも、エンドユーザ以外の者によるものは(本規則で許可された場合を除き)禁止されるとしているわけである。もはや、confidentialityと言っても語義通りの「秘密」を指すわけではないのである。

前記では「介入」と呼んだが、ePrivacy規則ではRecital 15で「human intervention」(人間の介入)の語も出てくるので、混同を避けるべく、さらに中立に近く「干渉」(interference)と呼ぶ方がよいのかもしれない。

このように、今日的な多様化した通信世界(といっても電気通信に限られるか)において「通信の秘密」をこのように再整理する必要があることは、国際的な共通認識となりつつあるのではないだろうか。

もっとも、憲法上の「通信の秘密」についても同じことが言えるのかはわからない。それは言えそうもない気もするが、憲法学者らの見解はどうだろうか。言えないとすれば、憲法上の通信の秘密と電気通信事業法上の通信の秘密は、切断されたものとなる宿命なのだろうか。

「検閲」が公権力によるものしかあり得ないのだとすると、民営化された電気通信事業法3条の「検閲の禁止」は何を意味しているのか。本来の趣旨に「介入・干渉の禁止」の意味が含まれていたのだとすれば、「検閲」の語を使って無理して解釈を構築するよりも、「介入・干渉の禁止」と言うようにしていった方が素直なのではないか。

前回のパブコメ意見で指摘したことは、こうした背景の考えがあってのものであった*13。通説と異なる独自の見解にすぎないなどと一蹴せず、一考いただきたいものである。

なお、前掲の引用部にある昭和27年の国会答弁に、「今後他の法律によつてこのような治安を害し、かつまた公序良俗に反するような通信を禁止するということになつた場合に、勢いこの点は現在におきますところの検閲という点によりまして制限を受けるということになろうかと思いますから、それは法律をもつて明定せざるを得なくなると考えております。」とあったように、立法によるブロッキングの道は残されているように思われる。

*1 伊藤真・前田哲男「サイトブロッキングと通信の秘密」コピライトNo.690(著作権情報センター、2018)28頁以下

*2 このような匿名表現のための通信の秘密の話は、プロバイダ責任制限法の文脈で重要ではあるが、本件ではそこではなく、common carrierとしての通信路の信頼の観点からの通信の秘密のあり方が問われているのであり、ここを混同してはいけない。

*3 「海賊版サイト対策、ブロッキング賛成・反対の関係者が激論…川上氏発言に注目集まる」(弁護士ドットコム, 2018年9月2日)で「高木氏、「アクセス警告方式」に異議をとなえる」との小見出しで報じられた件で、私が言いたかった「(4)そもそも、『通信の秘密』の位置づけが違うのではないか」は、そのことであった。

*4 検閲は通信の秘密侵害の「手段」なのだろうか? むしろ通信の秘密侵害行為が検閲の手段のように思えるのだが。あるいは、「手段」というより原因であり、ここは「検閲以外によるものも含む」という意味なのかもしれない。

*5 「公衆電気通信法案」がそれかと思い、つくばの公文書館分館まで行って閲覧してきたが、単なる法案条文の原本でしかなく、ハズレだった。

*6 公文書館で公開されている該当資料には、電気通信大臣からGHQの民間通信局(CCS)局長に当てた書簡とその返信、内閣総理大臣からダグラス・マツクアーサー最高司令官に宛てた書簡とその返信が含まれている。この辺りは、国会図書館に収蔵されている米国国立公文書館から複写された「民間通信局(略称:CCS)文書」の資料で何かわかるかもしれないが、その可能性は低いので、調べていない。

*7 別の仮説として、同じ時期に、無線電信法(大正4年法律第26号)を全部改正して電波法(昭和25年法律第131号)に改めることが検討されており、その際に、罰則が「電信官署又ハ電話官署ノ取扱中ニ係ル無線電信又ハ無線電話ノ通信ノ秘密ヲ侵シタル者ハ…」であったものを、「無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を漏らし、又は窃用した者は、…」に改めたのは、対象が電信官署、電話官署以外の無線局全般に広げられたこともあって、電波を傍受して内容を知得してしまうのは避け難いことで、そこを処罰するのは酷であるとの観点から、知得を含まない漏えいと窃用だけに明示的に定めたことがあり、公衆電気通信法においても同様に知得を外そうと意図したものであるとも考えられる。また、最初の電氣通信事業法草案(法務府、昭和24年5月)では、この罰則を親告罪とする規定「第3項 本條の罪は告訴を持って論ずる。」が入っており、その理由として「郵便法第80條は、この罪を親告罪としていないが、電氣通信の場合は、郵便の場合に比較してそれ程の悪意がなくても秘密を侵すことになり易く、これをも職権を以て処罰するのは酷にすぎるので、従来通り親告罪とした。」と説明されていたが、公衆電気通信法案修正案では親告罪とする規定が消えていることから、その代わりとして「知得」が外されていたのかもしれない。今日、電気通信事業法の通信の秘密侵害における「知得」が「積極的な知得」(前掲の逐条解説書では「積極的に通信の秘密を知ろうという意思のもとでなされる行為であって、偶然に通信の秘密を知ることはこれにあたらない。電気通信事業の従事者が業務上の必要から行う知得行為……は「正当行為」として違法性が阻却される」と説明されている。)に限られると解されているのは、そのような検討を経てであろうか。(判例についてはまだ調べていない。)

*8 107条「無線設備又は第100条第1項第1号の通信設備によつて日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する通信を発した者は、5年以下の懲役又は禁こに処する。」、108条「無線設備又は第100条第1項第1号の通信設備によつてわいせつな通信を発した者は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。」

*9 ダイヤルQ2の場合は、電話会社による運営だったので、コンテンツ提供者との契約で公序良俗に反する内容を排除することができていたのだろうが、それは電気通信事業者の取扱中に係る通信の検閲ではないと言うべきだろう。今日で言う、OTP事業をインターネット接続サービス事業者の会社が並行して行う場合の話も、これに共通している。

*10 例えば、山本博「通信の秘密の意義と解釈——特に信書について——」郵政、6巻7号(日本郵政公社広報部門広報部、昭和29年)16頁以下には、「「信書の秘密」の内容について、信書そのものである通信文は論ずるまでもなく秘密であるが、差出人又は受取人の居所、氏名及び通信回数など通信文以外のものが含まれるかについても大体説は一致している。即ち、これらも当然秘密に包含されていると解する。(略)」(18頁)と書かれている。

*11 あるいは、Webサイトブロッキングの場合で言えば、閲覧しようとする者がアクセス先を指定するために送信している情報は、閲覧者が何を閲覧しようとしているかという通信内容であるとも言える。

*12 ePrivacy指令では、第5条「Confidentiality of the communications」は、「In particular, they shall prohibit listening, tapping, storage or other kinds of interception or surveillance of communications and the related traffic data by persons other than users, without the consent of the users concerned, except when legally authorised to do so in accordance with Article 15(1).」となっており、全体を通しても「interference」の語は登場しない。

*13 加えて、昨年10月の総務省の「プラットフォームサービスに関する研究会アジェンダ案」に対するパブコメで、JILIS「個人情報保護法研究タスクフォース」から提出した以下の意見も、この背景によるものであった。「通信の秘密の保護利益・保護法益を、単なる利用者のプライバシー保護としてのみ捉えるのではなく、事実上の社会インフラを構成しているような電気通信について通信路上で恣意的に干渉・介入されないことが保障されるという意味で、電気通信に対する社会的信頼の確保として捉えるべきであり、この際、そのことを明確にするべきである。」

本日のリンク元 TrackBack(0)

2019年05月12日

アクセス警告方式(「アクセス抑止方策に係る検討の論点」)に対するパブコメ提出意見

総務省総合通信基盤局電気通信事業部消費者行政第二課から「アクセス抑止方策に係る検討の論点」に対する意見募集が始まっている(締切は5月14日17時)。ブロッキングの身代わりに提案されていた「アクセス警告方式」の是非を問うものである。

アクセス警告方式については、提案が出た直後から身を削って批判してきたところ*1であるが、先月の「インターネット上の海賊版サイトへのアクセス抑止方策に関する検討会(第1回)」を傍聴したところ、構成員からも反対の声は多い様子だったので、力を入れて批判するまでもないかと安堵していたが、このパブコメの募集の様子からして、国民からの意見として反対の声を必要としているように見えたので、改めて意見書を作成した。油断せず皆で意見を出しておいた方がよいように思う。

意見募集の対象となるのはこの文書「アクセス抑止方策に係る検討の論点」である。


「アクセス抑止方策に係る検討の論点」に対する意見

意見1(論点2:あるべきネットワークの姿は何か)

アクセス警告方式やブロッキングの導入の可否の検討に際して「インターネットの特徴」を考慮するのであれば、記載されている「自律分散協調」云々よりも、ネットワーク中立性の論点の一つともなっている「エンドツーエンド原則」(end-to-end principle)に着目すべきである。

エンドツーエンド原則(あるいは主義)は、コンピュータネットワーク設計の基本方針の一つであり、アプリケーションの機能はネットワーク終端のホストで実装するのが適切とするもので、この方針の下では、ネットワーク内の中間ノードは余計な介入をしない「ダム・ネットワーク」であるべきとされる。インターネットの基本プロトコルであるTCP/IPは、この方針に基づいて設計されて広く普及したものであり、WebにおいてもHTTPプロトコルのトランスポートとして用いられている。

エンドツーエンド原則を前提としたWebにおいて、ネットワーク内の中間ノードで「余計な介入」を挟まれると、設計の前提が崩れてアプリケーションに不測の不具合が生じかねない。具体例を二つ挙げると、第1に、日本でも2010年に問題視された「DPI広告」(deep packet inspectionを用いたターゲティング広告、「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」第二次提言を参照)は、インターネット接続サービス事業者のルータ上でHTTPレスポンスを改ざんしてcookieを挿入するものであった(https://togetter.com/li/27198)ことから、想定していないWebサイトに不具合が生じた事例があるほか、第2に、携帯電話会社が「通信の最適化」と称して、画像ファイルをダウンロードするHTTP通信のTCPペイロードをモバイルネットワーク上で改ざんした結果、スマホ用のゲームアプリが動作しなくなる不具合が生じる事故が国内で発生した事例(https://togetter.com/li/839917)がある。

「検討の前提について」で示されているアクセス警告方式は、警告の表示とその後の「本当にアクセスしますか」に「はい」と答えた場合の処理においてネットワーク内の中間ノードで「余計な介入」を挟む必要があることから、エンドツーエンド原則に反してアプリケーションに不測の不具合を生じさせかねないものと認識するべきであり、エンドツーエンド原則を壊してまで日本のインターネット接続サービスに広く普及させることがはたして我が国の将来にとって相応しいものなのかという観点から検討するべきである。

意見2(論点7:アクセス警告方式実施の前提としての法的整理)

法的整理として「通信の秘密の規定との関係が問題となる」と記載されているが、検閲の禁止(電気通信事業法第3条)との関係を問題としなければならない。

通信の秘密について、「ISPが各ユーザの同意を得た上で実施すれば、通信の秘密の問題をクリアすることが可能」「通常のユーザであれば同意することが想定し得る」場合には「包括同意で足りると認められる」などと記載されているが、検閲の禁止は、common carrierたるインターネット接続サービスの社会的信頼を保護するための規定であるから、ユーザ各個人の都合による同意(真の意味を理解していないユーザによる同意)があるからといって、そのような信頼を害する検閲が許されることにはならない。

検閲の禁止がユーザの同意によって解除されると言うには、common carrierたるインターネット接続サービスの社会的信頼が害されない程度に、どのような場合に遮断がなされるのかが公正に決定されるものでなければならず、その明確な基準が事前にユーザに理解されていることを要する。

検閲は必然的に通信の秘密を侵して行われるものであるから、検閲の禁止義務違反は同時に通信の秘密侵害に当たるのであり、通信の秘密が解除されると言うには、検閲の禁止が解除されるための要件である上記の点を検討しなければならない。

それにもかかわらず、「既存の類似の施策に係る法的整理」を含むこれまでの検討においては、通信の秘密をあたかもユーザのプライバシーの問題に過ぎないかのように矮小化して検討してきたことから、セキュリティ対策であれば通常のユーザば同意することが想定し得るなどといった杜撰な基準で、通信の秘密が放棄されるかのような誤った結論を導いていた。

実際、既に実施されている「電気通信事業者におけるサイバー攻撃等への対処と通信の秘密に関するガイドライン」に基づく「マルウェア不正通信ブロックサービス」では、何を遮断するものであるかが「C&Cサーバーへの通信」などという曖昧な記述でしか説明されておらず、遮断対象が公正に決定されるための明確な基準が存在しないまま、約款改定による包括同意で強制的に行われている実態があり、これがプライバシーの観点からは認められ得るものであり得ても、検閲の禁止というcommon carrierの社会的信頼の保護の観点からは、正当な通信が遮断されかねない点でその信頼を害するものとなっており、問題がある。

例えば、coinhive.comへの接続は、外形的にまさにC&Cサーバへの接続と見做すこともできるものであり、現にこれをマルウェア通信として検知対象としているアンチウイルスベンダーも存在している一方で、正当なユーザも存在するサービスであった。こうしたケースがインターネット接続サービスの検閲対象とならないことが保障される客観的な基準が存在していなければならない。

同様に、海賊版サイト対策として遮断を実施する際にも、遮断対象を明確に画定する基準を要するところ、例えば「著作権を侵害する自動公衆送信」を行うサイトといった基準(平成31年に国会への提出が見送られたダウンロード違法化拡大及びリーチサイト規制の著作権法改正法案ではこの基準が示された)では、過剰な検閲となるのは明らかであるから、より限定的な客観基準が必須である。その結論を導くには、検閲の禁止の観点からの検討が必要であり、通信の秘密を単にプライバシーの問題と捉える誤った検討の方向性は改められなければならない。

意見3(論点4:民間部門において主体的・主導的に進めるべきか)

論点7に対する意見で述べたように、検閲により遮断する対象は客観的な基準により公正に判断されることが求められるところ、現に「マルウェア不正通信ブロックサービス」が対象の基準を不透明にしたまま実施されている現状からすれば、「民間部門の主体的・主導的」な実施では公正さを期待できない状況にある。

海賊版サイトを対象にしようとする本件の場合には、その公正さの確保はさらに難しいものとなる(実際、平成31年に国会への提出が見送られたダウンロード違法化拡大及びリーチサイト規制の著作権法改正法案は、対象の要件を適切に絞ることができずに頓挫したのであるし、「著作権を侵害する自動公衆送信」を行うサイトといった基準では、過剰な検閲となるのは明らかである。)ことから、検閲の禁止を適法に解除するためには、法律に定めるところにより実施し、司法判断によって対象を決定する手続きを介するものとするべきである。

意見4(論点5:ダウンロード行為が違法か否かによる違いがあるか)

「ユーザによる海賊版コンテンツのダウンロード行為が違法とされている場合とされていない場合とで、アクセス警告方式の意義(略)に相違があるか?」との記載があるが、仮にダウンロード行為が違法化されても、複製が行われない単なる閲覧行為は違法化され得ないのであるから、単に閲覧しようとしているだけのユーザからすれば、「あなたは海賊版サイト(略)にアクセスしようとしています。海賊版サイトにアクセスしてマンガのファイルをダウンロードすることは違法であり(略)」との警告画面が表示されることは、余計なお世話でしかなく、閲覧するだけのつもりが誤ってダウンロードしてしまう事態も起きにくいことからすれば、ユーザがそのような機能を欲することが通常であるとは言えない。したがって、このような機能の強制に「通常のユーザであれば同意することが想定し得る」とは言えない。

なお、ユーザが単なる閲覧ではなくダウンロード行為に及ぼうとしている場合にのみ警告画面を表示させることは、インターネット接続サービスの側からは技術的に区別できないため、実現不可能である。

意見5(論点3:ユーザの受け止め方)

アクセス警告方式は、知的財産戦略本部での検討で合意に至らなかったブロッキングの代替案として提案された経緯があるが、その検討でブロッキングが反対された理由が、通信の秘密が侵されてユーザのプライバシーが侵害される懸念にあったことからすれば、「あなたは(略)しようとしています」との警告画面を突き出すアクセス警告方式の方がよほどプライバシー侵害的であり、問題が大きい。このような措置は、まさに「Big brother is watching you.」と、監視されている意識をユーザに植え付けるものであり、「通常のユーザであれば同意することが想定し得る」などというフィクションに基づく約款改訂による包括同意で強行することは、国民を監視に慣れさせ文句を言わせなくする反プライバシー施策に他ならず、到底許容されるものではない。

むしろ、海賊版サイトをDNSエントリから削除するだけのブロッキングの方が、本当はプライバシー侵害がない。ブロッキングが反対された理由は通信の秘密侵害であったが、本来は、プライバシーの観点よりも、論点7で述べたように、検閲の禁止への抵触(結果として通信の秘密をも侵害する)の問題として検討するべきであった。この点ではブロッキングもアクセス警告方式も同等であり、検閲対象を画定する客観基準と公正な判断の運用の困難性こそが、ブロッキングを躊躇させる真の理由だったと言うべきである。

プライバシーを実質的には侵害しないDNSサイトブロッキングをプライバシー侵害だと批判して反対しながら、同時に「通常のユーザであれば同意することが想定し得る」などというフィクションに基づいてアクセス警告方式を合理化したことは、態度に一貫性がないか、辻褄合わせに終始したに過ぎず、本当に国民のプライバシーを尊重しているのかと首を傾げざるをえない。ブロッキングに反対する理由から誤っていたのであり、そこから検討し直すべきである。

意見6(論点6:アクセス警告方式の効果)

アクセス警告方式はただの脅しでしかない。ダウンロードによる複製が違法化されても、単なる閲覧は違法化され得ないのであり、複製が行われたか閲覧のみに止まったかは、サイト側からもインターネット接続サービス側からも判別不可能なのだから、こうした状況を理解しているユーザに対しては、警告は何ら抑止効果をもたらさない。

それどころか、実際には危険でないものを危険であると脅すような行為が横行することは、国民のリテラシーを低下させるばかりか、無用な不安感を植え付けるものである。

同様のことは、他の海賊版サイト対策キャンペーンにも見られる。出版広報センターの「海賊版緊急対策ワーキンググループ」が2018年9月に展開した「海賊版であなたが危ない」「忍び寄る4大リスク!!」と称するキャンペーン(https://shuppankoho.jp/damage/tokusetsu-2.html)は、海賊版サイトについて、「アクセスしただけでウイルスに感染する被害が拡大している」だの、「個人情報を盗み出すフィッシング詐欺の主要な舞台」だの、「仮想通貨のマイニングへの強制参加で通信費が膨れ上がる」だのと、ありもしない虚構の脅威を振りかざして、知識の低い階層の民衆の恐れ・偏見・無知に訴えることによって海賊版サイトに対抗しようとする、悪質なデマであった。いかに目的が正当であろうともデマが正当化されることはない。

アクセス警告方式の提案もこの類のデマに感化されて発案された疑いがある(知的財産戦略本部インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(第6回)宍戸委員提出資料「アクセス警告方式について(補足)」には、「海賊版サイトの閲覧行為がマルウェア感染等別の形で利用者本人の不利益になる恐れが一般的にあるかどうかによることになる」との記載がある。)ので、デマの再生産とならないよう注意が必要である。

意見7(論点8:アクセス警告方式の技術的課題)

「検討の前提について」で示されているアクセス警告方式は、技術的に言って実現できない。「警告画面」を表示させるとのことであるが、閲覧者がアクセスしようとしている対象が「https://」で始まるURLのサイト(以下「HTTPSサイト」と言う。)である場合には、このような画面を出現させることが技術的にできないからである。

「検討の背景」で引用されている「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(第7回)宍戸委員提出資料」は、2013年から一時実施されていた官民連携プロジェクト「ACTIVE」の取り組みを参考にしたとされているものであるが、2013年当時は、非HTTPSサイト(「http://」で始まるURLのサイト)の割合が十分に大きかったことから、このような警告を出現させることができた。しかし、2012年ごろからインターネットコミュニティは、全てのWebサイトをHTTPSサイト化するべきであるとする方向性を打ち出し、徐々に実施されていった。日本は長らくこの動向に取り残され、10か国中で最もHTTPSサイト化が遅れており、2017年4月まで改善の兆しも見られない特異な国であることがGoogle社の調査により指摘される(https://transparencyreport.google.com/https/overview?lu=load_os_region)ほどであった。ACTIVEの取り組みは、このような技術トレンドに無頓着な時代遅れのピント外れ施策であったと言うべきである。

HTTPSサイトにおいて必要となるTLSのサーバ証明書は、ドメイン名所有者であれば実在性の審査なく誰でも自動的に取得できるものとなっていることから、ACTIVEが対象としたマルウェアのC&Cサーバのみならず、海賊版サイトにおいても、HTTPSサイト化が容易に可能となっている。海賊版サイトの代表例に挙げられた「漫画村」や「Anitube」は、当時は非HTTPSサイトであったが、閉鎖後に復活したと言われる後継サイトの一部は現にHTTPSサイト化されていた。

技術的に言って、可能なことはせいぜい接続できなくすることまでである。ISPが対象サイトのDNSエントリを差し替えて、警告表示用サイトのIPアドレスを設定したとしても、ユーザのWebブラウザは、HTTPSサイトへの接続時には警告表示用サイトに接続できない(TLSハンドシェイクの段階でエラーとなる)ので、ユーザは接続エラー画面しか目にすることがない。

DNSエントリの差し替えとは別に、deep packet inspection手法を用いてHTTPプロトコルに対する改ざんにより実現しようとしても、WebブラウザとHTTPSサイトとの間の接続は、TLS暗号化通信で保護されているので、改ざんすることはできない。どうしても改ざんするなら、「警告画面」表示用の偽造サーバ証明書を自動発行するためのルート認証局証明書を、ユーザのWebブラウザやOSにインストールさせて行う手法があるが、そのようなインストールを促すこと自体が国民のセキュリティリテラシーを低下させるものであり、到底認められない。そのインストールをISP等が提供するソフトウェアで密かに行うなら、不正指令電磁的記録供用罪(刑法168条の2)を犯すことになるだろう。Webブラウザに初めからそのようなルート認証局証明書を組み込んでもらうようWebブラウザのベンダーに交渉したとしても、拒否されるのは必然であり、そのような交渉をすること自体が、インターネットコミュニティの常識に反するものとして嘲笑の的となるであろう。

以上


推敲して明日までに出しておこう。

追記(13日)

若干、拙い表現だった部分を直して、提出した。上の文も差し替えた。

*1 その様子は、「海賊版サイト対策、ブロッキング賛成・反対の関係者が激論…川上氏発言に注目集まる」(弁護士ドットコム, 2018年9月2日)において、「高木氏、「アクセス警告方式」に異議をとなえる」との小見出しで報じられていた。

本日のリンク元 TrackBack(0)

2019年03月19日

検察官は解説書の文章を読み違えていたことが判明(なぜ不正指令電磁的記録に該当しないのか その3)

先月の「Coinhive事件、なぜ不正指令電磁的記録に該当しないのか その2」の続きである。

検察官の論告に対する世間と国会の反応

Coinhive事件の公判は、2月18日に結審を迎え、検察官から論告・求刑があった。その模様は報道と傍聴者のレポートで伝えられた。

このうち、モッチー氏のツイートに「社会的に認められていないことを試すのが罪になると、日本のITは世界的に認められたことしか出来なくなり、IT分野で世界に後れをとることになります。」というものがあったが、これは、そのように受け取られて仕方ないようなことを検察官が論告で述べたからであった。その後、国会でも3月8日の衆議院法務委員会でCoinhive事件についての質疑があり、以下のように質問されるに至った。

○葉梨委員長 これより会議を開きます。裁判所の司法行政、法務行政及び検察行政、国内治安、人権擁護に関する件について調査を進めます。(略)質疑の申出がありますので、順次これを許します。松平浩一君。

○松平委員 (略)きょうは、コインハイブ事件、それからネット上の名誉毀損についてお伺いしたいなと思っています。まず、コインハイブ事件についてお伺いいたします。

(略)

罪刑法定主義、踏まえているとはっきりおっしゃっていただきました。とすると、私、この罪刑法定主義に照らすと、無断でPCのCPUを使う動画広告はよくて、なぜこちらがだめなのか、なぜ今回は構成要件に該当して、動画広告の場合は構成要件に該当しないのか、これは該当性がやはり不明確であって、この罪の条文、改善の必要性があるというふうに思っているんですが、これはいかがでしょうか。

○小山政府参考人(法務省刑事局長) お答えをいたします。お尋ねは、特定の事案を念頭に置いて構成要件該当性をお尋ねになっておりまして、犯罪の成否は捜査機関に収集された証拠に基づき個別に判断されるべき事項でございまして、お答えはできないところでございます。なお、一般論で申しますと、刑法第168条の2、不正指令電磁的記録作成等の罪及び刑法第168条の3、不正指令電磁的記録取得等の罪についてでございますが、この電磁的記録の意義につきましては、委員も資料に掲示されております条文にございますように、この電磁的記録について、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」等とされているところでございまして、これらの構成要件は、通常の判断能力を有する一般人において、その意義を十分に理解し得るものであって、明確性の点で問題はなく、罪刑法定主義に反するものではないと事務当局としては考えております。

○松平委員 今、明確性の点で問題ないというふうにおっしゃっていただきました。この不正指令電磁的記録作成、保管、供用罪について、今言及の方はなかったんですが、この解釈について、法務省さんは資料を出されていらっしゃいます。(略)これは法務省ホームページに記載されておりまして、タイトルが「いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について」という資料です。そこでは、何が不正に当たるかは、(略)その機能を踏まえ、社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断というふうに解釈していらっしゃいます。

私、この社会的に許容し得るものであるかどうかという部分の解釈なんですけれども、社会的に許容しているかどうか。コインハイブは新しい技術、新しい仕組みなので、判断できる材料がそもそもないというふうに思っているんです。新しい技術というのは、新しいので周りが理解できないので、時がたつにつれて評価も変わってくるんじゃないかなと。なので、社会的に許容されるかどうかなんてわからない場合もあると思いますし、往々にして、もしかすると、新しい技術というのは理解されない場合も多いんじゃないか新しい技術というのは理解されないので許容されないところから始まる場合も多いんじゃないのかな、過去、そういうことも往々にしてあったんじゃないかなというふうに思っているんです。この点、いかがでしょうか。

(略)

こういった、社会的に許容し得るものかどうかという、新しい技術をもしかしたら否定させてしまう根拠となるような解釈をさせる、そういうもととなる規範をホームページ上に掲載するというのは、これはいかがなものかなというふうに思っているんです。

第198回国会衆議院法務委員会会議録第2号(平成31年3月8日)

このように、すっかり、不正指令電磁的記録の該当性それ自体が、「その機能を踏まえ社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断」されるものであるかのように語られているわけだが、2月18日の公判で、私も傍聴していて、検察官の論告を聞いていたが、確かに検察官はそのような言い草だった。

しかし、傍聴していて気になったのは、検察官がその辺りを読み上げているとき、「ああ、『大コンメンタール刑法』(青林書院)に書いてある解説をそのまま引き写しているんだな」と思ったものの、「あれれ?ちょっと違うことを言っているぞ?」と気づいたところがあったのだ。

検察官の論告は大コンメンタール刑法の解説を読み違えている

聞き違いがあってはいけないので、後日、弁護人に検察官の「論告要旨」を閲覧させて頂いたところ、論告要旨のその部分は、以下の文章になっていたことを確認できた。

3 本件プログラムコードが不正指令電磁的記録に該当すること

(1) 閲覧者の意図に反していること

ア 不正指令電磁的記録に関する罪は、電子計算機のプログラムに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるところ、閲覧者の意図に反するプログラムは、当然、その保護法益を侵害するものといえる。そして、閲覧者の意図に反するか否かについては、個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではなく、当該プログラムの機能の内容や機能に関する説明内容、想定される利用方法等を総合的に考慮して、その機能につき一般に認識されていると考えられるところを基準として判断するべきである(大コンメンタール刑法第8巻第3版345頁)。

(略)

(2) 「不正」なものであること

ア 「不正」なものであるか否かについては、社会的に許容し得るものか否かの観点から判断されることとなるところ、以下のとおり、本件プログラムコードは、社会的に許容されるものではないことは明らかで、「不正」なものと認められる。

イ 電子計算機の使用者の意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき指令を与えるプログラムであれば、通常、それだけで、その指令の内容を問わず、プログラムに対する社会の信頼を害するものとして、その作成、供用等の行為に当罰性があると考えられる。ただ、ソフトウェアの制作会社が不具合を修正するプログラムをユーザーの電子計算機に無断でインストールした場合における当該修正プログラムなど社会的に許容し得るものが例外的に含まれることがあり得るため、不正性の要件が設けられたものであり、不正性の要件に該当しないとして構成要件該当性が否定されるのは、そのようなプログラムの中で例外的なものに過ぎない大コンメンタール刑法第8巻第3版346頁)。

ウ そもそもマイニング自体が社会に広く知られ、許容されているわけではない状況であったことは公知の事実であって、ウェブサイトを閲覧しただけで、閲覧者が知らない間に自己の電子計算機の中央処理装置を利用され、勝手にマイニングされても構わないという社会的合意がなかったことは明らかである。

論告要旨より

強調した部分のように、検察官は、意図に反する動作をさせるプログラムであれば「それだけで」当罰性があり、「不正な」で除外されるのは「例外的なものに過ぎない」と言っている。

これを聞けば、国会での質問にもあったように、「新しいものは最初は許容されないものだから、そんなこと言ったら存在不可能になってしまう。」といった感想が出てくるのも頷けるところだ。

そして、やはり「大コンメンタール刑法第8巻第3版」が参照されているわけだが、では、参照された「大コンメンタール刑法」ではどのように書かれているだろうか。参照されたと考えられるのは以下の部分である。このように、個々の文は同一の部分もあるが、文章全体としては同一ではないことがわかる。

(3)「その意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき」

不正指令電磁的記録に関する罪は、電子計算機のプログラムに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、あるプログラムが使用者の「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」(略)ものであるか否かが問題となる場合における、その「意図」についても、そのような信頼を害するものであるか否かという観点から規範的に判断されるべきであると考えらえる。

すなわち、その「意図」については、個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではなく、当該プログラムの機能の内容や機能に関する説明内容、想定される利用方法等を総合的に考慮して、その機能につき一般に認識すべきと考えられるところを基準として規範的に判断することとなる。

(中略)

(4)「不正な指令を与える電磁的記録」 (a)「不正な」指令に限定することとされたのは、電子計算機の使用者の「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」べき指令を与えるプログラムであれば、多くの場合、それだけで、その指令の内容を問わず、プログラムに対する社会の信頼を害するものとして、その作成、供用等の行為に当罰性があるようにも考えられるものの、そのような指令を与えるプログラムの中には、社会的に許容し得るものが例外的に含まれることから、このようなプログラムを処罰対象から除外するためである。

したがって、あるプログラムによる指令が「不正な」ものであるか否かは、その機能を踏まえ、社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断することとなる。

このように、電子計算機使用者の「意図に反する」ものに当たり得るものの、不正ではない指令を与える電磁的記録としては、例えば、ソフトウェアの製作会社が不具合を修正するプログラムをユーザーの電子計算機に無断でインストールした場合における当該修正プログラムがこれに当たると考えられる「意図に反する」か否かは規範的に判断するため、同じく規範的な要件である「不正な」に当たるか否かの判断と重なるようにも思われるが、前者は、あくまで、電子計算機の使用者にとって認識し得べきものであるか否かという観点からなされるのに対し、「不正」か否かの判断は、電子計算機の使用者の認識という観点ではなく、そのプログラムが社会的に許容し得るものであるか否かという観点からなされることとなる。例えば、ソフトウェアの製作会社が修正プログラムをユーザーの電子計算機に無断でインストールした場合、当該修正プログラムによる動作は、その「意図に反する」ものには当たり得るが、それでもなお、このようなプログラムは、社会的に許容し得るものであり、「不正」には当たらないと考えられる。このように、「意図に反する」か否かの判断と「不正」か否かの判断は、個別の観点からなされるものであり、両者は必ずしも完全に重複するものではない)

吉田雅之「第19章の2 不正指令電磁的記録に関する罪」『大コンメンタール刑法第8巻第3版』(青林書院、2015)340頁以下、345頁、346頁

両者を比較してみると、まず、紫色で強調した文「社会的に許容し得るものが例外的に含まれることがあり得るため、不正性の要件が設けられたもの」のところは、同じ内容だ。ピンク色で強調した文「(意図に反する動作をさせるプログラム)であれば、(略)、それだけで、その指令の内容を問わず、プログラムに対する社会の信頼を害するものとして、その作成、供用等の行為に当罰性がある」という部分も、ほぼ同一だ。

しかし、決定的に異なるのは、大コンメンタール刑法に書かれている緑色で強調の部分が、検察官の論告には欠けていることである。

緑色で強調の部分が言っていることは、「あるプログラムが使用者の「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」ものであるか否か」は、この罪の保護法益であるところの「電子計算機のプログラムに対する社会一般の信頼」について「そのような信頼を害するものであるか否かという観点から規範的に判断されるべき」ものとされている。

「規範的に判断」というのは、「意図に反する」という文が、単に字面通りに(該当するか否か)解釈されるのではなく、一定の規範に基づいて判断される(それは裁判官が判断する)ものである(したがって、字面上は「意図に反する」と言えても、規範的には「意図に反する」とは言えない場合が存在する)ことを意味しており(「規範的構成要件要素」と呼ばれる。)、本件の場合、その規範は、保護法益であるところの「電子計算機のプログラムに対する社会一般の信頼」を害するほどまでに「意図に反する」のかという観点から判断されるものであるわけである。

それにもかかわらず、検察官の論告では、赤で強調した部分の通り、「不正指令電磁的記録に関する罪は、電子計算機のプログラムに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるところ、閲覧者の意図に反するプログラムは、当然、その保護法益を侵害するものといえる。」などと言ってしまっている。規範的構成要件要素であるにもかかわらず、それを無視し、字面解釈で「閲覧者の意図に反するプログラム」に該当すれば「当然、その保護法益を侵害するもの」などと、大コンメンタール刑法とは逆さまのこと*1を言ってしまっているのである。

これは驚きであったのと同時に、「なるほど、解説書の文章をこのように読み違えたから、Coinhive有罪と思えてしまったのか!」と腹落ちしたのであった。(傍聴を終えた日のツイート

この読み違えは、結果として、不正指令電磁的記録の罪の対象範囲が大幅に異なるものとなる。これをベン図で示すと以下の図1のようになる。

ベン図
図1: 大コンメンタール刑法の解説 vs 検察官の論告での解釈

右の検察官の解釈では、「同意なく実行されるプログラム」はそれ自体がほとんどイコールで*2「意図に反する動作をさせるプログラム」(赤の部分)であり、そのうち「社会的に許容し得るもの」が「不正でない」ものとしてホワイトリスト的に除かれ、「広告」などのWebで動いているものの大半がそこ(内側の青の部分)に入るという解釈になっている。

これに対し、大コンメンタール刑法の解説では、「同意なく実行されるプログラム」のうち、「プログラムに対する社会一般の信頼を害する」程度に「規範的な」意味で「意図に反する動作をさせる」ものだけがブラックリスト的に該当する(「広告などのWebで動いているものの大半はその外側の青の部分に入る)というもので、「不正な」の要件で除外されるのはあまり重要でないオマケ程度のもの(これについては後述する。)ということになる。

Coinhiveがどこに入るかは、図のように、大コンメンタール刑法の解説の解釈では(筆者の見解ではあるが)青の部分に、検察官の論告での解釈では赤の部分に入る。

しかし、改めてこうして分析してみると、検察官は解説書を誤読したというよりも、わかっていながら有罪とするために、あえて解説書と違うことを論告で言わざるを得なかったのかもしれない*3と思えてきた。そのことは、以下の両者の文章の比較から窺える。

左が大コンメンタール刑法の元の文章、右がこれを引き写したはずの論告要旨の文章である。これは、上の引用で、ピンク色で強調した文だが、微妙に変更されているのがわかる。

電子計算機の使用者の意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき指令を与えるプログラムであれば、多くの場合、それだけで、その指令の内容を問わず、プログラムに対する社会の信頼を害するものとして、その作成、供用等の行為に当罰性があるようにも考えられるものの

大コンメンタール刑法第8巻第3版 345頁

電子計算機の使用者の意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき指令を与えるプログラムであれば、通常、それだけで、その指令の内容を問わず、プログラムに対する社会の信頼を害するものとして、その作成、供用等の行為に当罰性があると考えられる。

論告要旨より

変更点を強調表示したが、このようにほぼ同一の文であるにも関わらず、「多くの場合」をわざわざ「通常」に変更しており、これは意識しなければ起きないことであるから、「多くの場合」では都合が悪かったのであろうと推察できよう。

なお、ここで、左の「……意図に反する……であれば、それだけで、……の信頼を害するものとして当罰性がある」の文は、前提として「信頼を害するもの」だけが「意図に反する」と解釈することにしているから当然に「であればそれだけで当罰性がある」となるわけだが、右の同じ文は、その前提を欠いているために、同じ文でありながら「「意図に反する」ものは信頼を害する」という別の意味になってしまっている。

そしてもう一箇所、次の箇所(上では強調表示しなかった部分にある)も興味深い変更が施されている。

すなわち、その「意図」については、個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではなく、当該プログラムの機能の内容や機能に関する説明内容、想定される利用方法等を総合的に考慮して、その機能につき一般に認識すべきと考えられるところを基準として規範的に判断することとなる

大コンメンタール刑法第8巻第3版 345頁

閲覧者の意図に反するか否かについては、個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではなく、当該プログラムの機能の内容や機能に関する説明内容、想定される利用方法等を総合的に考慮して、その機能につき一般に認識されていると考えられるところを基準として判断するべきである

論告要旨より

ここも、ほぼ同一の文であるにも関わらず、「すべき」がわざわざ「されている」に変更されているのがわかる。

元の文の「その機能につき一般に認識すべきと考えられるところを基準」がどういう意味かと言えば、「意図に反する」といっても、その「意図」というのは字面通りの個々の利用者の意図のことではなく、保護法益を害するほどまでに「意図に反する」と言えるほどの、「利用者が当然に想定すべき意図」を超えた「反する」ものであるか否かという文脈の中での「一般に認識すべきと考えられる」「意図」のことを説明しているのであり、「意図に反する」の「意図」自体も規範的に判断されるものだと解説されているわけである。

それに対して、検察官の論告が、「認識すべき」を「認識されている」に変更したのは、「その機能につき一般に認識すべき」とそのまま引き写してしまうと、規範的構成要件要素であるニュアンスが出てしまうので、そこを避けて、あたかも多数決あるいは現実の実態状況で決まるかの如き「その機能につき一般に認識されていると考えられるところ」との表現に変更したということではないか。最後の「規範的に」も削除されている。

Coinhiveの事例に当てはめて言えば、見ず知らずのWebサイトを訪れれば、そこで断りもなくCPUを使われてしまうことは、「Webとは元々そういうものである」という閲覧者の理解が「一般に認識すべきと考えられる意図」であり、Coinhiveはそのような意味での「意図」に反していないと言うべきであろう。このことは、現実に多くの人々が「Webとは元々そういうものである」ということを知らなかったとしても、規範的に「Webとは元々そういうものである」と認識していて然るべきというのが、規範的構成要件要素であるところの「意図に反する」の「意図」なのであり、だからこそ「一般に認識すべきと考えられる」と解説されるのである。(なお、「考えられる」とは裁判官が判断する規範のことである。)

検察官の論告は、そのような解釈になってしまうのを嫌がり、「一般に認識されている」という別の表現を使うことで、現実に多くの人々にとって「意図に反する」という事実があれば構成要件を満たすかの如く、大コンメンタール刑法とは異なる説を唱えたようである。

裁判官は、判決に際して、論告のこの解釈をまず否定すべきである。

ところで、このような「意図に反する」の解釈への誤解は、今月から問題となっている、兵庫県警が「無限アラート」が出るだけのジョークサイトへのリンクを掲示板に掲載した行為を、不正指令電磁的記録供用未遂罪に当たるとして、複数名を家宅捜索した事案(16日の日記「しそうけいさつ化する田舎サイバー警察の驕りを誰が諌めるのか」参照)にも、共通するところである。

すなわち、「無限アラート」は、サイトを閉じるか前のページに戻れば元通りになるのであり、当該サイト内での表現行為にすぎない。「プログラムに対する社会一般の信頼を害する」程度に「規範的な」意味で「意図に反する動作をさせる」ものではない(アラートが出ることや、それが延々繰り返される事態は、見ず知らずのWebサイトを訪れるからには起き得ることとして「(Webの機能につき)一般に認識すべき」ところである)と言うべきである。*4

兵庫県警(と神戸地検の検事)が「無限アラート」を不正指令電磁的記録として扱った背景には、今回の横浜地検の検事と同様の勘違いがあるのではないか。

なぜこのような誤解が生じるのか

さて、このような誤った解釈がなぜ広まったかについて、以下、少し検討を加えておきたい。

実は、私自身も、改正法が成立して以来、「意図に反する動作をさせるプログラム」は、ほとんどのプログラムが該当してしまうが、「不正な」の要件でほとんどが落ちるという、まさに今回の横浜地検の検事と似たような発想をしていた。その考えを改めたのは、今回のCoinhive事件で、モロさんの弁護人である平野敬弁護士から相談があった際に、平野弁護士が開口一番「意図に反するに当らないのでは」とおっしゃったのを契機に、改めて調べ直したところ、次のことに気づいたのであった。

まず、度々参照されている、法務省のWebサイトに掲載されている「いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について」(参議院法務委員会附帯決議の「政府は周知徹底に努めること」に基づき作成・公表されたもの)を改めて読んでみると、「意図に反する動作をさせる」の解説部分で、「規範的に判断される」とは書かれていないのである。該当部分は以下の文章になっている。

あるプログラムが,使用者の「意図に沿うべき動作をさせず,又はその意図に反する動作をさせる」ものであるか否かが問題となる場合におけるその「意図」は,個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではなく,当該プログラムの機能の内容や,機能に関する説明内容,想定される利用方法等を総合的に考慮して,その機能につき一般に認識すべきと考えられるところを基準として判断することとなる。

法務省「いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について」, 2011年7月

私はこれにつられてしまい、「不正な」だけが規範的構成要件要素で、「意図に反する」のところは規範的構成要件要素ではないと思ってしまっていた。(もっとも、この文書は、「不正な」の解説のところにも、規範的に判断されるものとの説明はない。)

ところが、改めて、法制審議会の刑事法部会での立案時の議事録を確認したところ、保護法益の観点から規範的に判断されるべきものと書かれていた。

本罪は,ただいま御説明いたしましたとおり,電子計算機のプログラムに対する社会一般の信頼を保護法益とする罪でございますので,電子計算機を使用する者の意図に反する動作であるか否かは,そのような信頼を害するものであるかどうかという観点から規範的に判断されるべきものでございます。すなわち,かかる判断は,電子計算機の使用者におけるプログラムの具体的な機能に対する現実の認識を基準とするのではなくて,使用者として認識すべきと考えられるところを基準とすべきであると考えております。

法制審議会刑事法(ハイテク犯罪関係)部会第3回会議 議事録, 2003年5月15日

そして、実は入手していなかった「大コンメンタール刑法」を購入して、前掲の解説文に「その「意図」についても、そのような信頼を害するものであるか否かという観点から規範的に判断されるべき」と書かれているのを知ったのであった。

改めて調べてみると、改正法成立直後(2011年)に法学雑誌に掲載された立案担当者ら(吉田雅之検事と檞清隆検事)の解説でも、いずれも、「保護法益から規範的に判断されるべき」との記述はなく、「いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について」とほぼ同じ説明が繰り返されていたのだが、2012年に出版された記事、杉山徳明・吉田雅之「「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律」について(上)」法曹時報64巻4号(法曹会、2012年)では、「その「意図」についても、そのような信頼を害するものであるか否かという観点から規範的に判断されるべきである」と、大コンメンタール刑法(2015年出版)の前掲の引用部と同じ文章に変わっていたことがわかった。

他にも、最高裁判所事務総局刑事局による「刑事裁判資料」に掲載の記事「「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律」及び「刑事訴訟規則の一部を改正する規則」の解説」刑事裁判資料第290号(最高裁判所事務総局、2013年)においても、同様に大コンメンタール刑法と同じ説明方法が採られている。

このことから、立案担当者だった吉田検事において、何らかの機会により、このように「規範的に判断される」と書く必要性に気づかされて変更されたものと思われる。それだけに、この違いは重要なところなのではなかろうか。

次に、上記で「後述する」とした、図1の「大コンメンタール刑法の解説」の方(左)の「不正でない」の枠をかなり小さく描いており、「あまり重要でないオマケ程度のもの」としたことについて。

大コンメンタール刑法の解説によれば、前掲の通り、意図に反する動作をさせるプログラムであれば「多くの場合、それだけで」当罰性があるとされている。それは、「意図に反する動作をさせる」の解釈が、字面通りではなく、保護法益を害する程度に「意図に反する」と規範的に判断されるものとして、既に十分に限定されているからこそ、それだけでもう既に当罰性があるという意味であって、逆に言えば、当罰性があるほどまでに「意図に反する」は限定的に解釈されるべきなのだろう。

そうすると、そのようなもののうち、「不正な」の要件を満たさずに除外されるものに、いったいどんなものがあるのだろうか?という疑問が湧く。おそらく、ほとんどないのではないか。少し考えてみたが、思い当たる例がない。そのような意味で、図1の「不正でない」の枠を相当小さく描いた。

しかし、そのような、意図に反するが不正でないプログラムの例として、大コンメンタール刑法は、前掲の通り、以下のように説明しているのである。

このように、電子計算機使用者の「意図に反する」ものに当たり得るものの、不正ではない指令を与える電磁的記録としては、例えば、ソフトウェアの製作会社が不具合を修正するプログラムをユーザーの電子計算機に無断でインストールした場合における当該修正プログラムがこれに当たると考えられる(略)

吉田雅之「第19章の2 不正指令電磁的記録に関する罪」『大コンメンタール刑法第8巻第3版』(青林書院、2015)340頁以下、346頁

この例が誤解の元になっているように思える。*5

つまり、この例からすれば、自動アップデートプログラムは「意図に反する動作をさせるプログラム」ということになっている。しかし、思うに、前記の通り、「意図に反する」の意義を保護法益を害するほどのものとして「規範的に」判断されるものとして解釈すれば、今日において、自動アップデートプログラムごときは「意図に反する動作をさせるプログラム」ではないと言うべきであろう。自動アップデートプログラムが無断で作動することは「その機能につき一般に認識すべき」ものである。

それなのになぜこの例が書かれているかは、法制審議会刑事法部会で揉まれていた原案の時点から、説明に例として挙げられていたからだろう。第1回会議で事務局から以下のように説明されていた。

また,意図に反するものであっても,正当なものがあるのではないかというような御質問もあったかと思いますが,その観点からは,この要綱の案におきましては,対象とする電磁的記録を「不正な指令に係る電磁的記録」に限定しておりまして,例えば,アプリケーション・プログラムの作成会社が修正プログラムをユーザーの意図に基づかないでユーザーのコンピュータにインストールするような場合,これは,形式的には「意図に反する動作をさせる指令」に当たることがあっても,そういう社会的に許容されるような動作をするプログラムにつきましては,不正な指令に当たらないということで,構成要件的に該当しないと考えております。

法制審議会刑事法(ハイテク犯罪関係)部会第1回会議 議事録, 2003年4月14日

ここからして間違いだったと思うが、よく見ると「当たることがあっても」と言っていて、当たるとは言っていない仮定の話なわけである。おそらく、法制審議会にかけられるまでに原案が練られた時点で、何らかの理由で「不正な」で限定することになったものの、その具体例の捻出に困ったのだろうと推察する。結局その後もずっと、ここの説明の例として自動修正プログラムだけが挙げられている。

大コンメンタール刑法の前掲の引用部の「(略)」の部分には、括弧書きで、「(「意図に反する」か否かは規範的に判断するため、同じく規範的な要件である「不正な」に当たるか否かの判断と重なるようにも思われるが、前者は、あくまで、(略)のに対し、「不正」か否かの判断は、(略)という観点からなされることとなる。(略)このように、「意図に反する」か否かの判断と「不正」か否かの判断は、個別の観点からなされるものであり、両者は必ずしも完全に重複するものではない)」と書かれていて、これは以前の解説にはなかったものであるだけに、こんなことをわざわざ書いているのは、そこへのツッコミがどこかからあったのではないかと推察する。「不正な」で除く意義がどこにあるのかについて、どこかしらで疑問視されているのではないだろうか。

そういえば、法制審議会刑事法部会の議事録でも、「「不正」というのは余り意味がない」のでは?との問い掛けがあって、以下のように議論されていたのだった。

●その「害」というのをどういうふうにとらえるかでございましょうけれども,いずれにいたしましても,プログラムに対する信頼と申しますか,それによって,コンピュータによる情報処理が営まれるわけでございますので,保護法益との関係からまいりましても,そういう信頼というものをその意味で害することになるようなものに限られているということではございます。

●いかかでしょうか。ただいまの点に関連して何かございましたら。

●○○委員が今おっしゃった,後で議論するおつもりだったのかもしれないのですが,今のことを聞いていると,不正な指令の「不正」というのは余り意味がないということになるのですか。ちょっと言い方はおかしいのですけれども。意図に沿うべき動作をさせずということと,意図に反する動作をさせるということがあれば,そういう指令なら,不正な指令であると。だから,不正という概念が,これまた何が不正かという議論になるのでしょうけれども,正,悪というのが何か基準があって,社会的に是とされるもの,社会的に非とされるもので正,不正というのが分かれているという意味よりも,人の使用する電子計算機について,その意図に沿うか沿わないかという,そこで全部分けているというふうになると。正,不正というのは,ただ,飾り文句と言うと言葉はおかしいのですけれども,そうなるんじゃないかというふうな気がして今聞いていたのですが,そういうことでよろしいのですか。

●先ほどの○○委員の御発言もそういう趣旨ではなかったかと思うのですけれども,要するに,「意図」と「不正」とは一連のものではないかという御発言でございましたが,その辺いかがでしょうか。

●基本的に,コンピュータの使用者の意図に沿わない動作をさせる,あるいは意図している動作をさせないような指令を与えるプログラムは,その指令内容を問わずに,それ自体,人のプログラムに対する信頼を害するものとして,その作成,供用等の行為には当罰性があると考えておりますが,そういうものに形式的には当たるけれども社会的に許容できるようなものが例外的にあり得ると考えられますので,これを除外することを明らかにするために,「不正な」という要件を更につけ加えているということでございます。

●いかがでしょうか。議論のあるところだと思いますが。

動作をさせないということと,その意図に反する動作をさせるということ,両方合わせまして,それだけでは限定がつけられないので,更に「不正」というものが必要であるという御意見なのですが,この点いかかでしょうか。

法制審議会刑事法(ハイテク犯罪関係)部会第3回会議 議事録, 2003年5月15日

やはり、「不正な」よりも「意図に反する」の方で、犯罪としての構成要件が絞られるのだという理解で正しいように思える。

それにもかかわらず、今回の検察官の論告でも、この自動アップデートの例が嬉々として引用され、以下のように書かれているのは、「同意なく実行されるプログラム」=「意図に反する動作をさせる」という誤解を強化してしまっているのではないだろうか。

イ 電子計算機の使用者の意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき指令を与えるプログラムであれば、通常、それだけで、その指令の内容を問わず、プログラムに対する社会の信頼を害するものとして、その作成、供用等の行為に当罰性があると考えられる。ただ、ソフトウェアの制作会社が不具合を修正するプログラムをユーザーの電子計算機に無断でインストールした場合における当該修正プログラムなど社会的に許容し得るものが例外的に含まれることがあり得るため、不正性の要件が設けられたものであり、不正性の要件に該当しないとして構成要件該当性が否定されるのは、そのようなプログラムの中で例外的なものに過ぎない(大コンメンタール刑法第8巻第3版346頁)。

論告要旨より

ここで「例外的に含まれる」の意味が、大コンメンタール刑法に記載の「例外的に含まれる」と、文は同じでありながら、前提(「意図に反する」の意味)が異なるため、違うものになってしまっている。大コンメンタール刑法では、「例外的に」は「ほとんどないが稀に」という意味であるのに対し、検察官の論告では、「例外的に」は「ホワイトリストとして」的な意味になっている。

というわけで、この悪しき自動アップデートの例を解説に使うのをやめない限り、今後もこの誤解は再生産されて続けてしまうだろう。

法案再提出時の法令協議の様子

ここで一つ参考になる資料を提供しておく。情報法制研究所(JILIS)では、Coinhive事件の把握を契機に、その妥当性を研究すべく、不正指令電磁的記録の罪の適用状況を把握するために、昨年7月に以下の文書の情報公開制度に基づく開示請求を行った。

  • 「平成22年度情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」に係る法務省との法令協議その他の協議文書

このうち、経済産業省から開示された文書(8月30日開示決定)に、経済産業省が法務省に対して、不正指令電磁的記録として何が該当し得るのかについて質問したやりとりが記載されていた。

開示資料のスキャン画像 開示資料のスキャン画像 開示資料のスキャン画像 開示資料のスキャン画像
図2: 経済産業省から法務省への法令協議での質問

2011年3月1日付の経済産業省の質問に、以下のものがある。

【問6】電子計算機を使用する人の「意図」

第168条の2第1項1号の「その意図に沿う」又は「その意図に反する」の意図とは、使用者のリテラシーに関わらず(使用者の現実の意図ではなく)、使用者として認識すべきと規範的に考えら得るところが基準となると解するが、いかがか。

このように解して差し支えない場合、以下のプログラム等は、利用者の意図に反する動作をさせる指令を与えるものと評価されるか。(作成行為、提供行為について本項の適用の有無を確認する意図ではなく、本項1号の電磁的記録に該当するか否かを問うものであって、不正な指令を与えるものか否かは問わない。)

(1) 脆弱性の検査ツールやリモートアクセスツールが、利用方法の説明不足等により、使用者のデータを破壊したり、情報漏えいを引き起こしたりする場合

(2) 利用者に無断で電話帳などの個人情報を送出する携帯電話のプログラムや、利用者に無断で位置情報を送出する同プログラム、利用者に無断で携帯電話の機体識別番号を送信する同プログラム
(cf. アプリがあなたを監視中─スマートフォン・アプリがプライバシーを侵害(ウォールストリート・ジャーナル、2010年12月)http://jp.wsj.com/IT/node_162281

(3) コピーコントロール等一定の目的に資するよう提供された複数のモジュールから構成されるソフトウエア群において、その一部に、利用者に無断でコンピュータのセキュリティ設定を脆弱にする等、ウイルス相当の機能を備えているプログラムが含まれていた場合
(cf. ソニーBMG製CD XCP問題 http://ja.wikipedia.org/wiki/ソニーBMG製CD_XCP問題

(4) 行動ターゲティング広告システム(人々のWebサイト閲覧履歴や検索語句を参照することで、ユーザー興味や関心に合致した広告を自動的に掲載する等)を実現する等一定の目的に資するよう提供される、利用者に無断で利用者のWebサイト閲覧履歴を収集するWebページ(に埋め込まれたスクリプト)やプログラム (cf. http://ja.wikipedia.org/wiki/楽天ad4U

(5) 利用者に無断で、他のWebサイトにリダイレクトするWebページ(に埋め込まれたスクリプト)やプログラムであって、
.螢瀬ぅ譽ト先がコンピュータウイルスを自動的にダウンロード(インストール)させるサイトである場合
▲螢瀬ぅ譽ト先が顧客登録等の業務の委託先のサイトである場合
(cf. Gumblarウイルス,twitterワーム,リダイレクト機能)

(6) 利用者の意図しないアクセス要求(掲示板への書き込みや、オンラインショッピングサイトでの発注処理、個人情報登録画面での登録情報変更処理等のアクセス要求)を自動的に送らせるWebページ(に埋め込まれたスクリプト)やプログラム(cf. CSRF (Cross site request forgeries)攻撃)、Webサイト上で偽った画面上の表示を掲出する(画面上は別の機能を実行する為のボタンをクリックするようにみせかける)ことにより利用者に意図しない動作を導く操作をさせるWebページ(に埋め込まれたスクリプト)やプログラム(cf. clickjacking攻撃)

(7) 利用者に無断で広告ページを表示するWebページ(に埋め込まれたスクリプト)やプログラム

(8) コンピュータウイルスを電子メールに添付し、添付のファイルはコンピュータウイルスである旨及び動作内容を電子メールの本文中に説明して、送信した場合において、その説明どおりに動作するコンピュータウイルスのプログラム。

これに対しての法務省の同日付の回答が以下のように記載されていた。

問6について

刑法168条の2台1項第1号の「意図」について、使用者の現実の意図ではなく、使用者として認識すべきと規範的に考えられるところを基準として判断することとなるとの点については、貴見のとおり。

(1)から(8)までのいずれについても、個別具体的な事実関係に基づいて判断すべきものであるので、一概にお答えすることは困難な面もあるが、一般には、次のように考えられる。

すなわち、(1)から(8)までについては、いずれも同号の「意図に反する動作をさせるべき」指令を与えるものに該当し得るが、(1)については「人の電子計算機における実行の用に供する目的」が欠ける場合があると考えられるほか、(7)については、一般的に許容されるものであれば、同号の「意図に反する動作をさせるべき」指令を与えるものに該当しないと考えられ、また、(8)については、コンピュータ・ウイルスの研究者間におけるやり取りである場合も同様と考えている。

この回答では、(4)の「行動ターゲティング広告のシステム」が該当しないものとして否定されておらず「該当し得る」との回答になっている。経済産業省は翌3月2日付で「再質問」を送っており、この問6についての再質問として、以下のことが書かれていた。

(再質問6)

【上記(2)関係】
本問、問7及び問13の(4)への回答を総合すると、利用者に無断で位置情報を送出する携帯電話のプログラムや利用者に無断で携帯電話の機体識別番号を送信するプログラムを作成、提供、実行の用に供する行為は、第168条の2の罪に該当する可能性があると評価されることになると考えられるところ、このような機能を利用者の明示的な承諾なしに提供するサービスは現在も実際に提供されており、このような解釈が行われるということであれば、それらのサービス提供事業者は、本改正法の施行に先立ち、利用者に対して確認を求めるステップを設ける等の改善策を講じることが必要となる(講ずる機会を与えられることを欲する)と考えられる。本改正法の施行は公布後20日とされており、公布後にこのような解釈が示されても、事業者には十分な改善の機会が与えられない可能性が高いことから、直ちにこのような解釈を公開した上、関係事業者やアプリケーションの開発者等に対策を講じるための十分な機会を提供すべきであると考えられる。市場に当たるインパクトも大きいと考えられるところ、このような解釈の早期公開についてどのように考えるか。

【上記(4)関係】(2)の部分と同じ趣旨
本問、問7及び問13の(4)への回答を総合すると、行動ターゲティング広告システムの一環として利用者に無断で利用者のWebサイト閲覧履歴を収集するWebページ(に埋め込まれたスクリプト)やプログラムを作成、提供、実行の用に供する行為は、第168条の2の罪に該当する可能性があると評価されることになると考えられるところ、このような機能を利用者の明示的な承諾なしに提供するサービスは現在も実際に提供されている可能性がありこのような解釈が行われるということであれば、それらのサービス提供事業者は、本改正法の施行に先立ち、利用者に対して確認を求めるステップを設ける等の改善策を講じることが必要となる(講ずる機会を与えられることを欲する)と考えられる。本改正法の施行は公布後20日とされており、公布後にこのような解釈が示されても、事業者には十分な改善の機会が与えられない可能性が高いことから、直ちにこのような解釈を公開した上、関係事業者やアプリケーションの開発者等に対策を講じるための十分な機会を提供すべきであると考えられる。市場に当たるインパクトも大きいと考えられるところ、このような解釈の早期公開についてどのように考えるか。

つまり、行動ターゲティング広告システムが履歴を無断収集することが不正指令電磁的記録供用罪に当たり得るとする法務省の回答に対して、現にそのようなことがビジネスとして行われているのに、改正法の施行が公布後20日とされているのはおかしいのではないか?と問うているわけである。

ここで私見であるが、刑法の改正法の施行期日が公布からたった20日というのは、そもそも刑法に規定された罪は、自然犯的なものであり、元より犯罪的なものを罰するものとして改めて規定されたにすぎないからこそ、周知期間は不要だということではなかろうか。それに対して、行政規制による罰則(自然犯ではなく法定犯)は、施行期日に十分な間を置いて周知期間を置くのが一般的であろう。そのことからしても、公布後20日で施行するなら、行動ターゲティング広告のケースが「意図に反する動作をさせる不正な指令」に当たり得るとする解釈の方が間違っているのではないか?という疑問が湧く。

これに対しての法務省の同日付の回答が以下のように記載されていた。

4 再質問6について
【(2)関係】
御指摘のプログラムについては、個別具体的な事実関係に照らし、社会通念上、一般に許容されるものであれば、不正指令電磁的記録作成等の罪には当たらないと考えられる。

このような解釈は、今後、国会審議等を通じて明らかになるものと考えている。

なお、本法案の内容及び解釈については、前回、平成17年の法案提出時から基本的な変更はないものであることはご理解いただきたい。

【(4)関係】(2)の部分と同じ趣旨
上記(2)についての回答と同様。

回答がいずれも当日中に行われていることから、あまり熟考せず回答したものであろうが、最初は該当し得るとしていたものが、周知期間は?と問われて、「社会通念上一般に許容されるものであれば当たらない」という回答に変わっている。

ここから思うに、「意図に反する動作をさせる」というのは、自然犯的に犯罪と言えるほどまでに「プログラムに対する社会一般の信頼」を害する程度という、相当狭い範囲を指すものとして「規範的に」判断されるべきものではないだろうか。

現在の法務省の理解は大丈夫なのか

さて、最初に挙げた今年3月8日の衆議院法務委員会での質疑だが、前掲の松平委員の質問に、法務省刑事局長は以下のように答弁していた。

○松平委員(略)こういった、社会的に許容し得るものかどうかという、新しい技術をもしかしたら否定させてしまう根拠となるような解釈をさせる、そういうもととなる規範をホームページ上に掲載するというのは、これはいかがなものかなというふうに思っているんです。この点、いかがでしょうか。

○小山政府参考人(法務省刑事局長) お答えをいたします。まず、前提といたしまして、この不正指令電磁的記録に関する罪の要件である不正な指令の解釈がございました。こちらでございますが、同罪の対象を不正な指令に限定することといたしましたのは、その前提となる要件を満たす電子計算機の使用者の意図に沿うべき動作をさせず、又は意図に反する動作をさせるべき指令を与えるプログラムであれば、多くの場合、それだけで、その指令の内容を問わず、プログラムに対する社会の信頼を害するものとして、その作成、供用等の行為に当罰性があるようにも考えられてしまいますところ、そのような指令を与えるプログラムの中には、議員の問題意識にもあるかとは思いますが、社会的に許容し得るものが例外的に含まれるところでございまして、このようなプログラムを処罰対象から除外するためのものでございます

「不正な」との文言は、このような趣旨で設けられたものでございまして、あるプログラムによる指令が不正なものであるかどうかにつきましては、そのプログラムの機能を踏まえ、社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断するということになるものでございまして、それ自体、明確性を欠くものではないと我々としては考えております。

また、刑法上、構成要件に「不正な」あるいは「不正に」との文言が用いられている例はほかにも複数ございまして、その意味でも問題がないものと考えております。したがいまして、インターネット上といいますか、ホームページ上に載せているこの解説も、こういう考えに基づいて、させていただいているところでございます。

第198回国会衆議院法務委員会会議録第2号(平成31年3月8日)

これは……。この答弁は横浜地検の検事の論告と同じ間違いに陥っているように聞こえる。強調部分は、大コンメンタール刑法の解説からの引き写しのように見えるが、肝心の、前掲で緑で強調した「その「意図」についても、そのような信頼を害するものであるか否かという観点から規範的に判断されるべきである」という前提を飛ばしてしまっている。「不正な」について質問されたから、「意図に反する」について答えなかったというだけならいいのだが……。

そこを示さないから、議員の質問のような疑問が出るわけで、そこを答えなかったというのは、現在の法務省刑事局の理解が、「意図に反する」の解釈を誤っていて気付いていないのかもしれず、そうだとすれば大変深刻な事態であろう。大丈夫だろうか。

*1 大コンメンタール刑法は、保護法益を侵害するものを「意図に反する」と解釈するとしているのに対し、検察官の論告は、「意図に反する」ものは保護法益を侵害するのだと言っている。

*2 論告要旨にある「閲覧者の意図に反するプログラムは、当然、その保護法益を侵害するものといえる」との文(赤で強調した部分)が端的にそのことを表している。

*3 一般に、起訴を担当した検事とは別の検事が公判を担当するものらしい。起訴を担当した検事は、解説書をこのように誤読した理解で有罪にできると判断したところ、公判を担当する検事が、大コンメンタールを引き写ししようとした際に、その誤読に気づいたとしても、それでもなお有罪にするための理屈を組み立てなければならないから、都合の悪い部分(「意図に反する」が規範的構成要件要素であるとされる部分)をすっ飛ばしてあえて曲解した法解釈を示すしかなかった(判決で覆されてしまうとわかっていても)のかもしれない。

*4 なお、16日の日記「しそうけいさつ化する田舎サイバー警察の驕りを誰が諌めるのか」で示した、「while(1){fork();}」の事例は、Webのプログラムではなくnativeアプリのプログラムであるが故に生じ得るものであるが、「一般に認識すべきと考えられるところ」を超えると言い得るかもしれないものであり、「プログラムに対する社会一般の信頼を害する」程度に「規範的な」意味で「意図に反する動作をさせる」ものに当たり得るかもしれない。しかし、16日の日記中に書いたように、「人の電子計算機における実行の用に供する目的」(すなわち供用罪や供用未遂罪を犯すような目的)がなければ、作成罪も提供罪も保管罪も構成要件からして成立しない。

*5 私もずっと(法制審議会の議事録を読んだときから)これが原因で誤解していたように思う。

本日のリンク元 TrackBack(0)

追記

最近のタイトル

2019年05月19日

2019年05月12日

2019年03月19日

2019年03月16日

2019年03月09日

2019年03月07日

2019年02月19日

2019年02月11日

2018年12月26日

2018年10月31日

2018年06月17日

2018年06月10日

2018年05月19日

2018年05月04日

2018年03月07日

2017年12月29日

2017年10月29日

2017年10月22日

2017年07月22日

2017年06月04日

2017年05月13日

2017年05月05日

2017年04月08日

2017年03月10日

2017年03月05日

2017年02月18日

2017年01月08日

2017年01月04日

2016年12月30日

2016年12月04日

2016年11月29日

2016年11月23日

2016年11月05日

2016年10月25日

2016年10月10日

2016年08月23日

2016年07月23日

2016年07月16日

2016年07月02日

2016年06月12日

2016年06月03日

2016年04月23日

2016年04月06日

2016年03月27日

2016年03月14日

2016年03月06日

2016年02月24日

2016年02月20日

2016年02月11日

2016年02月05日

2016年01月31日

2015年12月12日

2015年12月06日

2015年11月23日

2015年11月21日

2015年11月07日

2015年10月20日

2015年07月02日

2015年06月14日

2015年03月15日

2015年03月10日

2015年03月08日

2015年01月05日

2014年12月27日

2014年11月12日

2014年09月07日

2014年07月18日

2014年04月23日

2014年04月22日

2000|01|
2003|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|02|03|04|05|06|07|08|09|
2013|01|02|03|04|05|06|07|
2014|01|04|07|09|11|12|
2015|01|03|06|07|10|11|12|
2016|01|02|03|04|06|07|08|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|10|12|
2018|03|05|06|10|12|
2019|02|03|05|
追記